63.あなたにその覚悟はありますか?
アメリアとは誰のことなのでしょう。
オーウェンの表情を一変させてしまうほどに、悩ませる相手なのでしょうか。
オーウェンは視線を落とし、
「……母は昨年亡くなりました」
と腹の奥から絞り出すような声で言いました。
(アメリアってオーウェンのお母さんの名前だったの……)
全然知りませんでした。
『薔薇の約束』ではローズでしたからね(さすがに小説では同じ名前は使わないですよね)。
お母様はオーウェンの言葉に呆然とし身を強張らせます。
応接室が沈黙に包まれました。
誰も身動きすらしません。
ただゆらりゆらりと紅茶の湯気がたゆたい消えていきます。
やがてお母様は深い息を吐きました。
「……なんてことかしら。私よりもずっとお若いのに。残念だわ。お悔やみいたします」
「亡き母へのお心遣い感謝いたします。母は長患いの末に召されました。病は、こればかりはどうしようもありません。男爵夫人に悼んでいただけて、母は喜んでいるでしょう」
「私とアメリア様とはね」
お母様はそっと瞼を拭いました。
「ずっと親しくさせていただいていたのよ。あの方がまだ子供の頃からね。だから、あなたのことも知っているのよ、オーウェン・ライトさん。あなたがアメリア様のお腹にいる頃から、ね。あなたが現れてびっくりしたわ。しかもダイナの結婚相手だとか」
「は? お母様、今なんて??」
私は驚きのあまり、お茶を吹き出してしまいました。
お母様とオーウェンのお母さんと知り合い?
むしろ友達?
初めて聞きました。
お母様は私に構わず、懐かしそうにオーウェンを見つめます。
「ライトさんはアメリア様の面影があるわね。はにかむように笑うところとか、そっくりね」
「……初めて母に似ていると言われました。ヒューズの血が強いとばかり思っていましたので」
「ふふ。おかしなことを言うのね。ヒューズ侯爵閣下の血ももちろんだけど、しっかりライトの血も流れているわ。……本当によく似ているわ。アメリア様の命はしっかりとあなたが引き継いでいるのね」
「男爵夫人。一つ母を知る方として質問をさせてください。母は幸せだったのでしょうか?」
「ええ。幸せだったと思うわ。侯爵と別れた後はね、それはもう酷いものだったわ。社交界から村八分にされて家族から強くあたられていたの。でもアメリア様は笑顔を絶やさなかったのよ。あなたという存在を授かっていたから。だからねぇ幸せだったのよ。今ごろアメリア様はこんなにハンサムな息子がいるのよって天国で自慢しているのではないかしら」
ハンサムがお好きだったから、とお母様は笑います。
「それで、ライトさん。いいえ、オーウェン君と呼ばせていただくわね。ダイナは私の自慢の娘なの。見た目はね、パッとしない子だけど、性格は誰よりも善良で家族思いのいい子よ」
わぁ落として褒められた!
容姿はパッとしないけど中身はいいとか、どこかの誰かも言っていましたけど。
でもお母様から言われると、なぜだか背中がむず痒くなってしまいます。
嬉しいものですね。
オーウェンは腕を伸ばし私の手を握りました。
「十分わかっていますよ。ダイナは素晴らしい心の持ち主です。上流階級には珍しい心根だと思います」
「娘のこと、ちゃんと理解してくれてて嬉しいわ。ただね、ライトは庶民だけど名門であるし、ベネットは男爵家といえど落ちぶれてしまっているわ。家柄の違いはどうしようもないものよ。両家の差があればあるだけ、問題も多く起こるものだわ。……オーウェン君。私はね、あのような悲劇のヒロインに我が子をするつもりはないの」
二十数年前の悲劇は世間に衝撃を与え、幾人もの人生を変えました。
ただの純粋に相手を想う真心だけの恋愛であったとしても、身をおく階級で周りを巻き込むほどの障害になりうるのです。
お母様はいつもの朗らかな様子など微塵もみせず、冷たい眼差しをオーウェンに向けます。
「オーウェン・ライト。あなたに覚悟はあるの? 中途半端な覚悟だと、あなたのお父様のように柵に捉えられたまま身動き取れなくなってしまうわよ。結婚を許したがために娘が不幸になるとか、ごめんだわ」
63話をお送りします。
ダイナのお母さん、ぼんやりのんびり系かと思いきや、意外としっかりしているようです。
さすが商家の出!というところでしょうか。
ブックマークありがとうございます!
とても嬉しいです。
執筆頑張ります!
では次回もお会いしましょう!




