31.歪んだ恋心。
せっかくのお休みだというのに、その日一日は何もする気もせず、私はあてがわれた部屋でぼんやりと過ごしました。
一人きりでいると悪い方向にばかり考えてしまいます。
こういう時は気心知れた人と過ごすのがいいとはわかっていましたが、幸せな祖父母一家と過ごすのは気がすすみませんでした。
だって、全てを持ち合わせている祖父母家族といると、オーウェンのことだけでなく、他のことまでも思い比べてしまうんですもの。
人間って業が深いですね。
夕刻近くになりバツの悪そうな顔をしたネイサンさんが訪ねてきました。
オーウェンのことが衝撃的ですっかり忘れていましたけど、今回の件でネイサンさんもとばっちりを受けています。
虎視眈々と狙っていた獲物の心変わりによって、将来の計画がおじゃんになったのですから。
プロポーズしようと考えていた女性からけんもほろろな対応をされたら、さぞかし落ち込むことでしょう。
まぁ知ったこっちゃありませんけど。
昨日、2度と顔も見たくもないし話もしたくないって言ったんですけど。忘れているんですかね。
けれど、訪ねてきた人を無視するわけにもいかず、私は女優並みの愛想笑いでネイサンさんを迎えました。
「ずいぶん図々しいじゃないですか。ネイサンさん。私はあなたと話なんてしたくないとお伝えしたはずですけど?」
ネイサンさんのいつのもキッチリした爽やかな感じはどこへやら。
かすかに酒の臭いをさせながら、ネイサンさんはだらしない笑みを口元に浮かべました。
「ああ、知ってるさ。だけどね、あなたに話さずにいられなくなったんだ。聞いているだろ?」
「メアリーにふられたことですか?」
わざと嫌味ったらしく言ってみます。
傷口に塩を塗りたぐられればいいんです。こんな男。
「そのとおりだけど……。はっきり言われると傷つくね。ダイナさん。どうしてこうなったのか、訳が分からなくてね。直前までいい感じだったのに、急に冷たくされたんだ。プライドがズタズタだよ」
うん。何となくわかる。
確実だと思っていたのに手のひらの隙間からスルリとこぼれ落ちたようなものですものね。
「本当にお気の毒様ですね、ネイサンさん。同情するわ。でも女心はなんとやらって言うでしょう? メアリーとは縁がなかったということではないですか。別に良い方がいらっしゃるわよ。貴族で持参金たっぷりのお嬢様がね」
一応慰めてみます。
嫌味も練り込んでみたので、慰めになっているのかどうかは微妙なところですが。
でも、この体裁とお金が命の最低男が、大事な従姉妹と縁付くことがなくなって安心しました。
不幸中のなんとやらというやつです。
「ダイナさん、女性の心が変わりやすいことは僕も知っているさ。経験がないわけでもないしね。でも心変わりという割には、急すぎる。直前までかなり上手く行ってたんだ。舞踏会までは僕の計画通りに行っていたんだよ。断るには何か理由があると思うんだ」
「はぁ? そんなこと当事者ではない私にわかるわけないじゃない。それこそ私ではなくて、メアリーに直接きくべきじゃないの?」
「メアリーさんは理由を聞いても答えてくれなかった。従姉妹のダイナさんなら知ってるんじゃないかと思ってね。ねぇ、教えてくれないか」
言ってもいいのかな。
メアリーはネイサンさんよりも遥かに魅力的な男性に出会ってしまいましたって。
そしてその男性が私の彼氏候補(というか8割当確!)である可能性が高いってことも。
このことを知れば、自尊心の高いネイサンさんは打ちのめされちゃうかもしれません。
でも難易度が上がったぜ! で燃えるタイプだとしたら、メアリーを手に入れようと躍起になって……。
そうすると、メアリーも必死に媚びてくるネイサンさんに絆されて、オーウェンのこと忘れちゃうかも。
(だけど……)
なんて醜いの。私。
ネイサンさんは条件でしか相手を見ない人です。さっきまでメアリーと縁が切れて喜んでいたのに、また悪縁を望むなんて。
ダメダメ。
人の不幸を望んでは。
「理由は知っているわ。でも私の口からは言えない。メアリーが言わないのなら、私も教えないわ。ネイサンさん自身で調べたらいいんじゃないかしら」
「あぁ、わからない人だ! 恥を忍んであなたに聞いた意味を理解してくれないか。協力してくれよ、ダイナさん」
「ねぇ、女性は他にもいるでしょう。なんでそんなにメアリーにこだわるの?」
「はっ、簡単なことさ! 僕の誘いを理由もなく断ったのは、メアリーさんが初めてだ。このままでは腹の虫がおさまらない。絶対に落としてみせる。それから僕と同じ思いをさせてやる」
ネイサンさんは声を荒げます。
えっと……。
ふられたのが許せず、メアリーを惚れさせてから捨てるということですか。
悪趣味がすぎません? ネイサンさん。




