43.ネイサンさんとは住む世界が違います。
「中身が素晴らしいから結婚相手に考えた、と言うこと? あれほど私をバカにしていたのに、今になってそんなこと言うなんて。最低だわ。あなたから受けた辱め、私は許してはいないのよ」
ネイサンさんから受けた数々の屈辱。
忘れたわけではありません。
ネイサンさんは大したことないって思っているでしょうが、私からしてみれば、ひどく心を傷つけられた出来事でした。
それだけでもネイサンさんを拒否するには十分な理由だと思います。
「それは申し訳ないことをした」とネイサンさんは僅かに眉を下げました。
「でもこれからの僕をもう一度、みてはくれないか。過去は変えられないけれど、未来はどうとでもなる。今の僕はダイナさんと親しくなるために努力している。こまめに手紙を送っていただろう? あなたも返事をしてくれていたじゃないか」
「手紙の返事は礼儀としてしただけよ。ネイサンさんにとっては意味があったのかもしれないけれど、私からしてみれば手紙をもらっても迷惑なだけだったわ。執事様にはネイサンさんとの仲を疑われたし、いいことなかったの」
「あぁなんてことだ」
ネイサンさんは背もたれに深くもたれ、
「……ねぇダイナさん。どうして僕じゃダメか教えてくれないかな。僕は資産家だし、家柄も悪くない。そうだな、ダイナさんが僕に嫁いでくれるのならば、持参金もなくてもいい。ベネット家に援助することもできる。自分で言うのもなんだが、婿として理想的だと思う」
うん。
一度、感情抜きで冷静に考えてみます。
持参金なしで嫁に来てくれたらいい。しかも実家に援助もしてくれるだなんて。
この上ない結婚の条件ではないですか。
でも。
私が好きなのはオーウェンです。
ちょっと出自が怪しい、そして連絡もしてこない、優しいんだかどうだか分からないオーウェン・ライトなのです。
あ、こうして言ってみると、オーウェンは条件的にはマイナスばかりのような気もしないでもないですが。……きっと気のせいでしょう、うん。
「ネイサンさん、お茶のおかわりしてもいいかしら」
「ご自由にどうぞ」
私は給仕に頼み、お茶が届くまでの間、ゆるりと店内を見渡しました。
上等な内装に、品のいい客たち。
あちらこちらに最新の流行の衣装を着た令嬢と令息が優雅に談笑しています。
私の実家が経済的に恵まれていれば、私はあちら側の人間でした。その資格もありました。
流行のドレス、美容、領地……夢のように華美な世界に身を置いていたでしょう。
でも、現実ではただの使用人。
あちらの世界では生きていくことができない人間なのです。
社交界デビューすらできずに、使用人として生きて行かなければならないと決められた時から、私は貴族としての人生は諦めていました。
結婚もせず、誰かに仕えながら、年を重ねていくのだろうと思っていました。
でも、もしも結婚できるチャンスが訪れたら、この人生では、自分の気持ちに素直に、そして平穏無事に過ごすのだと決めています。
条件などぶっちぎって、ただただ好きな人と穏やかな人生をおくりたいのです。
こんな気持ち、上流階級育ちのネイサンさんには分からないでしょう。
私もきっとネイサンさんを理解できないし、したいとも思いません。
どんなに考えたとしても、境遇に天と地ほども差のある私とネイサンさんは、お互い理解することは不可能なのですから。
「ネイサンさんは適齢期の令嬢……そうね、あの辺りにいる貴族のご令嬢にとっては、すごく魅力的な物件ね。でもね、私には無理なの。あなたと私じゃ住む世界が違うのよ。釣り合わないわ」
「それでも構わないって言っているんだが。ダメなんだな。はぁ。……これを聞くのは癪に触るが、まさかダイナさんには恋人がいるのか?」
「恋人かどうかは疑問だけど、それに近い人はいるわ。ごめんね。ネイサンさん、あなたでは私の望みは叶わないわ」
「やっぱり、そうか」
ネイサンさんは、薄らと笑みをうかべ、黙り込みました。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ評価も嬉しい(灬º‿º灬)♡
皆様ありがとう!




