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転生を繰り返した私。今世も穏やかな人生を希望します。  作者: 吉井あん
第2章:アーティガル祭と薔薇の約束。
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39.待っていてくれますか?

 古書屋の店主が言っていた『とある侯爵家の若様が富豪の娘と恋に落ち駆け落ちした』事件。

 それは20数年前に起こった、オーウェンの母親とヒューズ侯爵家の若君との恋騒動だった、ということになります。



「『薔薇の約束』のローズとダグラスは、オーウェンのお母さんとヒューズ侯爵の……」


 私は声も出ません。



『薔薇の約束』

 オーウェンの母であるライト家の令嬢と若かりし頃のヒューズ侯爵の“不祥事“を物語にしたもの……。

 物語はローズとダグラスが駆け落ち先から引き戻されて終わりました。

 けれど、現実は続いていたのです。


 ――身分のある令嬢としては最悪のルートで。


 オーウェンは『母は父と別れた後に自分を産んだ』と言っていました。

 つまり、駆け落ちまでしたのに自分を捨てた相手の子を身篭り、未婚のまま産んだということです。


 庶民ならいざ知らず、上流階級としては致命的です。

 社交界からは嫌厭され、上流であるが故に、周囲からは責められ続けたことでしょう。


 そんな愛の結晶であり、一方では憎悪の対象が、オーウェンだっただなんて。


 オーウェンは悪くない人生だったと言っていました。

 けれど、出自を知ってしまうとそんなことはないと思えます。


 推測が正しいのならば、オーウェンはただの妾や遊びの相手の子ではありません。

 侯爵の愛を奪い、建国の英雄である名門ヒューズ家の名を地に貶めた相手の子なのです(だってリアルタイムで小説になるくらいですから)。


 無論、誇り高い王族出身のヒューズ侯爵夫人が許すはずはありません。


 世間に悪名を轟かせることになってしまいましたが、侯爵の血を継いだ子を、無碍に扱うわけにいかず手元で育てることにしたのでしょう。


 侯爵家での生活。

 オーウェンにとって針の筵のような日々であったと想像できます。

 当人は教育を受けさえてもらったと言っていました。

 でも嫡子のバージル様のように大学に行かせてもらうでもなく、侍従として務めに出したことが全てです。

 あの優しい眼差しは何も語らないけれど、辛酸を舐めたに違いありません。



「イーディス様、オーウェンはどうなるのでしょう。侯爵家でも辛い思いをしていたはずでしょうし、ライトという家でも……」


「ダイナ、少し落ち着きなさいな」



 イーディス様は自ら茶を注ぎ、私に渡してくださいました。



「ライト家はね、この国一番の富豪ラーケンの分家よ。この間あったアーティカル祭のチャリティ舞踏会、あれを主催した商家の一門なの」



 オーウェンがあの舞踏会にいた理由。そして『黒い山羊亭』の店長の妙に恭しい態度。

 全て腑に落ちました。

 大富豪の親戚だったからなのですね。


 イーディス様は続けます。



「ライトの母親は現当主の唯一の子なの。彼女が身罷ったということは、ライト家の唯一の後継者がオーウェン・ライトだということになるわ」


「オーウェンが、ライト家を継ぐということですか?」


「そう。次期ライト家の当主、ということね」



 カイル殿下の侍従であり、私の好きな人オーウェンは、ヒューズ侯爵と富豪の一族の血を継ぐエリートでした! ということですか……。


 待って。そんな。



(オーウェンと私。釣り合わないじゃない……)



 男爵家の令嬢でありながら、金銭的問題で社交界デビューすらできずに侍女として働いている。

 こんな貧乏貴族の娘が、富豪の後継者とは恋人でいられるはずはないのです。


 庶子ゆえに貴族と認められず、平民だったオーウェン。大好きなオーウェン。

 もう近づくことすらできなくなってしまいました。


 このまま、このまま無いことになってしまうのでしょうか。

 優しく微笑んでくれたことも、可愛いって言ってくれたことも。

 ただの思い出として消えていくのでしょうか。



「ダイナ、泣かないで」


「え。私、泣いて……」



 私は頬に触れてみます。

 知らず知らずのうちに、温かいものが頬を伝っていました。



「びっくりしたわよね。わかるわ。あなたはオーウェン・ライトのことを好いていた、いいえ愛していたんでしょう?」


「愛……。そうなのかもしれません」



 イーディス様がハンカチで顔を拭ってくださいました。

 気づかないうちに、涙も(そして鼻水も)ダダ漏れだったようです。涙腺がこんなに緩かったなんて、初めて知りました。

 

 そして感情が揺さぶられることが、こんなに辛いことも知りませんでした。



「イーディス様、私、どうしたらいいんでしょう。オーウェンのことは本当に好きでした。オーウェンもそう思ってくれていると感じていました。でも……もうダメなのでしょうか。あきらめないといけないのでしょうか」


「ダイナ、あなたは私に教えてくれたでしょう? 真心を持って信じること、と。どうなるかなんて、誰にもわからないわ。きっとライトもわかっていないでしょう。時が来るまで待ってみてはどうかしら」


「待つ……。私にできるでしょうか」


「それはあなた次第ね」



 私は涙を手の甲でぬぐい、唇をぎゅっと結びました。

 オーウェンは会えると言ってくれました。何ヶ月かかるかわからないけど、会える、と。

 だから、信じて待ってみようと思います。

39話をお送りします!


もう39話!早いですねぇ。

『婚約を〜』のように劇的な事件も悪役も出ませんが、たくさんの方が読んでくださっていて本当に嬉しいです。

ダイナが幸せになる方向に、これからどんどん進んでいく予定です。


ブックマーク評価ありがとうございます。



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