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転生を繰り返した私。今世も穏やかな人生を希望します。  作者: 吉井あん
第2章:アーティガル祭と薔薇の約束。
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38.薔薇の約束とオーウェン。

 その後、パレードを眺め、食事もしたような気がします。

 オーウェンはいつもよりもずっと優しかったし、とても楽しかったのだ……と思います。


 推測でしか言えないのが悔しいのですが、記憶が薄ぼんやりとしてはっきりとは覚えていません。

 想像以上にダメージを受けてしまったようです。


 この衝撃は困ったことに、なかなか抜けてくれませんでした。


 休暇が終わり、仕事に戻っても、ちょっと気力が湧かないというか。

 前よりも仕事に対して意欲が下がってしまいました。いけないとは思うのですが。


 プロ侍女を目指していたのに、最近の仕事のモチベーションが恋だっただなんて、自分自身でも驚いています。


 人生7回目ですけど、人としてはまだまだだったようです。

 というか、こういう時ってどうやって気持ちを切り離したらいいのでしょう。

 過去の人生ではどうやって乗り越えてきたのでしょう。



「ダイナ。聞いてるの?」



 イーディス様が私の肩を軽くさすりました。

 私は我にかえり、仕事中であることを思い出しました。


 待ち時間に小説を読んでいる最中にイーディス様に本のタイトルを尋ねられたのです。それなのに夢想してしまっていました。

 ほんっとだめですね。



「あぁ申し訳ございません。ぼんやりとしておりました。題名は『薔薇の約束』です。20年くらい前に出版された本ですけれど、とても面白い恋愛小説です。よろしければどうぞ」



 私は本を差し出すと、イーディス様は興味なさ気にパラパラとめくりました。



「『薔薇の約束』ね……。一昔前のベストセラーね。有名な本じゃない。ダイナはラブロマンスも読むのね」


「ええ。ロマンス小説は気楽に読めるので好きです」


「私の書庫にもたくさんあるわよ。読んでもいいわよ」


「ありがとうございます」



 本代も馬鹿にならないので嬉しい限りです。

 イーディス様は召使いにも気を遣ってくださるので、侍女冥利に尽きるというものです。



「ねぇダイナ。あなた休暇から戻ってきてからおかしいわ。何かあったのでしょう」



 探るようにイーディス様がおっしゃいます。



「……申し上げることはできかねます。お許しくださいませ」



 私は何も言えず(失恋したかもってことを主人に言えるわけないです)、ただ非礼を詫びることしかできませんでした。

 イーディス様は肩をすくめ、



「ライトがカイル殿下の侍従を辞めたのがショックだった?」



 ここでオーウェンの名前がなぜ出るのでしょう??



「え。ご……ご存知なのですか?」


「あら。ダイナはどうして私が知らないって思うのかしら? 以前、カイル様のことは全部知りたいって言ったわよね。ライトとのことも耳に入ってるわ、当然ね」



 なんということでしょう。

 全てお見通しというわけのようです。


 イーディス様のカイル殿下への愛情ゆえの粘着(ストーカー)を失念していました。

 カイル殿下に関わること――それが召使いたちの動向であっても、イーディス様にとって把握されるべき範疇はんちゅうなのでしょう。


 さすがイーディス様。私の主人です。

 でもどこまで知られているのでしょう。

 もしかしてあのデートとかも監視されていたとか?

 オーウェンの言葉の一つ一つも報告されているとか?


 だとしたら恐るべし、イーディス様。

 最高の主人ですけれど。怖すぎます……。



「ライトはヒューズ侯爵家の出だと言っても生い立ちが複雑だから、ずっと侍従でいることはできなかったの。いずれこうなるのは最初から分かっていたことよ。辞めてしまったからといって、気にすることはないわ」


「オーウェンの出自……。イーディス様はご存知なのですか?」


「あら、ダイナは知らないのね。とても有名なゴシップなのに」



 でも知らなくてもいいことだわ、とイーディス様はため息をつきながら『薔薇の約束』を閉じました。


 有名なゴシップ。

 私だけ知らない、ということなのでしょうか。

 田舎の貧乏な男爵家で暮らしていたが故に、首都の流れから取り残され、知るべき情報を知らないのは忸怩たる思いがします。



「イーディス様。私は確かにオーウェン・ライトのことを慕っております。ですが、イーディス様のおっしゃる出来事は存じません。お教えいただけないでしょうか」


「スキャンダルとかゴシップとか、知らないほうが良いことも多々あるものよ。ライトが好きなら、周りのことなどどうでもいいでしょうに。彼の言葉だけ信じていればいいのではなくて? ねぇダイナ」


「左様でございますが……」



 周知の事実を知らないというのは居心地が悪すぎます。

 しかも自分が好きな人のことなのに。



「ですが知りたいのです。イーディス様がカイル殿下をお想いになられているように、私も……。お願いいたします」


「……面白い話ではないのよ。本人から聞いた方がよくなくて?」


「構いません」と私は拳をそっと握りしめました。


 オーウェンとはいつ会えるのかも、話してくれるかも分からないのです。

 何でもいいのです。オーウェンのことは知っておきたいのです。



「仕方ないわね。ちょうどダイナも『薔薇の約束』を読んでいることだし、いずれ知ることになるでしょうしね。いい機会かもしれないわ」



 イーディス様は私の手の内にある古ぼけた本を指さしました。



「その話、現実に起こった事件スキャンダルを元に書かれているというのは知ってる?」


「ええ。本屋の店主から聞きました」


「当時は大変な騒ぎになったのよ。だって騒ぎの元は、建国の英雄を祖にもつヒューズ侯爵家だったのだから。ここまでいえばわかるでしょう?」



『薔薇の約束』はヒロインとヒーローの身分差恋物語。悲恋で終わります。

 政略的結婚で愛のない生活をおくっていたヒーローが、偶然出会った庶民のヒロインと恋に落ち、真実の愛に目覚める。

 でも二人は許されざる関係。結果、駆け落ちの末に引き裂かれてしまう。


 20数年前、ということは。

 もしかしてオーウェンの両親は……。

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