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一気に部屋が広くなった。三人のボディーガードと秘書だけがアンを抱いているおれの周りを囲んでいた。アンの寝息だけが広がる部屋の静寂を不自然に感じた。何分くらい経ったのか、暗闇に眼が慣れ始めた頃、大きな振動が部屋を襲った。
次の瞬間―――立て続けに三発の爆発音。まもなく数人の怒号が聞こえてきた。人数が少ない―――相手のボディーガードが叫んでいるのだろう。ここにいた者達はいまだどこかに潜んでいるようだ。しばらくしてまた二回爆発音がした。
「今のは何の爆発だ?ヤマオカが持っていた手榴弾は三つのはずだろう」
何かの不安に襲われた。すぐに席を立った。アンは震えている秘書に抱かせた。ボディーガードに止められたが、振り切って部屋を出た。埠頭の奥が火の海で、あたりを明るく照らしていた。夜の闇に大量の煙が吸い込まれていた。煙の出ている方向に走り出した。ボディーガードも後をついてきた。
二分くらい走っただろうか、息切れ切れになりながらも埠頭の出入り口についた。煙はもうそこまで迫っていた。出入り口はすでに二十人以上で塞がれていた。その中に佇むヤマオカを見つけた。ヤマオカは燃え盛る炎と爆音を前にしても身じろぎもしてなかった。
「どうなってる。爆発音が二つ多かったぞ」
ここにいるはずのないおれを見てヤマオカは驚いている様子だった。
「どうしてきたんですか。ここは危険です。すぐにもどってください」
有無を言わせずあしらわれたが、引かなかった。
「爆発音が二つ多かったんだ。何かあったのか」
「ジムたちが乗ってきた車を爆破しました。車で逃げられると厄介なので。説明不足でした。すいません。しかし経過はいたって順調です。海に逃げようとする気配はありませんでした。まもなくジムたちはここに現れるでしょう」
そういうと弧状に規則的に並んだ二十人以上に銃を構えるように指示をした。
まもなく煙の中から五つのシルエットが浮かび上がった。すぐにボディーガードに守られているジムと東側のボスらしき人物の顔が浮かびあがった。二十以上の銃に囲まれている事を知ったジムの顔は愕然としていた。リアムの姿が見えなかった。
「リアムは何処だ。ジム」
ジムはボディーガードに守られている。その中にはジキルの姿もあった。ジキルはジムのすぐ後ろに立っていた。
「どうしてここが分かった」
ジムの声は震えていた。
「答えろ。ジムは何処だ」
もう一度同じ質問をした。
「わからねえよ。あんたが投げさせた手榴弾のせいで逃げるのが精一杯だった」
ボディーガードを見た。その手にはなにも持っていなかった。極秘で会う事に安心して、銃も携帯してこなかったようだ。完全に油断していたのだろう。
「ここでおまえを殺してもいいんだが、そちらにいる方の事もあるからな。場所を変えていろいろ聞きたい事もある。おとなしく捕まればもう少しは長く生きられるぞ」
ジキルが何かジムに耳打ちした。少し間を置いてからジムは手を挙げて抵抗をあきらめたようだった。すぐに大人数で囲んで捕まえた。ジムを殴った奴がいたが、すぐにヤマオカが止めた。
部屋に戻る間、ジムはおれを睨み続けていた。気付かない不利をした。リアムの事が気にかかった。部屋に戻ってもリアムの安否は確認できなかった。部屋には秘書がアンを抱いていた。今までずっと同じ所で震えていたらしい。
「よし、そこに座らせろ」
背中にべレッタを押し付けられてジムたちはされるがままに座った。
「もう一度聞く。リアムは無事なんだな?」
「分からないって言っているでしょう。あなたたちの手榴弾のせいで今ごろ倉庫でくたばってるんじゃないですか」
ジムはそういって床に唾を吐き捨てた。ベックが手にしたべレッタの柄の部分でジムの頬を殴った。鈍い音と共に数滴の血が飛び散った。
「ビッグ。私はリアムを探してきます」
「だめです。リアムさんは私の部下が探しています。あなたが行く必要はありません」
ヤマオカが有無を言わせずベックを制した。しかしベックは引かなかった。
「ビッグ。行かせてください。必ず見つけ出してきます。リアムを死なせたくないんです」
ベックはおれに向かって懇願した。ヤマオカもおれを見た。
「いいだろう。その代わり必ず見つけ出すんだ。死なせるなよ」
ベックはこっちに会釈をすると、リアムの部下と一緒に部屋から勢いよく飛び出していった。ヤマオカは何も言わなかった。
ベック達を見送ってからヤマオカは静かにジムの断罪を始めた。