価値
男は女のことが好きだった。けれどそうなったら、そのあとに、自分はいったい何なんだろうと思った。「愛してる」「愛してない」と自問したが、また我をみうしない自傷行為/他傷行為をくりかえした。男はそのうちに何も感じなくなっていくのではないかと怖くなった。
女はそれを敏感に察知していた。男の顔から突如「自分」が消えていく。哀しいとおもった。けれど女自身、彼のことがほんとうに好きなのか怪しいとおもった。彼とはちがう類の下心があるのではないか、純粋に彼を愛しているのかと、自身を疑った。
どうしようもないエゴや疑心が痛みを伴いながら点ったり消えたりするのはいったいどうしてだろう、と。ちがう場所でちがう時間を過ごしている間もふたりは同様に悩んだ。きっとあの頃はちがったはずなのに、と。________実は以前、男と女は殆ど偶然まったく同じ経験をしていた。
中学だか高校だかで、一緒に教室に居残った人と「めんどくさいよね」などと言いながらオレンジ色の教室でプリント作りした___________本当は「めんどくさくなんかない」「ずっとこのままがいい」とどうしようもなく思いながらも、そう、うそぶいてしまった___________その夜、窓辺で炭酸を飲みながら「きっと自分だけが見つめているんだよな」と、ひとり帰結した。その後、似たようなたくさんの青春の副作用を喰らいつつ引きずりつつ、頑張ったり怠惰したり音楽を聞いたりして、大人みたいな人間になった。
ふたりは別れた。
けれどほんとうはふたりとも、あの頃とまったくおなじもの、青春時代の一瞬のばか笑いのようなものを今もちゃんと持ち合わせていた。それはそう内省すること自体が、その証明だった。価値だった。……けれどその内省さゆえ「気のせいさ」とおもい、起きぬけに窓をみて哀しく笑った。靴をつっかけながら玄関をあけて、曇り空なのに眩しさに溶けてしまいそうだった、ふたりとも今日も。