第4話
「それではまた明日」と、沖波兄妹とすんなり別れ怒涛の1時間が幕を閉じる。勲は心が落ち着かないためまだ喫茶店に残っている。会計は巽が済ませた。「ここにきて一体何があったっけ?」忘れるにはまだ早いが回想を巡らせる。
「えっと、呼び出されてコスプレの写真見せられてパンツの写真見せられて、明日女の子の家に行くことになって…」
知らぬ人が聞けばハニートラップにしか聞こえないような事実がてんこ盛りである。しかし相手は友人の身内、妹ということで変なことにはならないだろうとそこは明確である。そもそもまだ先がある、それは明日になって判明する予定であり、そこ段階でお断りも十分可能。ただやはり同じ大学で最低4年は一緒にいる友人の妹の頼みをむげに断るわけにもいかない。7割方の方向性は決まっているようなものだった。
「まいっか、大学の妨げにならなきゃ」
こう見えても勲は日本の最高学府の学生。あまり勉学をおろそかにすると親に何を言われるかわからない。卒業まですんなりいかないと後が怖いことがわかっている。留年なんて言語道断、即強制送還である。
「…よし、帰ろう」
落ち着くだけ落ち着いて腰を上げる。会計が済んでいることを忘れレジに向かい「伝票がないっす」っと、わけのわからないことを言っている。そして店を出るなり「あの君!」と、諦めきれず後を追い、店の外で待ち構えていたスカウトから再度声を掛けられ、猛ダッシュで駅へと消えていった。
…翌日
「いいところ住んでるなぁ。家賃高そう」
自転車を押しながら立派なマンションを見上げている。佑奈の家は自身の下宿からさほど遠くはなかった。あまり土地勘が無い東京ではあるが、送ってもらっていた地図を頼りに進んで、自宅から自転車で十分行ける距離に佑奈の家はあった。 エントランスのインターホンを鳴らす。
「あの、町村ですけど。沖波さんのおたくですか?」
「はい、お待ちしていました。開けますので入ってください」
すぐに佑奈が出て、入り口自動ドアのロックが解除される。
「うちの田舎にゃこんなのないなぁ…」
過疎っている地方の田舎生活が長かった勲、東京で見る何もかもが珍しい。入り口をくぐりエレベーターに向かう。部屋のある階層まで運ばれてフロアの案内図を確認し、佑奈の部屋の前へと向かう。扉の前に到着すると個別のインターホンがあるのでそれを再度押して佑奈を呼び出す。出てくるまでの間自身の身なりを確認する。人生で初めて『一人暮らしの女の子の部屋』に入るのだ。緊張しない方がおかしい。昨日よりもさらに格好に気を遣っている勲。ちょいちょいと前髪をいじっている。
「お待たせしました。いらっしゃい、どうぞ入ってください」
「ど、どうも。お邪魔します」
声が明らかに緊張している。上擦ってしまいとても恥ずかしい。しかしそれを気付いているのか気付いていないのか、何変わらぬ顔でニコニコと勲を迎え入れる佑奈。靴を脱いで部屋へと上がる。この段階でもういい臭いがする。自分の部屋とは明らかに異なる空気。
「女の子部屋ってホントいい臭いするんだな」
「ん、なにか言いましたか?」
つい本音が口をついて出てしまう。さすがに気付く佑奈、勲に問いかける。
「いえ、なんでもないです。綺麗な部屋だなって!」
「そうでもないですよ。廊下だけは綺麗かもしれませんが、部屋はゴチャゴチャしてますよ」
「そ、そうですか…」
ギリセーフだったようだ。ごまかして変態のレッテルが貼られる難を逃れる。
「さ、こっちです」
佑奈に促され部屋の奥へと進む。半歩ほど下がってそれについていく勲。パッと見二部屋あるかという造り。廊下の途中にトイレやバスルームに続くと思われる扉のほかに、もう一つ存在していることを確認する。そしてそれを通り過ぎ正面のリビングと思われる部屋に通される。
「おぉ」
またつい声が出てしまう。思った通りのリビングダイニング、10畳以上あるだろうか。この部屋だけでもう勲が借りている部屋より大きい。
「じゃあ、そこのソファーに腰かけて待っててもらえますか」
「はい、じゃあ失礼して…」
白く綺麗でフカフカのソファーに腰を下ろす勲。一息ついて部屋の中を見回しながら大きく息を吸う。
「なんだろう、いい臭いのする魔法でもあるのかな…」
「ん?」
また同じことを繰り返している。
「いえ、なんでも! …ん、コレ」
誤魔化して目を逸らすと、自身が座っている横に何かある、見慣れぬものだ。佑奈の私物だろうか、踏んでしまってはと手に取る。
「佑奈さん、コレって…」
「ん、何ですか…あ!?」
「あ…って。んん?」
手にするそれの肌触りが妙にいい。スベスベとまるでシルクのような手触り。無意識に手に取ったそれを意識して確認する勲。
「ねぇ佑奈ー。これチャック壊れてない?」
佑奈ではない声が廊下の向こうから聞こえる。そして同時に開く扉。そこにいたのは上半身裸、下着一枚のみを身に付けて片手には何か衣装のようなものを携えている一人の女性がいた。一瞬自分の手に移しかけた視線を声の方へと向ける。そして入ってきた女性も部屋の中に佑奈以外の誰か、しかも男性がいることに気が付く。目が合う勲と女性、しばらくの沈黙、そして…
「…ちょ」
「お…」
「ま…」
三者三様の反応。声にならない叫びがこの後部屋の中にこだまする。勲の手には恐らくその女性のものと思われるブラが握りしめられていた。待ったなし。