37.別れの予感?
いつも冷静で、飄々としているオーウェンが、感情を溢れさせるなんて。
何かおかしいです。
パレードの騒音に混じって、かすかに鼻を啜る音すら聞こえます。
やっぱり泣いているのです。
私の好きな人が。
「オーウェン?」
落ち着くのを待って、私は声をかけました。
「あぁごめんダイナ。……俺、仕事やめなきゃいけなくなったんだ。ダイナともしばらく会えない」
「え……」
オーウェンはカイル殿下の侍従として立派に務めていましたし、誇りも持っていました。
ヒューズ侯爵家の庶子ではあるけれど、ヒューズ家に泥を塗ることなく、蔑まれても常に前を向き堂々としていました。
王子宮の執事を目指すんだと思っていたのに。
辞めるって……。
それに……。
オーウェンが仕事を辞めてしまうと、オーウェンと顔を合わすことも無くなってしまいます。
カイル殿下の婚約者であるイーディス様の参内やお使いで、私はたびたび宮ヘ上がっていました。
その都度、ほんの少しの時間であってもオーウェンと言葉を交わすことができていたのです。
すごく、すごく自己中であることはわかっていますけど、いやです、そんなの。
会えなくなる、顔を見ることもできなくなるなんて、耐えられません。
「どうして? お仕事、嫌になったの? もしかしてクビになった??」
「違うよ。カイル殿下の侍従、結構楽しいし嫌いじゃない。続けたかったけど、事情があってね。……ライトの家に戻らなくてはならなくなったんだ」
「ライト?」
オーウェン自身はヒューズ侯爵の子ですが、庶子であるためにライト姓を名乗っています。
ライトは母方の姓。
ということは、ヒューズ家を出、ライト家の人間として生きるということです。
オーウェンは苦しそうに呻きます。
「母が亡くなったんだ」
「お母さんが??」
知りませんでした。
カイル殿下の元へしょっちゅう顔出ししている私です。侍従であるオーウェンの身内の不幸があれば、噂話でも耳に入ったはずです。
でも、全くそんなことはありませんでした。
「先週、亡くなったらしい。病気で。長年患っていたらしいんだ。病気のことも亡くなったことも、昨日知らされたんだよ……。何年も会っていなかったけど、最期くらいは顔を見せたかった。葬儀も出れなかったんだ」
「オーウェン……」
私は後ろを向き、オーウェンと向かい合いました。
オーウェンの切長の瞳から音もなく涙が落ちます。
(なんて、綺麗なの……)
男の人が泣く姿なんて初めてみました。
頬を伝う一筋の涙……。
不謹慎だけど、とても清らかです。
私はオーウェンをそっとハグし、背中をさすります。
「知らされていなかったのなら仕方のないことだわ。残念だったね。オーウェン、大丈夫?」
「ダイナ。ごめん。取り乱した」
「謝ることないの。オーウェンが一番辛いんだから。でもヒューズ侯爵もオーウェンに知らせてあげればよかったのに。実のお母さんのことなのにね」
「あぁ……。侯爵も知らないんじゃないかな。母は侯爵の囲い人ではないんだ。ひととき関係があっただけ。すぐに別れたんだよ」
「え、オーウェンは侯爵の……」
「紛れもなく侯爵の血は継いでいる。母はね、侯爵と別れた後に俺を産んだんだ。それでヒューズ家は俺を引き取ってヒューズの一員として育て、その代わりに母が国を離れることになったんだよ。俺と引き離すためにね」
思っていた通り、オーウェンは複雑な生い立ちがあったようです。
それでも一切感じさせないオーウェンは、なんて強いんでしょう。
「今まで辛かったね」
「……そうでもない。食べるものにも困らなかったし、教育もつけてもらえた。悪い人生っではなかったよ」
ただ、愛情はなかったけれど、とオーウェンは私の背中に腕を回します。
「愛はダイナにもらうから、もういいけどね。あぁほんと、仕事辞めるの嫌だな。ダイナに会えなくなるのは辛い」
あれ?
5秒前までしんみりしていませんでしたか?
嘘のように、さらりと復活です。
さすがイケメン(そして腹黒い)。
「……いつ、王宮を離れるの?」
「来週末。ライトの家から1日でも早く戻ってこいって言われててね。引き継ぎもできない」
「そう」
私はオーウェンの胸に顔を押し付けました。
今度は私が泣きそうです。
いつものように王宮でオーウェンと会えなくなってしまう。急に現実味を帯びてきました。
これからもイーディス様のお供で王宮に上がることがあるでしょう。イーディス様がご結婚なさったら、王宮に住み込みでお仕えすることになるかもしれません。
オーウェンのいない王宮で私は日々どうやって過ごせばいいのでしょう。
「ダイナ、寂しい?」
「うん。すごく寂しい。ずっと会えないの?」
「ずっとじゃない。ライトの仕事に慣れるまでは会えないけど、落ち着いたらいつでも会える。侍従の時よりも自由に、ね」
「……どれくらいかかる?」
「数ヶ月から数年。でも、早く仕事を覚えるように超頑張るよ。手紙も書く」
「待ってる。絶対に会いにきてね」
いやだ、私のそばを離れないで……の言葉は飲み込みました。
我儘言って困らせたくなかったのです。
背伸びして、いい女ぶりました。
でも、この言葉にこのシュチュエーション。
過去の人生で体験したことがあります。
4度目か5度目の人生の時。
私と離れることになったお付き合いしていた男性もそんなことを言っていました。
どうしようもない理由でしばらく離れなくてはいけなくなったと。
手紙も書くし会いにくるというところも同じ。
そして?
自然消滅しましたけど?
これって別れの常套句……?




