24.舞踏会への招待。正直、面倒くさい。
『黒い山羊亭』でのオーウェンとの一時。
オーウェンも王宮に戻らねばならないので、ほんの少ししか一緒に過ごせませんでしたが、とても楽しい時間でした。
あいも変わらずオーウェンは自分のことは話そうともしませんでしたが、それすらも気にならないほどでした。
オーウェンの今までの人生を知りたいと思ったのは確かです。
でも、あの時の私には気になる人と一緒に同じ空間で過ごすことの方が、とても大切だったのです。
笑顔で穏やかに食事を楽しみ、お互いが思いやること、それだけでいいんじゃないかなって思います。
刹那的かなと思わなくもないけれど、将来のことは分からないのですから。今はこれで十分です。
そんな昼間の幸せな時間を思い出しながら、寝支度をしていたところ、遠慮がちにノックがされました。
この時間に寝室を訪れるのは、従姉妹のメアリーしかいません。
私の返事を待たずして、メアリー(やっぱり!)がスルリと入り込み、後ろ手でドアをそっと閉めました。
「で。なんの用なの、メアリー?」
「今日の昼間のこと、聞いてほしいの!」
やっぱりそんなことでした。
ネイサンさんとの事を話したくてたまらないのに、相手がいない。
気になっている男性の事を家族や兄弟に話すのは気が引けますからね。
その点、年の近い私はちょうど良いようです。
「ダイナと別れた後、ネイサンさんと社交界で話題のスポットのマデイラ恩賜庭園に行ったのよ。景色や庭の造形が素晴らしいって評判だったから。本当に景色も良かったわ。……ネイサンさんが優しくて紳士的で……」
メアリーはまるでまだネイサンさんが隣にいるように、そして私をいないもののように、夢見ごごちな眼差しで語りました。
ほんのり赤らんだ頬が、なんとも愛らしい。
でも。
もうぐったりするほど疲れていたので、この能天気な従姉妹の相手をするほどの気力はありません。
「今じゃなくてもいいんじゃない?」という言葉の代わりに、私ははぁっと息を吐きました。
「そう。良かったわね。ネイサンさんはすごく親切な方だったのね。いい方に巡り会えたのね」
「ええ。本当に。とても親切だったわ。私の運命の人ではないかと思うわ」
そこまでいうと、やっとメアリーは我に返ったようでした。私の顔色を伺い、
「あなたはどうだったの? いい生地買えた?」
「もちろん。気に入ったのが買えたわ」
しかも思いもよらずオーウェンに会えました。
王都で一番美味しいミートパイも食べて……あれ? デートですよね!
想定外の出来事でしたけど。
オーウェンの台詞を思い出してしまい、今になって恥ずかしくなってしまいます。
イケメンにあんなこと言われただなんて……。
でも、このことは従姉妹には内緒にしておきます。
彼女の口は羽根よりも軽いのですから。
明日の朝には屋敷中の人が知ってしまうことになります。それにオーウェンとの関係は大事にしておかないととも感じています。
大切に育てて行きたいのです。
私が黙り込んだことに、メアリーは勘違いしたのか、お気の毒にと私の手を握り、
「あなたにも好い人、できたらいいわね。ううん、きっとすぐできるわ」
「そうね。本当に」
いやもういますけど。
めっちゃ素敵な人がいますよ?
メアリーは構わず続けます。
「明日の晩ね、知り合いの屋敷で舞踏会が開かれるのよ。お祖父様たち以外はみんな行くの。ネイサンさんもよ。ダイナも一緒に行きましょうよ。ね!」
あー舞踏会。
ええ、舞踏会ですね。
着飾って深夜まで踊りまくる会。
知っています、もちろん。むしろ最上級の舞踏会は何度も経験しています。
イーディス様の付き添い侍女としてですけど。
仕事として参加は仕方ありませんが、私生活では、うん、正直面倒くさいです。




