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「それでもおれは…」

龍が何か言っている。

「それでもおれは、大老に感謝している。大老は誰にも相手にされなかったおれを救ってくれた。なにもできなかったおれに沢山の事を教えてくれた」

龍の瞳にはまだ少しだけ強さが残っていた。

「なにを教わった。チャイナから何を学んだんだ?いってみろ」

アンの涎が服についた。あした涎掛けも買ってやろう。

「大老はおれを教育してくれた。字の読み書きも出来るようになった。体を鍛えられて人の殺し方も教わった」

「それだけか。ではなぜそんな事をおまえなんかに教えてくれたんだ?」

アンがおれの人差し指を握った。握られた手を小さく振った。

「なぜ?」

龍は首を傾げた。質問の意図が分からない様子だった。

「わからないか?読み書きは最低限の教育だから仕方なく教えてやっただけだ。それはいいだろう。じゃあ人を殺す技術は何の為に教えたんだ。普通に育てるならそんな技術は必要ないだろう。人を殺す技術を教えるのはそいつに人を殺させる為だ。要するにおまえの尊敬する大老はおまえに人を殺させたいだけだ。大老が本当におまえを信用しているのなら大切な仕事を任せるための教育を施したろう。しかしあいにくおまえはそんな教育は受けていないようだ。つまり大老はおまえに高級な仕事ではない、汚れ仕事だけをさせていた。そうだろ?」

龍は震えていた。唇の端から血が流れていた。

「そして今日、おまえが捕まっているというのに一向に助けに来る気配はない。失敗したら切り落とせばいい。おまえ。見捨てられなんだよ」

耳元で諭すように囁いてやった。龍の震えは大きくなるいっぽうだった。アンは泣くのを止めない。一瞬、龍がアンの顔を見た。龍の視線が諦めの色に変わったようにみえた。

「もう…。おそいんだよ…。あんたも運が悪いぜ…」

ドアが開いて歓声があがった。ドアの音でアンが泣き止んだ。リアムが戻ってきたらしい。ヤマオカが戻ってきた。

「リアムさんが見つかりました。まだ意識もあります」

リアムが机の上に寝かされた。ベックが横について泣いていた。リアムは無理に笑ってみせた。

「大丈夫か、リアム」

リアムは胸を押さえていた。しかし急所は免れていた。うめき声のような声を上げた。うまくしゃべれないらしい。肺をやられているんだろう。

「分かったからもう話すな。もう大丈夫だ。何も言わなくてもいい」

「リアムさんも無事でした。すぐに引き上げましょう」

ヤマオカの声も心なしか明るく感じた。部屋に残っていた者も大きく歓声を上げ、車を取りにいった。

「よし、引き上げるぞ。リアム、安心しろ、おまえはすぐに病院に入れてやる」

そういってアンの腕を掴んでリアムの頬を突ついた。

リアムがいきなり目を剥いた。

「どうした?痛むのか?」

リアムが激しく首を振った。様子が変だった。何かを訴えている。何かを言おうとしている。リアムの口に耳を近づけた。なにを言っているのか分からなかった。担架が運ばれてきた。ベック達に連れて行くように言った。

瞬間―――胸ぐらを掴まれた。リアムは訴えるようにどこかを指差した。リアムの指はアンに向かっていた。意味が分からなかった。

「どうした。アンが…。この子がどうかしたのか?」

アンが笑った―――初めての笑顔。部屋にはアンの無邪気な笑い声とも叫び声ともいえない声が響いた。

アンが笑った。リアムの目からは涙が流れた。その涙が何を意味しているか分からなかった。リアムは胸ぐらを離さなかった。笑い声が上がった―――アンのそれとは違うそれは、諦めと絶望の感情が混じった断末魔にも聞こえた。

「そうか…。あんたは知ってるんだな。リアムさん。そいつの事」

龍が立ち上がった。ボディーガードがベレッタを龍の頭につきつけたが、龍はそんな事には動じなかった。龍の頬に涙がしみていた。涙は蓄えられた豊かな髭にみるみる吸い込まれていった。

「おれとジムの話しを聞いてたんだな。しかし声が出ないんじゃあの事を教えてやれないな」

リアムはうめき声を必死にあげている。その意味は分からない。

「この子に何がある?なんでおまえ達がアンの事を知っている?」

「あんたも運の悪い人だ。そいつどこで見つけたんだ?」

燃え盛るキャデラックの前でないていた。

「テネシアンの前でおまえ達、東側の人間に襲われた時だ」

「なんで赤ん坊なんて拾った?それどころじゃなかったはずだ」

リナの顔が浮かんだ。リナは笑っていた。

「あんたは先月娘さんを亡くしたんだ。それで銃撃戦の中に一人泣いている赤ん坊を放って置けなかった。そうだろ?」

龍の顔を見た。龍は泣いていた。アンは笑っていた。

「それがどうした?」

龍は泣きながら笑った。濡れた瞳には絶望が溢れていた。

「おかしいと思わないか?そんな所に赤ん坊だ」

言いようのない不安に襲われた。リアムのうめき声が恐怖を掻き立てた。ヤマオカが龍を張り倒した。

「狂言でしょう。はやく引き上げましょう。龍小老をお連れしろ」

傍にいた者が二人がかりで龍の脇を抱えた。

「引き上げましょう。ビッグ。リアムも早く医者に見せた方がいい」

ベックはリアムを担架に乗せた。リアムは泣きやまない。うめき声が叫び声のように聞こえた。龍が歩き出した。

「おい。なんでその赤ん坊。頭に包帯しているんだ?」

アンの頭に巻いてある包帯を見た。

「その中に答えがあるよ」

龍の唇は釣り上がっていた。包帯を解き始めた。

「それは帰ってからでも出来るでしょう。今は早くここを後にする事の方がせんけつです」

やめなかった。リアムの叫び声が大きくなった。包帯を止めてあったピンを引き抜いた。

「あんたも運が悪い。おれも分かったよ。この世には信じる者など誰もいない。我々の信じた神は存在しないようだ」

夢中で包帯を解いた。最後に頭全体を覆っていたガーゼが残った。そこで手を止める。

「何がある?」

龍は笑ったままだ。アンは包帯を手にして弄んでいた。


何がある!


こんなに愛らしい笑顔に何が隠されている?この子に何をした?この子はおれの天使だ!おれの天使に何をした!


ガーゼを取った―――アンの頭には黒く、凶凶しい物体が埋め込まれていた。物体の表面の数字が刻々と減っていた。

「この子に何をした!」

一瞬の沈黙の後、部屋中に悲鳴が上がった。

「この子に何をした!」

「後、五秒だ。もう間に合わない。」

龍の笑い声と悲鳴が断末魔に聞こえた。


「おまえのかわいい天使様はおまえの命がほしいそうだ」


アンを抱き締めた。


「さよなら、神よ。くたばりやがれ」


部屋中に爆音が轟いた。アンの頭と共に、その全てが砕け散った。







最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ご感想、聞かせていただければ幸いです。

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