47.やっぱりとても素敵です。
確かにオーウェンです。
ずっと、ずっと会いたかった人です。
「オーウェン。お式に招待されていたのね」
私は誰にいうでもなく独言ました。
考えてみれば、オーウェンは豪商ラーケン家に所縁のあるライト家次期当主です。
本家のラーケンはこの国の基幹にある家門ですので、ライトが分家といえど、王族としても軽く扱うことなどできません。
それにオーウェンはカイル殿下とも長く雇用関係がありましたし。
ライト家に戻り、階級制度的には差がありますが、実質的には対等になったわけです。
王族の祝言の席に招待されることは、当然といえば当然のこと。
オーウェンはここにいなければならない人でした。気づかなかった私は愚かです。
「元気そう。良かった」
涙がこぼれそうになるのを慌てて拭い、私は窓にへばりつきました。
久しぶりに見るオーウェンは、私のよく知る彼とは違って見えます。
身分の高い方々と臆する事なく談笑している様子は、生まれもっての貴公子そのもの。
かつてカイル殿下の侍従をしていた面影など、どこにもありません。
「ちょっと会わないうちに、本当に遠くに行ってしまったのね」
前は手に届く位置にいたのに。
同じ立ち位置にいたというのに。
今では私は参列が許されることのない使用人で、オーウェンは客として丁重に扱われる立場です。
隔てるものは壁と十数メートルの距離しかありませんが、天と地ほどの隔たりがあるかのように感じます。
いつの間に、いつの間にこんなに離れてしまったのでしょう。
息遣いを感じるほど近かったのに。
もう声さえ届かない……。
と感傷的になってしまいましたが、現実というものはこんなものなのかもしれません。
お金持ちのライト家。
庶民とはいうものの、国内有数の富豪であり、実質は貴族となんら変わりありません。
その後継者と、貴族出身だけど労働者の私。
身分差はどうしようもありません。
階級社会である以上、越えられない壁というものはあるのですから。
「やっぱりダメなのかも。別れの予感って当たるのね」
相手が遠距離になるってことは、関係が壊れることもある……前世で経験した通りでした。
このまま二人の関係が終わってしまうとしたら、オーウェンを眺めることができるのも、今日が最後かもしれません。
そう思うと1秒たりとも無駄にしたくありません。
というか、磁石か何かのように、オーウェンの背中ばかりに目がいきます。
どうしようもなく惹きつけられます。
イーディス様のお式の最中だというのに、誠心誠意お仕えしている主人の晴れ舞台だというのに。
私はなんて情が薄いのでしょう……。
(お許しください。イーディス様。お詫びは必ずいたします)
今日は最後になるかもしれないのです。
しっかり心に焼き付かせておかなくちゃ!
一生の糧になるのだから。
私は瞬きすら惜しいとばかりに目を凝らします。
朗らかに隣のお客様と談笑するオーウェンは、うん。文句なくかっこいいです。
お仕着せや綿の普段着も素敵でしたけど、フォーマルな姿もよく似合います。
首元のクラバットのなんと優雅なことでしょう。
家門の規模からしてラファイエットのオーダーでしょうか。富豪の家ですから、もしかしてお抱えのデザイナーに作らせたのかもしれません。
想像が止まりません。
突然、オーウェンが歓談をやめ、後ろを振り向きました。
オーウェンは何かを探しているのか、式の邪魔にならないように、慎重に目線を動かし始めました。
しばらく見廻したのち、ぴたりと私のいる控え室で止まります。
オーウェンの口元が、かすかに緩……んだような!
まさか、私に気づいたのでしょうか。
離れているのに気づくはずは……。
オーウェンはやわらかに隣のお客様と言葉を交わし、静かに立ち上がりました。
そして迷うことなく私のいる控え室へ向かってきます。
オーウェンは気付いてる!
私がここにいることを!
でもだめです。
顔を合わせたら、私、きっと崩れてしまう。
私は身を翻しました。
館内へ続く廊下へ踏み出した瞬間、中庭に面したドアが音を立てて開きました。
「どこ行くの?」
後ろから男性にしては少し低めの、耳馴染みのある声がします。
「ダイナ、逃げないで」
「……オーウェン」
「カイル殿下とイーディス様の結婚式だから、ダイナがいるかと思って会場を探したんだ。他の侍女はいたのに、ダイナだけいないからさ。どこにいるのかと思ったら、こんなところにいたんだね」
「……お式の参加が許されなかったの。だから、控室から伺っていたのよ」
私はオーウェンに背を向けたまま言いました。
今振り返ったら、きっと号泣してしまいます。
「ねぇオーウェン。あなたが招待されているの、知らなかったの。どうして連絡してくれなかったの?」
オーウェンはその質問には応えず、私の体を自分の方に向け強引に抱き寄せました。
47話をお送りします!
オーウェン再登場です。
しばらく甘めなお話が続く予定です。
ブクマ、評価、たくさんのpvありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
では次回もお会いしましょう。




