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TVの画面―――メディアのレポーターが店に群がっている。今、マスコミの注目を集めている店、ホッドロッドだ。ニュースでは・暴力団同士の抗争・などと面白おかしく書き立てていたが、まったく本質を捉えた情報は流れてこなかった。この国のマスコミは、この街がまだ日本のヤクザの手中にあると思っている。赤ん坊が泣き始めた。咄嗟に抱き上げたあの時はリナの顔が浮かんでいた。今は似ても似つかない顔だ。赤ん坊は泣き続けた。泣き疲れると眠り、起きるとまた泣き始めた。赤ん坊の頭には幾重にも包帯が巻かれていた―――どこかで怪我をしたのだろう。頬をつたう涙をぬぐってから抱き上げた。赤ん坊は抱き上げても泣き止まなかった。しかしどうしようもなく、自分の体がこの小さな体から伝わってくる体温に癒されていくのを感じた。

「ビッグ。おはようございます」

ドアが開いてヤマオカが入ってきた。赤ん坊をリナのベビーベッドに戻した。

「朝早くすいません。あまりおやすみになれなかったでしょう。しかしはやく手を打たなければなりません」

部屋には赤ん坊の泣き声が響いていたが、ヤマオカは完全に無視している。

「何かいい手がないか考えてみたんだが、やはり東側を止めるにはかなりの犠牲を覚悟しなくてはならないだろう」

「そのことなんですが、私に一つ考えがあります」

「何かいい方法があるのか?」

「はい、ジムさんの部下にジキルという男がいます」

ジムの隣に静かに佇む男の姿を思い出した。男の顔までは正確に浮かんでこなかった。

「そいつなら知っている。いつもジムの後ろにいた秘書官だ。少しなら話した事もある。確か変な時期に入ってきたな」

「はい、実はその男、私がジムさんに紹介した秘書なんですが。二年前にジムさんが拉致された時に、こういう事態を想定して万一の時のために私が送り込んでおいた、言わばスパイです。今はそのジキルに逐一ジムと東側の行動を報告させています。ジキルは先日の一件までジムが東側と癒着している事実を確認できていませんでした。ジムの方がジキルを警戒して東側との接触を隠していたようです。しかし先日からは行動を共にしています。ジムもようやくジキルを信じたのでしょう」

「つまり状況が揃えばいつでもジムを捕まえる事ができるって事だな?」「それはもちろんですが、これを期に東側のボスも襲って一気に組織を崩していければと思っています。・・・なにかご質問は?」

すこし考えてから首を振った。

「これからよりいっそう忙しくなります。前のようにいつでもビッグの傍にいる事は難しくなるでしょう。しばらくは私の部下に代わりを勤めてもらう事にします。悪い人物ではないので可愛がってやってください。何かありましたらすぐに私に連絡が来るようになっていますので心配は要りません。それでは。失礼します」

そういうとヤマオカは足早に部屋を出ていった。赤ん坊の泣き声はいつまでも止まなかった。

* *

それから二日が経った。二日のうちにベックとヤマオカと頻繁に連絡を取り合った。ベックは直接事務所に来てヤマオカの計画を聞いた。

 マスコミの影響で東側も派手な動きは控えているようだった。おれは赤ん坊にアンという名前を付けた。アンは泣き続けた。アンは未だに笑ってくれなかった。それでも寝顔を見ているだけで少しだけ時間を忘れられた。はやく笑った顔が見たかった。笑えばまた、リナの顔を思い出すだろうか。

二日のうちにホームヘルパーを雇った。頭に巻かれた包帯はどうするのかと聞かれた。早く医者に見せた方がいいと言われた。頭の怪我のせいで泣いているのかもしれない。頭の怪我がどんなものか見ていなかったが、赤ん坊が頭に怪我をしていて入院しないくらいの怪我なら命の危険はないだろうとタカを括ってホームヘルパーには今日にでも病院に連れていくといっておいた。

「ビッグ。おはようございます」

そういってベックが部屋に入ってきた。アンの泣き声に一瞬顔をしかめたが、何も言わなかった。

「どうしたベック。今日はここに来る予定はなかったろう。期が熟すまではレストランの建て直しや残った仕事の整理をしていろと言ったはずだ。今はマスコミがうるさい、こっちと同様に東側も派手な事はできんだろう。時が来るまで辛抱するんだ」

「しかしもうあれから三日も経ってしまいました。リアムの事も気にかかります。仕事なんて手につきませんよ」

ベックはリアムを助けられなかった事に責任を感じているようだった。

「今は待つしかない。下手に動いて相手にこっちの狙いを感づかれてもまずいしな」

ベックは何か言いたげだったが口をつぐんだままだ。ドアが開いてヤマオカが入ってきた。

「ビッグ。おはようございます」

「ヤマオカさん、まだ動きはありませんか」

ベックがヤマオカの方に振り返って聞いた。

「おはようございます。ベックさんも来ていましたか。残念ですがまだ連絡は入っていません。東側もこの騒ぎの中ではなかなか動けないのでしょう」

ベックは肩を落としてため息を吐いた。いつも冷静だったベックもこういう事態には我を忘れてしまうようだ。

「しかし必ず近いうちに動きがあるはずです。今、東側はこっちの幹部を二人も殺して調子に乗っている」

「まだ二人だとは決まっていないだろ」

ベックはヤマオカの話しを遮って、声を荒げた。

「申し訳ありません。確かにリアムさんはまだ生きているかもしれません。しかし残念な事に、今、リアムさんの命が東側に握られている事は確かです」

またベックが肩を落とした。

「マスコミの動きもだいぶ収まってきていますし東側にしてみれば実質的にリーダーが二人になって浮き足立っている私たちを消滅させるにはうってつけの時期でしょう」

さっきまで眠っていたアンが泣き出した。

「―――ビッグ。何だってあんな子供を拾ってきたんですか」

ベックが顔をしかめながら言った。もう子供が嫌いな事を隠すつもりもないようだ。

「子供の事はビッグの勝手でしょう。今は東側への対応です」

ヤマオカがベックを軽くあしらった。ベックはヤマオカを見てからまた落胆した。

「ベックさん、あなたはいいリーダーです。長い間ビッグを支えてきてくれました。しかし今回の件であなたは自分を見失っています。ビッグに変わって私が言います。少し冷静になりなさい」

そういうとヤマオカはおれに一礼してから足早に部屋を出ていった。ベックはおれを見て助けを求めたが、気付かないふりをした。


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