40.イーディス様のご結婚が決まりました。
秋がすぎ、今年初めての雪が降った日。
イーディス様とカイル殿下のご成婚の日取りの決定の報せが、侯爵邸にもたらされました。
長い婚約期間を経て、イーディス様の願いがやっと叶えられることになりました。
その知らせ。
喜びと同時に、
階下の者にとっては、地獄の始まりを告げるものでもあります。
式まであと半年足らず。
その間、通常の仕事と並行して、披露宴の準備をしなくてはならないのですから。
イーディス様のお相手は王族。見栄と外面に命をかけている人たちです。
彼らを相手にしているわけですから、及第点ではダメなのです。
最上級であってこそメンツが保たれるというものです。
ですので、使用人たちにとっても正念場。
戦々恐々とした侍女たちに、イーディス様は安心するようにとお言葉がけをしてくださいました。
「そんなに構えることもないわ。カイル殿下は4番目でしょう? まだ3番めの兄殿下がご結婚をなされていないので、あくまでも控えめな式にする予定よ」
カイル殿下も御了承済みよと、殿下から愛されている自信の満ちた笑顔でおっしゃいます。
それでも王族と侯爵家の結婚。
最低限とはいえ、結婚式にプラスして、他国からの招待客と上級貴族を集めた披露宴、全貴族を招待した舞踏会と行われます。
これだけでも侍女としてはうんざりです(王太子殿下のご結婚だとこの二倍の回数と規模になるんだそうです)。
何と言ってもそれぞれの宴の趣向は当然違うので、主役のドレスから何から何まで全部新調せねばなりません。
労力もお金も半端なくかかります。
私の基準では十分以上に派手で贅沢だと思うのですが、これで控えめって言ってしまう権力と財力って恐ろしいですね。
「ところでダイナ。舞踏会のドレスの仮縫いっていつかしら」
「来週です。イーディス様。……先ほどリボンの刺繍案が出来上がりました。いかがでしょう」
私は仕立て屋から上がってきたデザイン画を広げます。
女性らしい繊細な草木柄が可愛らしい図案ですが……。
イーディス様は図案をしばらくじっと見つめ、やがて小さく息をつきました。
「うーん。悪くはないけど、よくもないわね。ダイナはどう思う?」
「左様ですねぇ。個人的にはもう少しボリュームのある絵柄の方が映えるかと」
「確かにそうね。その通りだわ。ダイナの言った方が断然合うわね」
結婚披露の舞踏会での花嫁のドレスは、イーディス様の提案により、流行りのエンパイアスタイルで、とされました。
エンパイアスタイルの流れるようなシンプルなドレスラインに、髪を飾るリボンや腰に巻くサッシュには鮮やかな刺繍でインパクトを……という趣向です。
披露宴を兼ねた舞踏会は貴族たちに牽制をする場ですから、本来ならば生地も豪奢なものが一般的です。ですから今回は異例中の異例と言うことになります。
もちろんイーディス様も把握なさった上での決定です。
ただドレスの色味は無地ですが、生地は表面が微かに波打つ加工が施された絹のジョーゼット(輸入品です!)で上品に仕立てられた一品。質の良さは一眼で分かる人には分かります。
まさに鑑定眼自慢の貴族の自尊心を大いにくすぐる仕様なのです。
貴族を満足させつつ、イーディス様の華やかで可憐なお顔とスタイルが際立ち、さらに美しく見えると言うオプションもつく。
プロディースしたイーディス様は、さすがとしか言いようがありません。
イーディス様は刺繍の図案に墨を入れ、
「ドレスにはカイル殿下からいただいたサファイアのネックレスを合わせるわ」
「ええ、とてもお似合いだと思います」
私は頷きながら、イーディス様からペンを受け取りました。
こうして忙しく過ごすうちに、昼間はあまりオーウェンのことを考えることは無くなりました。
あれほどオーウェンに会えなくて辛かったのに、仕事をしている間は思い出すこともありません。
忙しくしているおかげかもしれません。
ほんと人って現金なものだなとも思います。
目の前のことで手一杯になってしまうと一時でも忘れることができるのですから。
ただ、夜、寝床に入ると涙があふれてしまいます。
別れてから来た手紙はわずか一通だけです。
しかも当たり障りのない近況が記されたものでした。
オーウェンに会いたい。
一人になるといつも思います。
オーウェンは今、どうしているのでしょうか。
40話をお送りします!
40!
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では次回もお会いしましょう。
皆様に多謝を。




