53.マウントとるの楽しいですか?
イーディス様の主催の午餐会は、麗かな日差しの下、カイル殿下との新居である離宮庭園で行われることになりました。
大きな東屋をめぐるようにテントが張られ、ビュフェ形式で軽食と談笑を楽しむ。今貴族の間で流行っているスタイルです。
私は今日は侍女ではなく、男爵家の娘としての参加。
社交界デビューすることなく侍女になったので、これが正式な社交界への初陣となります。
初めての社交(戦場)。
緊張のせいで胃もお腹も痛みます。
お守りがわりのオーウェンのネックレスがあるのが、唯一の心の支え。ありがとう、オーウェン。
アーティガル祭の時にオーウェンが選んでくれたターコイズ色の生地で仕立てたデイドレスを身につけ、私は東屋の末席に座りました。
「あら。あなたがベネット男爵の御令嬢のダイナさんなのね。初めましてかしら」
着座した途端、早速話しかけられます。
私は顔を上げました。
そこにいらっしゃったのは、
メリッサ・ウォード様でした。
メリッサ様はカイル殿下の従姉妹に当たる女性で、ウォード伯爵令嬢です。そして、カイル殿下が長年想っておられた相手でした。
私は横目でカイル殿下を確認しました。
幸いなことにカイル殿下はメリッサ様を気にする様子もなく、愛しい新妻をただひたすら見つめていらっしゃいます。
カイル殿下とイーディス様は寝室も同じですし(尊い身分の方は夫婦は伝統的に寝室は分けます)、今更メリッサ様の付け入る隙などない感じです。
よかった。一安心です。
ただ気位の高いメリッサ様は内心面白くないのかもしれませんが。
とりあえずメリッサ様は今日のターゲットをイーディス様から私に定めたようです。
メリッサ様が私の正面に座りながら「よろしくね」と右手を差し出しました。
私は慎重に手を取り、軽く握ります。
「はい。お初にお目にかかります。メリッサ様。ダイナ・ベネットと申します」
私は謙虚に(見えるように)控えめに返事をします。第一印象が大事です。
「ダイナさん。噂は色々聞いているわ。ずっとイーディス様の侍女をなさっているのですってね。男爵令嬢で働いているだなんて、立派だわ」
初めて言葉を交わすのに、なんだかトゲトゲしい……。
あ、刺すような視線もですけど。
ねっとりとした女性独特の嫌らしさも感じます。
貴族っていうのは労働を嫌いますので、働く者は一様に賤しい者の認識なのです。
まぁ私は男爵家の娘ですけど、今はイーディス様の使用人ですからね。卑下されちゃうのはわからないでもないです。
でも、この程度で挫けませんけどね!
伊達に7回目の人生おくってはいません。
直近のお姫様時代はマウント・オブ・マウントの騙し合いの世界を生きていたのですから。屁でもないです。
そもそも口火を切ったのはメリッサ様です。
その戦、受けて立とうじゃありませんか。
「ええ。イーディス様には本当によくしていただいております。こうして貴族としての経験の少ない私のために席を設けていただけるほどに、可愛がっていただけて、感謝しかございません」
私はイーディス様の方を向き、頭を下げました。
イーディス様は優雅にお茶を啜りながら、かすかに微笑まれます。
メリッサ様は苛立だしげにティーカップに砂糖を二匙入れ、乱暴に混ぜながら、
「そういえばダイナさんは、あのオーウェン・ライトとお付き合いしていると聞きましたけど?」
招待客の視線が集まります。
興味津々といった様子です。
私とオーウェンのこと、あまり大っぴらにしてはいなかったのですが、どうやら多くの方に知られてしまっているようです。
人の口には板を立てられぬとはよくいったものですね。
「しかも図々しいことに婚約までしたとか」
「……よくご存知でいらっしゃいますね。オーウェンとお付き合いしていることは間違いありません。ただ婚約は二人だけで決めたことで、まだ正式にはいたしておりません。将来を共にすることはお互いに確認しておりますが」
「そう」
メリッサ様はふっと東屋の外に視線を外しました。
つられて東屋の中の全員も外を見ます。
初夏の爽やかな日差しにキラキラと煌めく木々の緑が眩しく、風も心地良い。
……のに。
行っているのはマウント合戦だったりするので、貴族というものは何ともまぁ呆れたものです。
メリッサ様は私を頭の上から爪先まで品定めするかのような眼差しを浴びせ、
「あなたのような家柄も見た目もパッとしない人が、ライト家相続人の将来の妻で、この私の義妹になるなんて。信じられないわ。男爵家の出身とはいえ使用人如きが、ヒューズ侯爵家の縁者になるとか。正気なのかしら」
それって言い過ぎじゃないでしょうか。
流石に、ね。
メリッサさん、再び登場です!
ブクマ評価ありがとうございます!
とても嬉しいです。
読んでいただけることの意味を噛み締めてます。幸せです。
ではまたお会いしましょう!




