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ジェシーが死んだ。べックと食事をした帰りに拉致された―――首だけになって事務所に宅配されたそうだ。ついに幹部が殺られた。

「ビッグ。本日七時からべックさんとリアムさんがあなたを夕食に招待したいそうです。ジェシーさんの件もありますし、近いうちに幹部全員集めて対策を練らなければとも言っておりました」

「わかった。八時に行くと伝えておけ。今日も予定、詰まっているんだろ?」

横に立ったヤマオカが事務的に今日の予定を読み上げ始めた。先週一週間休んだツケが今週に流れ込んでいる。仕事をする気になどなれるはずがなかった。

「…最後にべックさんたちとの会食です。何か御質問は?」

首を振った。葉巻を手にし、先をカットしてくわえる。

「では今日もよろしくお願いします」

ヤマオカは頭を下げてから部屋を出ていった。煙を吐き出し、葉巻を灰皿に押し付けてから山積の書類に目を通し始めた。

* *

駅前通りを一本内に入ると大小様々な種類の店が連なる裏通りに出る。その中でもひときわ目立つ大きなビルにおれの店が入っている。べックとリアムはそのビルの二階にある・パラピニオ・で待っていた。

「ビッグ。急に呼び出してすいません。もう御耳に入っているでしょうが、今朝、ジェシーの首が事務所に送られてきました。拉致した者を探していますが、まだ見つかってはいません。おそらく東側の人間でしょう」

この街の裏社会は二極化している。西側を握っているのが、ハーフやクウォーターのクリスチャンが集まったおれのグループ。東側を握っているのがアジア系のハーフやクウォーターの集まったグループ―――奴等に宗教は存在しない。信じられるものは金だけだ。三十年も前におれが来て根を這ったこの街は、三年前にやってきたチャイナ達によって急激に蝕まれる事になった。昔からいた日本のヤクザと言われる、ジンギというものを重んじるグループも存在するが、この街では限りなく小さな権限しか認められていない。

「ついに幹部まで殺られました。下にも拉致されている者が出てきています。あなたが頷けばいつでも攻撃する準備はできているんです。下はもう限界です」

ベックは諭すようにゆっくりと言った。リアムが立ち上がった―――勢い良く椅子が倒れる。

「ビッグ。おれはもう待てねーよ。仲間が死んでるんだぜ? 悔しくねーのかよあんた。かわいがっていた娘さんまで殺されて、よくのんきでいられるな」

「おい! 口を慎め。リアム、落ち着くんだ」

ベックは運ばれてきたコーヒーを一口啜ってからおれの方に体の向きをかえた。

「おまえたちの言い分も十分わかる。しかし平和的に解決するよりいい方法はないんだよ。おれはもうこれ以上仲間を失いたくない」

「それはわかっています。しかし、こうもあからさまに攻撃されてしまうと平和的に解決することはもう不可能でしょう。こっちが手を差し伸べても東側はその手を払いのけてきた。むこうもこっちと和解するつもりははじめからないでしょう」

いつも冷静なベックも自分の部下を失い、さすがに頭に血が上っているようだ。葉巻をくわえた。

「そうか。確かにそうかもしれないな。もう限界か」 腕を組んで目の前にあるチャイに視線を落とした。確かに限界だった。三週間前に娘のリナがさらわれた。

リナ―――おれの娘。

生まれた時から親に見離された子供。借金のカタに買い取った。リナはおれを困らせた。大事な会議で泣き出したり、抱き上げてくれた社長さんの顔を引っ掻いたりした。しかしそれ以上にリナは、おれに大きな喜びを与えてくれた。リナが笑うだけで嬉しかった。初めて立った時も手放しで喜んだ。リナが始めて口にした言葉は「パパ」だった。少しずつ言葉を憶える度におれの顔は皺くしゃになっていった。リアムやジェシーに「老け込んだ」とからかわれた。笑う事を忘れていたおれに笑顔を思い出させてくれた。これほど神に感謝した事はなかった。

ある日その天使がさらわれた。一週間前に事務所にリナの首が送られてきた。目の前が真っ暗になった。怒る気力もなかった。涙も出なかった。三十年間一度も休んだ事がなかった仕事も休んだ。

「その件はもう少しだけかんがえさせてくれ」

沈黙が流れた。葉巻を灰皿に押し付けた。全ての料理がテーブルの上を彩ってから思い出したようにベックが切り出した。

「それはそうと、実は今回のジェシーの一件で少しおかしいと思える事があったんです」

「なんだ? おれもそんな話聞いてねーぞ」

声を荒げるリアムを無視してベックはドアの横に待機していたウェイトレスを外に出させた。部屋には三人のほかにはヤマオカとそれぞれについているボディーガードがすぐ後ろに立っているだけだった。

「昨日はジェシーと会う予定はなかったんです。しかし夕方になってジムと今度展開する予定のレストランの件で話し合っている時に、ちょうど奴から電話が来たんです」

リアムが豪華に並べられた料理に手を出し始めた。ベックはそんなリアムを見てからたばこを一服した。

「ジムと会っている時に?」

「はい。最近はお互い忙しくて会っていませんでしたし、その日はそれが最後の仕事だったので久しぶりに二人で飲む事になりました。ジムも誘ったんですが、まだ仕事が残っているといって打ち合わせが終わるとすぐに帰ってしまいました」

「それで、何が言いてーんだよ?」

興味ないという目でリアムが先を促した。

「私はジェシーと会う事をその後誰にも言っていません。要するにそのことを知っていたのは本人の私とジェシー、そしてジムだけのはずなんです」

「だからそれが何だってんだよ?」

さっぱり分からないというような顔をしてリアムは聞いた。ベックはリアムの視線を完全に無視した。

「ビッグ。どう思いますか?」

「ーーーまだなんとも言えないだろう。それとも何か確信できる証拠があるのか?」

無視されたリアムはふてくされたそぶりを見せ、また料理に手を伸ばした。

「まだ確証はありません。しかしわたしにはそうとしか思えません」

「決め付けるのは良くない」

首をゆっくり振ってから頭を回転させた。葉巻を口にした。煙を潤滑油にして機械の歯車が音をたてて廻り始めた。いい考えは浮かばなかった。蟹の殻を剥く事に集中しているリアムを見た。

「ジェシーの代わりに例のレストランの件はリアム、おまえに任せる。後の仕事は三人で分けろ」

「ほんとですか? わかりました」

リアムはスプーンを、音をたてて置くと、びっくりするような大声でいった。

「ビッグ。今は仕事の話をしているんじゃありません。考えを聞かせてください」

ベックは不満そうな顔をして改めて問いただしてきた。遅かれ早かれ何か対応しなくてはいけなかった。リナを失ってから腹は決まっていた。

「わかった。ジムに見張りを付けよう。ベック、おまえは週末にジムともう一度会うんだ。そこでおれがおまえに電話しよう。それでいいだろう」

「わかりました。それでいきましょう。ただ、ビッグが直接わたしに電話をかける必要はありません。リアム。週末の五時ごろ電話をかけてくれ」

ベックは訳の分からないような顔で二人の顔を交互に見ていたリアムに頼んだ。

「何の電話だ? ジムに見張りってなんでだ」

「何の話でもいいんだよ。レストランの件の途中経過でも報告してくれ」

「そういうことだリアム。これは重要な事なんだ。しっかり頼んだぞ。おまえには期待してるからな」

そういわれるとリアムは満面の笑みで頷いた。

「じゃあもう冷めてしまったが、飯を食え。ここの料理は冷めてもうまいからな」

それから仕事の話をしながら食事をした。リアムは、周りを気にせず大きな音をたてて蟹を食いはじめた。


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