22.あなたのことでいっぱいです。
侍女もですけど、侍従もご主人様に直接お仕えするお仕事。
お休みは不定期ですし、自由に出歩くこともできません。
ですので、カイル殿下のお気に入り侍従であるオーウェンが、この時間にここにソロでいることは、本来ならばあってはならない事なのです。
「オーウェン、どうしてここに? 仕事は?」
私はじっとオーウェンの瞳を見つめます。
オーウェンの藍色の瞳はいつもと同じ穏やかで柔らかです。虚があるようには見えませんが……。
オーウェンは私から反物を取り上げると、代金を露天の店員に支払い(驚くほどスマートすぎて何もできませんでした)、油紙に包んでもらうと私に返しました。
「ダイナから昨日もらった手紙に、明日、繊維市に行くって書いてあったでしょ。今なら市にいるかなって追ってきたんだ」
「は? 仕事放棄して??」
何言ってるんでしょう。
好きな人のことはどんなことでも把握しておきたい粘着気質イーディス様じゃあるまいし、仕事抜け出して来るだなんて。
職業人としてどうなんでしょうね。
「本当にしてたらどうする?」
「軽蔑する」
私は職業として侍女を続けると決めています。
行儀見習いのお嬢さん方とは覚悟が違うのです。誇りを持って努めています。
同職であるオーウェンが、適当な態度で仕事に向き合っているのなら、残念なことです。
オーウェンにはいい加減であって欲しくないと思っています。
だってオーウェンを好きになりかけているんですもの……。
私、転生者です。
しかも6回。
その間に、多種多様な他人の人生を見てきています。
どの人生にも、どの世界にも、仕事に対する態度と女性に対する態度が似ている男性が存在していました。しかも結構な数がいたものです。
もしもこれから私とどうにかなったとして、オーウェンにそんな態度取られたら? って思っちゃうじゃないですか。
好きな人からぞんざいに扱われるのは辛すぎます(※以前のイーディス様参照)
オーウェンは私の顔が曇るのを感じ取ったのか、眉を下げ、
「嘘だよ。ごめんね。ダイナに嫌われるのは嫌だからこの辺にしとく。カイル殿下のお使いできたんだよ」
「西の広場に? 祭りの間は繊維市しかないわよ?」
王族にB級お買い得品は必要がない気がします。
「広場はそうだけど……」
オーウェンは広場に沿った店舗の一つを指差します。
指差す先には、洒脱でシンプルな店構えのレストラン『黒い山羊亭』がありました。
開業100年、伝統的な料理を出すちょっとした有名店です(王侯貴族御用達。当然お高い。一度も行ったことがありません!)。
「あそこのレストランのさ、オリジナル蜂蜜酒が絶品なんだ。今日の晩餐にイーディス様がいらっしゃる予定でね。殿下が是非、飲ませてやりたいって仰って買いに来たんだよ」
「イーディス様が……」
そういえば今日の夜、王宮にお出かけする予定があったような(お休みがもらえる事が嬉しくて忘れてました!)。
それにしても前はあれほど嫌がっていたカイル殿下が、イーディス様のことを心待ちにしているだなんて。
イーディス様の願いが叶うまで、もう少しなのかもしれません。
「カイル殿下はメリッサ様のことを口になされることはなくなったよ。綺麗さっぱりお忘れになられたようだ。今では殿下の中にはイーディス様しかいないよ」
「よかった。イーディス様、お幸せになれそうで」
「で、ダイナはどうなの? ダイナの中に少しは俺がいる?」
はぁぁ。もう。
来ますか? ここで。
容赦なく攻めますよね!!!
「ダイナ?」
オーウェンが答えを促すように囁きます。
私は俯きました。
期待にキラキラしているイケメンを正面からなんて見れません。
眩しすぎます。
ええ。
わかりました。
正直になりましょう。
「……結構ね。いるかもしれない。想像以上にオーウェンが占めてる……と思うよ」
「そっか。いなかったらどうしようかと思ってた」
「いないはずないじゃない」
「だよね」とオーウェンは満足そうに頷いて、私の手を握りました。
「お昼には早いけどさ、『黒い山羊亭』のミートパイでも食べない?」
「うん、行こう。さっき反物の代金出してもらったから、ミートパイと蜂蜜酒は私が奢るね」
反物はお買い得品でしたが、それなりにします。
あとでお金を返ししておかなくちゃ。
お金の貸し借りはお友達の間でもやっちゃいけないことですし(経験談)。
「反物の代金も後で渡すね。オーウェン。ありがとう」
気をよくしたのかオーウェンは嬉しそうに額にキスをすると「めっちゃ顔赤いですよ? お嬢さん」と微笑みました。
あ、あの。
今、キスしましたよね!
額ですけど。
オーウェンが、キスしましたよね??
こんなこといいのでしょうか。嬉しい。
でも。
ああああ、動悸がします!!!
22話をお送りします!
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次回も読みに来てくださいね。




