41.相手が違いませんか?
カイル殿下とイーディス様の婚礼の日が近づくにつれ、私たち侍女にも多くの仕事が割り振られることになりました。
目の回るような忙しさとはこのことかと実感できるほど忙しくなり……。
朝早くから夜遅くまで動きまわらないとならず、ゆっくり座る時間が作れないほどです。
上位貴族の結婚の準備って大変です(召使いにとっては、ですけど)。
でも実は侍女が全員忙しいわけではありません。
忙しいのは、
私だけ、なのです。
私以外の侍女は、お嬢様として育ち、結婚までの行儀見習いでお仕えしている“腰掛け侍女“。
ですので、手間のかかる割に目立たない仕事や体力勝負な仕事は、全部私に押し付け、自分たちは悠々としています。
育ちの差なのか思いやりがないのか、彼女たちは私がパンとチーズをかっこんでいる横で、優雅にランチとか平気でしちゃうんですよね。
私もお人好しではないので、イラッとしますし、嫌味の一つでも言いたいのですが、今はぐっと飲み込み大人しくて受け入れています。
彼女たちと違い、これから先も侍女として務めていくつもりでいます。
今は、少しづつ実績と信頼を積み重ねて行かねばならない時期です。
ご主人の為を思い、文句も言わず仕事をこなしていけば、高評価をいただけるはずなのです(イーディス様はシビアに評価なさるお方なのです)
それに、忙しくしている間は恋愛のことなど忘れてしまうことができます。
ふと立ち止まるだけで、オーウェンの顔が浮かんでしまうほどに、“オーウェン欠乏症“に罹患している私。
仕事が多いと助かります。
(何してるのかな。オーウェン)
相変わらずオーウェンから便りは届きません。
私は週に一度は出すようにしているのに、オーウェンからの返事はほとんどなく、気まぐれに月に一度届くかどうか。
一方通行にも程があります。
忘れた頃ですけど辛うじて手紙が届くので、生きていることは理解できるのですが、それ以上のことはさっぱり。
好きな人のことは出来るだけ知りたいと言うのに(イーディス様のお気持ちがよくわかります。ストーカーはさすがにやり過ぎですが)。
これでは知りようもないのです。
オーウェンは私に興味がなくなったのでしょうか。それともオーウェンと両想いだと言うのは自分の勘違いで、実は気持ちがないのでしょうか。
新しい彼女でもできたのでしょうか。
イケメンだし可能性もありそうです。
美人さんに言い寄られて断れる男性がいるはずもありませんし……。
疑心暗鬼とはよく言ったものです。
次々と負の感情が湧いてきて止まりません。
私は感情を振り払うように首を振り、縫い物に集中することにしました。
これはイーディス様の寝台のカバー(の一部)になる予定です。幸せになりますようにと思いを込めて丁寧に縫います。
「ダイナ・ベネット。精が出るね」
労りの声がドアの方からします。
私は顔を上げました。
「執事様」
「ダイナに手紙が届いたよ」
侯爵邸の執事さんの白い手袋の間から、二通の封書が見えます。
「また来てるね。ネイサン・何とか君から」
「え。またですか……」
「随分頻繁だね。彼氏?」
「いいえ、違います」
私は手紙を奪うようにして受け取り、その場でネイサンさんからの手紙の封を破りました。
こんなとこで開けちゃうのっていう困惑気味な執事さんを無視し、雑な手つきで手紙を広げます。
貴族らしく丁寧で教育を受けたと丸わかりの字が並んでします。
確かにネイサンさんからのものです。
性格は打算的ですが、字だけは美しいのだから、呆れます。
「ダイナ、ここで読むのかい? その人は有名な方の御子息だろう? 適当に扱っちゃダメなんじゃないかな」
執事さんは貧乏男爵にはもったいない相手だろうと考えているのでしょう。
確かに一般的に考えれば、玉の輿です。
でもありえないですからね!
ネイサンさんは条件でしか女性をみない男性ですから!
「ネイサンさんは、ただの知り合いですよ。さして親しくもないです」
「でもダイナにしょっちゅう手紙が届いているじゃないか」
「望んでもらっているわけではないんですよ」
執事さんの言う通り、アーティガル祭の後、あのネイサンさんから頻繁に手紙が届くようになりました。
いいですか。
オーウェンではなくネイサンさんからです!
欲しいのはあなたじゃないです!と、どれだけ突っ込んだことでしょう。
しかも内容が全部どうでもいいことだったりするので、迷惑なだけだったりします。
もうお願いですから、ネイサンさんは私に関わろうとせず、従姉妹のメアリーの気持ちを手に入れることに集中してくれませんかね。
性悪すぎる相手に大切な従姉妹を嫁がすことに抵抗はあるけれど、そこは棚にあげてでも歓迎するのに。
今回の内容も、ざっと見たところ、ネイサンさんの旅行先の話のようです。
何の興味も持てませんが、礼儀として最後まで目を通さなくては……。
「ちょっと……ええ??」
思わず声が漏れます。
最後の行にとんでもないことが書いてあるじゃないですか。
私の様子を面白がり、執事さんが手紙を覗き込みました。
「おや。これは……」
『ダイナ・ベネット様。僕と結婚してほしい』
「ダイナ、おめでとう?」
「し……執事様。おめでとうとか言わないでください。これってそれ以外の意味はないですよね?」
「『結婚してほしい』って言う言葉は、求婚以外では聞いたことがないけどね」
「ですよね……」
ネイサンさんが求婚。
しかも私に。
何でまた?
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