61.こんなところ見せたくないのに。
ベネット男爵家。
ヘリフォードの東部、首都から離れた地方に小さな領と屋敷があるだけのなんの変哲もない田舎貴族です。
うん。歴史だけはたっぷりある私の実家、です。
我がベネット男爵領。
自慢ではないですが、国一の穀倉地帯のど真ん中にあるので、元々はそれなりの暮らしをしていました。
一族が食べて、貴族としての体裁を整えるには十分な収入があったのです。
それが長男長女以外は社交界デビューさせてもらえず、なぜ私のように奉公に出なければならなくなったのか? というと、
私の父が俗にいうダメンズだったからです!
勤勉という言葉とは無縁の父は、若い頃から放蕩三昧の上に投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を負ってしまいました。
そこからは坂道を転がり落ちるが如くの零落です。
先祖伝来の財産、そして土地まで切り売りして、なんとか貴族としての体面を保っている状況です。
おかげで私たち子供は最低限のことしかしてもらえませんでした。
仕方のないことですが。
でも今となっては恨んではいません。
大切な両親と兄弟のためでしたし、社交界以外で素敵な相手に巡り会えたのですから。
だけど!
家族が大事なのと、この家にオーウェンを連れて来るのは別の次元のお話です。
(あの屋敷を見せるのは恥ずかしすぎるんだもの)
娘が言うのもなんですけど、我が家は他人の視線に耐えられるレベルではないのです。
どうにか避けられないか……そんなことを考えているうちに、ライト家の馬車が実家の門につけられました。
私は一緒に行くと言い張るオーウェンを馬車に残し、一人で門を潜ります。
実家は思っていた以上にひどい有様でした。
使用人の数は最低限にまで減らしているので、庭師ももちろんいやしません。
ですので庭も屋敷の外観も残念なほど荒れ果てています。
かつては手入れの行き届いていたヘリフォード風の庭も今となってはただの藪。かろうじて歩道が残っているだけです。
(こんなとこにオーウェンを案内しなきゃいけないなんて……)
気が重すぎます。
お金に困らない生活をしている人だから、これを見てどう思うのでしょうか。
惨めったらしいとか思われちゃうのでしょうか……。
貧乏は恥かしいことではないって思っていましたけど、一部訂正です。
貧乏でも丁寧な暮らしが必要、なのですね。
うちのように何もしないのは、ただの怠慢です。
「ダイナ!」
庭(と言えるのかよく分かりません)を歩いて玄関に向かってくる私を見つけたお母様が飛び出してきました。
「お母様、お久しぶりです」
私は明るく言いました。
お母様の一昔前に流行ったデイドレスと髪型が、どことなく哀れさを誘い、胸が締め付けられます。
私の顔色に気づいたのか、お母様は慌てて顔にかかる髪をボンネットにおさめました。
「ダイナ、おかえりなさい。急に帰ってくるなんて。連絡くれたらよかったのに」
「ごめんなさい。昨日帰省を決めたの。便りも間に合わないと思ったから、直接きたのよ」
便りとライト家の馬車。
一緒にスタートしたとしても、どう考えてもライト家の馬車の方が速いのです(馬も車両も一級品!)。
お母様は私をハグします。
「そうなのね。でもあぁ嬉しいわ。今日、私の娘に会えるとは思ってもみなかったから。ダイナ、お仕事は?」
「休みをいただいたのよ」
「公爵夫人はなんと慈悲深いお方なんでしょう! 感謝いたします!」
母は天を仰ぎ、神に感謝します。
(大袈裟すぎ……)
私は思わず赤面しました。
何もかも古臭く、芝居がかったように感じてしまいます。
実家を離れて3年ばかり。
それまでは普通のことであったのに、都会での洗練された人々を目にしているうちに私の見る目が変わったということでしょうか。
「お母様。お祈りは後にして。やって欲しいことがあるのよ。今日はね、お客様と一緒に来ているの。おもてなしをしないといけないわ。大急ぎで家を片付けて、お茶の準備してくれないかな?」
「お客様?」
その時、小道から枯れ草を踏みしめる音がします。
お母様が振りかえり、小さく声を上げました。
この荒れ果てた元庭園に現れた上品な紳士……オーウェンが、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくるではありませんか!
そしてお母様の前に立つと軽やかに会釈をし、極上の笑顔を浮かべました。
「ええ。突然お邪魔してしまい申し訳ございません。ベネット男爵夫人」
「オーウェン!」
なんでここに居るのでしょう???
ここは見られたくなかったのに……。
「どうして? 馬車で待っててって言ったのに」
「ごめん、愛しい人」とオーウェンは私の額にキスをして、「あなたを一人にしたくなくてね。待ちきれなかったんだ」と囁きます。
「や、ええ??」
この突風のように差し込まれるわざとらしい甘い言葉は何なの?
私は目を白黒させます。
「あの、あなたダイナのお客様なの? 失礼だけど、どなた?」
オーウェンは王妃殿下にするように優雅にお母様にお辞儀をしました。
「オーウェン・ライトと申します。奥様」
「オーウェン……ライト……」
お母様は少し考え込み、はっと目を見開きました。
61話をお送りいたします!
生まれ育ったところを離れて都会に移ると、故郷が妙に古臭く感じたりしますよね。
ダイナの場合は汚屋敷ですがw
ブックマーク・評価ありがとうございます!
とても嬉しいです。
ほんと、読んでいただけてる!と思うと頑張ろうっとなります。
ありがとうございます。
皆様に多謝を。
次回もぜひ読みに来てくださいね。




