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フェアリーリング  作者: 坂井美春
第一章 ベームスター干拓地
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ベームスター干拓地ケイ姉妹自宅

「カラスって鳥なのに、とても利口なのでしょう?」

 セリア・ケイは、相手の気持ちを察しながら尋ねた。

「利口なんてものじゃないわ。ずるがしこいのよ。罠をしかけても一匹もかからないわ。見張っていても隙を突いて荒らしまわる。油断も隙もあったものじゃないわ」

 隣人のドレーク夫人は、今まで40年の生活の中で、これほど感情的に苛立ったことはなかった。自分の果樹園がカラスの大群に襲われ、かつてないほどの被害を受けてからというもの、ドレーク夫人は神経質になりがちになっていた。

 しかし、それはケイとて同じである。隣の果樹園が襲われた今、自分の果樹園が襲われるのは時間の問題である。しかも、それは彼女と妹のサラの死活問題でもあった。彼女たちの唯一の収入源であり、両親が残してくれた果樹園を失っては、もはや、妹を養っていくことはできない。ケイは荒廃した果樹園を処分して街へ働きに出なければならないだろう。そうなれば、妹を施設に入れなければならなくなるかもしれない。世界経済が疲労する中の施設の生活がどんなものか想像がつくし、第一に妹と別れたくはなかった。

「嘆いてばかりいても仕方がないわ。とにかく、果樹園へ行ってみましょう」

 ケイは問題の鍵を見つけたかった。

 その時、妹のサラが家の中へ泣きながら飛び込んできた。そして、姉を見つけて胸の中へ飛び込んだかと思うと、さらに大声で泣きだした。

「どうしたの、サラ」

「怖い……、ひっく……、怖いよぉ」

「恐いだけじゃ、わからないわ。なにがあったの、サラ。話してごらんなさい」

 姉は、ハンカチで優しく妹の涙を拭ってあげたが、妹はただ泣くばかりである。

「ここは安全よ。恐いものなんて、姉さんがやっつけてあげる。お願いだから、落ち着いて」

 姉のセリアの慰めに、妹はやっとのことで落ち着きを取り戻しかけた。しゃっくりを繰り返しながらもあたりをうかがった。ドレーク夫人が興味深そうに、こちらを向いているのが見え、姉の顔が見えた。安全になったことを身体全体で感じると、なんとか話せるように気分が楽になった。

「森でお化けが出たの。だから、走って逃げてきたの」

「お化けが……」

「うん、とても恐かった……」

 セリア・ケイは妹のサラがカラスの群れを見たのだろうと思った。昨日に怖い話をして驚かすのではなかったと後悔した。まさかこんなに恐がるとは思っていなかったのである。

「でも、大丈夫よ。家の中まで入ってこないわ」

 セリア・ケイは妹についてあげたかったが、果樹園も心配であったし、ドレーク夫人をいつまでも待たせるわけにはいかなかった。

「あたしは、ドレーク夫人と果樹園へ行かなければならないの。サラもいっしょに来る?」

 セリア・ケイはしゃがんで、妹の両肩に手を置き、大丈夫かどうかもう一度確かめた。妹は、もちろん、姉といっしょならどこでも行きたかったが、邪魔になるだけなのを知っていたので残ることにした。妹はもう十分に落ち着いていたのである。

「留守番する」

 サラは問題ないことを両手でサムズアップによって示した。片手のときは問題がない、両手の時は問題ないから心配しないでという彼女の癖である。

「そう、一人でも大丈夫ね」セリア・ケイは扉から半分以上外に出ながら続けた。「できるだけ早く、帰ってくるわ」

 扉が閉まる音とともに、遠退いてゆく足音が聞こえ、サラ・ケイはひとりぼっちになった。

 昨日のように石段の上に腰掛けて、外の気持ちよい風にあたることにした。誰もいない家の中は、森のように薄暗くて気味が悪かったし、こうしていれば、また、昨日の旅人に会うことができるかもしれないと考えたからである。

「神様、もう二度とあんな恐ろしい目に会わないですみますように……」

 サラは祈りながらも、昨日の旅人が本当にいたに違いないと考えていた。

「ああ、もし昨日の旅人のことが夢でないなら、もう一度会えますように……」

 サラは身体を起こそうとした時、身体がなにかの小さな生き物に触れた。その感触は、とても小さく兎のように柔らかった。なにげなく、サラがそちらの方を向いた時には、既にそこにはなにもいなかった。

「こっちですよ」

 忘れもしない昨日の旅人の声であった。サラの顔に笑顔が戻り、慌てて声の方を振り返った。しかし、どこにも人の姿はなく、ただ、丁度目の高さくらいになにかが浮かんでいた。

 彼女はそっと手を伸ばしてそれを捕まえようとしたが、それはサッと飛びのいてサラの手から逃れた。

「びっくりさせないでくださいませ」

 その声にあわせて、それが大きくなったり小さくなったりした。伸縮することによって空気を震わせて、サラに話しかけているのである。彼女は本能的に直感したが、別に驚いたりはしなかった。このくらいの年齢の子は、すぐに現実に適応することができるからである。

 サラは目の前に浮かんでいるものが、なんであるか幼い知識と照らしあわせようと、じっと観察してみた。光の球とでもいうべき輝きが、なんの助けもなく一人で輝いている。しかも、光が弱いわけでもないのに、まぶしさは全く感じられなかった。

「あんたなの?」

「そのとうりでございます」

「名前はなんていうの? 呼ぶときに『あんた』は困るわ」

「名前は……、なくってよ。ずっとひとりでいましたから、困るっていうこともありませんでしたから……」

「では、リラがいいいわ」

「リラですの、よい響きですわね。あたくしはリラなんですね」

 名前をもらった旅人は、もうひとりではないという気持ちになれて、正直嬉しかった。

「あいかわらず言葉使いが変よ」

「皆さんが見ているテレビっていうものを見て覚えましたですから、普通も変も、よくわかりません」

 再び輝きが大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら、しゃべった。そして、いかにも自分がそうだと言わんばかりに跳ね回り、今までいた所と寸分違わない場所に静止した。サラは、この輝きの動きが面白くてしかたがなかった。

「お姉さんや牧師さんに話したのに、リラのことを信じてもらえなかったの」

「それはでございますわね、残念でございます」

「お姉さんに会ってよ。ねえ、そうしたら、みんなに信じてもらえるもん」

「申し訳ないのですけれども、それは駄目。いけないのでございます。どうか、お許しくださいませ」

「どうして?」

「人間があたくしの姿を見かけると、たいていの場合、驚き非常な大騒ぎをします。あたくしはそうなるのをできる限り避けたいと願っていますの。そのためにでございますわね、あたくしはあんたのような人を捜していたのですから」

「……?」

 サラは、まだよくわからないと説明を求めた。

「あたくしは正直で、心の清らかな人を捜していましたわ。それはでございますわね、簡単なことではありませんでしたわ。見掛けはでございますが、その資格を持っている人は多いのですけれども、たいていの人は本性を理性で抑えているだけなのでございます。さらにでございますわね、あたくしを受け入れることができなければいけないのでございます」

「それで、あたしを……」

 サラは誉められているような気がして悪い気はしなかったものの、姉のことを思い出し、自分と比較してみた。

「お姉さんの方が、その資格を持っているわ」

「セリア・ケイっていう人のことですわね。確かに純真な心を持っている人ではありますけれど、あたくしを受け入れてはもらえないでしょうでございますわ」

 伸縮しながら話しをしていた輝きは、その言葉を合図に一気に小さくなり、そして、回転するように外側の輝きが拡散していった。サラが見守る中で、光の中心にいるものの姿が、次第にはっきりしてきた。

 透き通るような翼が背中から突き出ており、長い衣を身体にまきつけていた。あざやかな黒い髪、そして細い手足、頭には花冠を載せている。小さな人間のような姿は、それはまさしく、絵本に出てくるフェアリーそのものであった。

 今度は伸縮したりせず、しっかりとした口で話しかけた。

「ですから、あたくしはそういう人の心の中で生きていくのでございます」

 サラは、次々と起こる不思議な事件にのまれがちであった。彼女は興奮に包まれたというよりは、なにかとても神秘的なものを見た後の畏敬な気持ちであったという方が遥かに近かった。

 サラは、この時、牧師の話を思い出した。神様は、正直で敬虔な人の心の中におられるということを……。そして、いつも見守ってくださるということを……、である。彼女には、神についての考えの下地ができていなかったので、それを今まで信じてきた。

 折しも、今、目の前にいるフェアリーは、正直な人を捜している。そして、その人の心の中で生きていくと言った。これは、まさしく牧師の話と同じではないだろうか? サラは、目の前にいるものが神様から遣わされた使徒に違いないと信じ込んでしまった。


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