23.甘い顔と裏の顔。
『黒い山羊亭』は富裕層むけの店です。
ですから外観は驚くほどシンプル……からの内装はゴージャス! だと思うじゃないですか。
でも入ってみて驚きました。
庶民の店と変わらない簡素なテーブルが十ほど並んだ、とても落ち着いた雰囲気の店内だったのです。
豪華なものに囲まれていると、こういう飾り気のないものを新鮮に感じてしまうのでしょう。富裕層の趣味ってわかりません。
オーウェンは慣れた様子で「ダイナ、こっち」と私の手を引き窓際の席に腰をかけました。
富裕層御用達のお店ですから、カイル殿下と何度か来店したことがあるのでしょうか。
使用人なのに、高級店にもご相伴させていただけるなんて。
私は侯爵家の侍女ですけれど、外食の時は馬車で待機でお付きはしたことがありません。
さすが王家。
何もかも格が違います。
「これは、これは。いらっしゃいませ」
オーウェンの姿を認めた中年の男性が、大慌てで駆け寄ってきました。
他の給仕たちとは違う服装をしているので、上級の職にある方のようです。
男性はうっすらと額に汗を浮かべ、
「ライト様。ご来店なさられるのならば、事前にご連絡いただけると助かります。準備してお待ちしておりましたものを」
「申し訳ない、支配人。今日は殿下の使いで来たんだ。蜂蜜酒を、そうだな、10人分ほど用意してくれないか。晩餐会で必要なんだ。4時までに王子宮に届けてほしい」
「畏まりました」
中年男性……支配人さんはチラリとこちらを見ます。
「お嬢様にはミートパイと、我が亭自慢の蜂蜜酒でよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「ではすぐにお持ちいたします」と支配人さんは礼をしてバックヤードへ向かいました。
親しげな様子から、オーウェンとは知り合いのようです。カイル殿下は足繁く通う常連さんなのでしょうか。
「オーウェンはこのお店よく来るの?」
「うん。殿下のお供できたり、休みの日に来たりね。ミートパイが美味しいから、ここ」
オーウェンは何気なく言います。
ううん?
いや、でもですね、さっきちらっとメニューが見えたんですけど、全体的にお高めな値段設定でした(富裕層相手だから当たり前ですが)。
私の感覚だと特別な日に来る店の設定です。
しょっちゅう来るには侍従のお給料ではちょっと厳しくないかなと思うんですが……。
ほんの少し、ほんの少しですが、違和感を感じます。
(私、オーウェンのこと好きだけど、オーウェン自身のことはあまり知らないのかも……)
違います。
ほとんど知りません。
イーディス様に付き添って参内したときに、お喋りしたり、手紙を交わしたりするだけで、オーウェンの出自のことを話し合ったことはありませんでした(私のことは色々話してはいます。隠すこともありませんし)。
ヒューズ侯爵の私生児で、カイル殿下の侍従として働いているイケメン。
私が知っているのは、それくらいです。
でも本当にそれだけなのでしょうか。
支配人の慌て具合と物腰は、庶民に向けるものではないように感じました。
そもそも店員さんは他にもいるのに、なぜ支配人さんが接客に来たのでしょうか?
オーウェンは王族の侍従とはいえ、年若い使用人に過ぎないのにです。
「オーウェン、あの……」
「何? ダイナ」
オーウェンが右手で頬杖をしたまま、反対の手を伸ばし、優しく私の髪に触れます。
甘く愛おしそうに微笑むオーウェンに、ドキドキしすぎて、あああ、ほんとだめです。
自分でも分かるほど、顔が熱いです。
なんなのもう。
「面白いなぁ、これくらいで赤くなるなんて。ダイナ。かわいいね」
「そんなからかわないで……」
こうなると何も言えません。
イケメンの破壊力ってすごいですね。
今のこの姿さえあれば、過去などどうでも良くなってしまいます。
「ダイナ?」
「え?」
「ミートパイきたよ」
いつの間にかミートパイがテーブルの上に並べられていました。
『黒い山羊亭』のパイなんてなかなか食べられないのですから、集中して食べることにしました。
貧乏人ですからね!
お金は無駄にはできません。
とりあえず一口……。
結論:パイもお酒も今まで食べたもので一番美味しかったです!
皆様、いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!




