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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第一章 ベームスター干拓地
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ベームスター干拓地フェアリーリング

 翌朝、サラ・ケイが旅人、すなわちフェアリーによって案内された場所の足元にはキノコが群生していた。小さなキノコがぐるりと生えていて、彼女を取り囲んでいた。それは満月の晩にフェアリーが踊った跡と伝えられるフェアリーリングである。フェアリーリングは妖精の国への入り口でもあるとも伝えられている場所である。その中にフェアリーとサラはすっぽり収まっていた。

「ここにはルールでございます。人間はここでは絶対に振り返ってはいけないでございます」

 フェアリーは、ただひとつのことだけであったが、絶対に守るようにサラに釘を刺した。

 作家ルイス・キャロルが『シルヴィとブルーノ』の中に書いた妖精を見つけるための条件は「第一に、とても暑い日でなくてはならない。それは文句なしと思ってくれなきゃね。そして、ほんのちょっと眠くなければいけない。でも、眼を開けていられないほど眠くては駄目だね。いいね。さて、暑い日。眠い日。それから君は、ちょっとばかり感じなければならない、あの妖気を。スコットランドではイーリーな気分と言う。そのほうが綺麗な言葉かなあ。そういうふうな気分が、ただよっていなければ駄目だ。それから、コオロギが鳴いていないことだ」とある。

 樫の木の日陰は薄暗い。朝なのに暗く、でも夜のような静寂ではなく光の気配が満ちている。朝と夜の間のような不思議な場所である。フェアリーはこのような天でも無く地でも無く、生でも無く死でも無く、朝でも無く夜でも無い、中間の位置を好む。

 今は比較的過ごしやすい朝であるが暑いのには変わりないし、起きたばかりで瞼が少し重いし、ここは何かが潜む余地がある場所なのは間違いない。

『暑い日であること』

『ほんのちょっと眠くあること』

『ちょっとばかり妖気を感じる、イーリーな雰囲気が漂っていること』

 まさしく、妖精を見つけるための条件がそろっていた。 フェアリーリングは次第に輝きを増し、あたりの景色が見えなくなった。すると身体が軽くなり、上下感覚が無くなった。まるで宙に浮いているような感覚であった。

 再び、足が地面に触れる感覚が戻ると、周囲に巨大な植物が林のように立ち並ぶ場所にいた。サラは気づいた。巨大な植物は、木々ではない。玄関周りや花壇にあるような普通の草植物である。自分がまるで虫のように小さくなってしまったような気分であった。

「ここにはですね、古い同族たちがいるのでございます。そいつらは四大精霊ということでございますが、最初に挨拶をしておくほうがよいでございます」

 四大精霊とは、地・水・風・火の四大元素の中に住まう目に見えない自然の生きものサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーミードであった。人間の世界では目に見えない住民であるが、まれに現れる魔法使いであれば、虹色に輝く体に見えるという存在である。基本的に人間と変わらない容姿を保っているが、感情が高ぶると容姿を変えることがあり、神話や伝説の中ではそちらの姿のほうが有名になってしまった。

 しかし、彼らには大きな問題を抱えていた。パラケルスス著の『妖精の書』によれば、「形は人間に似るが魂が無く、人間の愛を得てようやく人間と同じく不滅の魂を得ることができる」とある。現代では、資源と科学の世界になって久しく、人間は自然から生まれる不思議な生き物たちを愛することが無くなっていたのである。このため、生まれ変わったばかりの風の精霊シルフは愛を知ること無く、形は人間に似ているが、魂が未だ宿っていなかった。

 フェアリーとサラは、棒立ちする精霊シルフを訪れた。サラが挨拶しても、精霊シルフは人形のように何も反応しなかった。

「かわいそう」

 サラは精霊シルフをそっと抱き寄せ、慈しんだ。神にもっとも近い純粋無垢な少女であるサラの愛を受け、精霊シルフが応えた。

 精霊シルフが目覚めると世界は一変した。あらゆる風が祝福し、祝いの踊りを舞い始めた。その度に、初風、雪風、天津風、時津風、浦風、磯風、浜風、谷風、野分、嵐、萩風、舞風といろいろな風が吹き、あたり一帯は大変な状況になってしまった。それだけ、皆が嬉しかったに違いない。

「ありがとう。人間の子よ」

 精霊シルフはサラに向かって上品にお辞儀をした。

「よかった」

 サラも同じように、ぎこちない動作でお辞儀を返した。

「私とすべての風は、この恩を決して忘れません。この恩に報いるため、あなたさまかあなたさまの親しき人が本当に助けが必要になった時、1度だけですが必ずや応えます。約束を致しましょう。それは遠い遠い彼方の先であるけれども、遠くもない先に訪れることが、私にはわかります」

 精霊シルフの言葉は謎めいていたが、見返りなど最初から求めていなかったので、精霊シルフに魂が宿っただけでサラは嬉しくてたまらなかった。

 それからは、フェアリー、サラ、そして、精霊シルフが、おしゃべりがいつまでも続いた。お互いに知らないことばかりで、話題に尽きることが無かったために、止まらなくなってしまったのである。

 長いおしゃべりも、あったという間であり、楽しい時間が流れた。

 手をかざし頭上を仰ぎ見ると、元の世界の木漏れ日が力を増してきていることが感じられた。日が高くなる。眠気が覚めて来た。タイムリミットである。

「時間がきたようでございます。今日はここまでにしましょうでございますわ」

 サラはまだまだ遊びたかったが、お腹が空いてきた。フェアリーに誘導されるまま後ずさりして、フェアリーリングを出た。 見慣れた景観が戻り、風が樫の木の枝を揺らしているのが見えた。周囲は風によって擦れた葉の音で満ちていた。いつもの世界に戻っていた。

 サラは薄暗い樫の木の根元に座り込んだまま満面に笑みを浮かべていた。不思議な生き物、不思議な体験、今まで夢の中で見続けてきたもので溢れていた。サラは、この世界のとりこになった。

 フェアリーリングの中には、いろいろな不思議なことが星の数ほどあるみたいだった。明日は何を見つけよう? どんなお気に入りを見つけよう? サラはフェアリーリングが気に入ってしまった。

「また、明日」

 サラはフェアリーと別れ、家路に着いた。


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