10.イケメンに買収されました。
ということは。
イーディス様はカイル殿下が好き。
カイル殿下はメリッサ様が好き。
メリッサ様はバージル様が好き。
矢印が完璧に一方通行。
これは誰も報われない関係です。
私とは直接関わりのないメリッサ様はおいておいても、何よりもイーディス様、そしてカイル殿下です。
お二人は政略的な婚約ですけども、婚約者同士ですし、私の主人でもあります。
お仕えする主人に幸せになっていただきたいと願うのは、侍女として間違ってはいないのではないかと思うのです。
それにお二人は王族の政略結婚なのですから、よっぽどのことがない限り婚約の解消はできません。
このまま心が通わない夫婦として何十年も生きていくよりも、お互いに思いやれる関係になった方が、イーディス様にとってずっと良い人生になるはずです。
イーディス様はカイル殿下がお好きなのですから、カイル殿下がイーディス様に気持ちを向けさえすれば、幸せになれやしないでしょうか。
ただ、個人的にはカイル殿下が他の女性に心がある時点で配偶者としてどうなの? な評価なので、推すには戸惑うところですが。
「……ってことを考えてるんだろうけど、ダイナが他人の恋路、しかも主人の恋をどうにかしようっていう身の程知らずな侍女ではないと思いたいんだけど?」
いつの間にかオーウェンが給仕室へ戻ってきていました。
「オーウェン。すごいわね」
この人は読心術でもあるのでしょうか。
一字一句違わず、私の心を言い当てます。
「うーん、でもそんな言い方は……。オーウェンにとっても関係のあることでしょう? メリッサ様のご婚約者はお兄さんだし」
「まぁ確かにバージル様は腹違いの兄ではあるけれど。俺には全く関係ないよ。父親が同じと言うだけだ」
オーウェンはヒューズの姓を名乗ることも、貴族としての地位も認められていません。
王族の侍従、名誉職に近いとはいえ、人に仕え労働者として生きているのです。
このイケメン。飄々としていますが、半分同じ血の流れる兄弟とは差別され、虐げられてきたに違いありません。
今までどれだけ苦労してきたのかと思うと、愛おしさがこみ上げます。
ぎゅっと抱きしめたくなります。
「ダイナ、そんな顔しないでくれる? 俺はそれほど辛い目にもあっていないよ。そもそも今の生活に満足している」
「そうなの?」
「侍女しているなら知ってるだろう? 貴族も身分が高いと面倒くさいってこと。あんなのはごめんだ。それに俺は生まれた時から平民と同じ扱いだったから、今の立場に不満はないよ」
確かに。
私の家は男爵家ですが、貧乏です。
『お金がなくて結婚させてやれません』宣言からの終身侍女ですが、なんとも思いません。
私の場合は過去の6度の転生で酸いも甘いも体験しました。
なので大抵の人間(と鹿)の経験することは知っています。
おかげで、ダイナは18歳だと言うのに、色々悟って内面は年寄りですが。
「オーウェンって若いのにしっかりしてるのね」
「ダイナよりは年上だからね」
とオーウェンは微笑むと、棚からジャムの入った瓶を取り出して、中身をスプーンですくい薄くスライスしたバゲットにのせました。
「どうぞ。小腹減ってるだろ。お客様用だけど、食べちゃっていいよ」
「ありがとう」
私はバゲットを一口齧ります。
思わず声が漏れました。
なんでしょう。この美味しさ。
流石、口の肥えた富裕層向けのジャムとパン。全てが最高です。
木苺のジャムは果実感が残っていますし、パンも柔らか。
使用人の食事とはレベルが違います。
お金のある王侯貴族って素晴らしいですね。
「だからダイナ」
オーウェンが私の顔を覗き込みます。
「イーディス様にはカイル殿下のことは内緒にしておいてもらえるかな。階下の者が口を出して拗れたりでもしたら大変だ」
「うん。わかったわ。……ねぇ、オーウェン。私、もしかして買収されちゃった?」
美味しいジャムとパンはすでにお腹の中です。
オーウェンは私の唇に人差し指を当てました。
「君が王宮に来れなくなると会えなくなるだろ? それは嫌だからね。俺はダイナともっと仲良くしたいんだ」
わぁお。
さらりと言えちゃうイケメンの破壊力は恐ろしいです。
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