55.社交界は悪魔の住むところ。
「なんて高慢な言い草なの!」
メリッサ様は私を怒鳴りつけました。
金切声が東屋中に響き渡ります。
これは思った以上に効いてしまったかも。
ですが、悪いとは少しも思っていません。
ただお互いの意見は正反対で平行線ですので、朝まで話し合ったところで、メリッサ様と私では分かり合えないでしょう。
表面的でもこのまま謝って終わらせる方がいいようです。
私はメリッサ様から目を逸らさず、(形だけの)謝罪のために頭を下げます。
「そのつもりはなかったのですが。そう受け取られたのなら、残念です。メリッサ様」
私はしおらしく言いました。
メリッサ様の方も本気の謝罪だとは捉えておられないようです。
片側だけ眉を上げ、如何にも不満だという風に、
「やはり侍女は侍女。生まれが男爵家だとしても、なっていないということね。あなたがそんな方だとは思わなかったわ。もっと謙虚になるべきね」
謙虚に?
他のことでは譲っても、この件だけは無理です。オーウェンの関わっていることで、黙っているなんてできるはずがないじゃないですか。
私の大切な人なんだから。
「メリッサ様。私はありもしないことに反論もできず、言われるがまま、為されるがままでいろとおっしゃるのですか? 男爵家の娘だから、私の好きな方がなにを言われても、黙って受け取れと?」
「ええ、そうよ。当たり前でしょう?? だってあなたは平民と……」
「メリッサ!」
あまりの白熱具合にイーディス様が割って入ります。
「うちの子が申し訳ないわね。ダイナは社交界に慣れていなくてマナーがまだまだなの。あちらのテントに新しいお茶を用意させたわ。『黒い山羊亭』から取り寄せたケーキもあるのよ。ぜひ召し上がって」
メリッサ様は小さく、けれど確実に私にアピールするかのように舌打ちをし、
「……イーディス様。ちょうど甘いものが食べたかったのです。お気を遣っていただき、ありがとうございます」
と優雅に一礼するとバージル様を連れて隣のテントへ移られました。
他の招待客の皆様も、それぞれに移動し始めています。
私とメリッサ様が熱く語り合っている間にも、パーティは進んでいたようでした。
怒りに取り込まれ、私はやってはいけないことをしてしまっていたようです。
今日はホスト役も望まれていたというのに、迂闊でした。ホスト失格です。
いたたまれません。
「ダイナ」
ゲストが全員移動したのを見計らって、イーディス様が私を呼び寄せます。いつもはお優しい瞳の奥底に、大きな怒りが宿っていました。
「あれはいただけないわね」とイーディス様は恐ろしいほど静かにおっしゃられました。
「社交界では感情は抑えるのがマナーよ。しかもメリッサの爵位はダイナよりも上。伯爵家の直系よ。不躾この上ないわ。反省なさい」
「……申し訳ございません。オーウェンを馬鹿にされて我慢できませんでした。以後、気をつけます」
ふっとイーディス様の口元が緩み、
「でもね、ダイナの気持ちはわかるの。私もカイル様を侮辱されたら、殴りかかっていくでしょうね。ただやり方が悪手だったわね。他にもいろいろあるのに、あんな方法をなぜ選んだのかしらね」
それは……。
完全に経験不足です。
社交界になんて今までいなかったんですもの。
裏方にいたのに突然脚光を浴びてもうまく出来るはずがありません。
でも。
全部言い訳ですね。
メリッサ様に失礼なことをしたのは事実です。
「ご迷惑をおかけしました。イーディス様。お許しください」
「あら、そこまで謝らなくてもいいわ。実はね、ちょっといい気味とか思ってしまったのよ。メリッサには借りがあったから、とても気分が良かったわ」
「イーディス様……」
「メリッサがカイル様を弄んだのは、たとえ結婚前のことでも許せないの。ダイナが言わなかったら、私が叩き潰しているところだったわ」
……そうでした。
イーディス様はカイル殿下のことになると、とても激しい情熱をお見せになられます。結婚なさって落ち着いたかと思っていたのですが。
そんなこともないですね。
「さぁ私たちも行きましょう。『黒い山羊亭』のケーキ、食べたことないのよ。カイル様がとっても美味しいっておっしゃってたの。楽しみだわ」
「はい。参りましょう」
社交界というのは難しいところというのが身に染みます。
私、これから生きていけるのでしょうか……。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価も感謝です!!
とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
次回もお会いできることを祈って。




