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■プロローグ

「すいません、そこの君。ちょっといいかな?」

 一人の男が前を行く一人の青年と思われる人物に声をかける。

「ん? はい?」

 呼び止められ振り返る少年。上背はあまりなく160cm半ばといったところ、すらっと細身の体系。パッと見ただけでは一瞬少女に見間違えそうなほど端正な顔立ち。だが顔の造りの所々にしっかりとした男性の面影がある。格好は当然男性の服装。目立ち過ぎないが個性の出る着こなしで、見る者が見れば「これは」と唸る逸材と確信するであろう素材の持ち主。


 町村勲は大学生。

 

 この春、高校を卒業し都内の大学に出てきたばかりのお上りさん。高校時代から非常に女子に人気はあるものの、本人曰く「コレ」といった出会いがないため特定の彼女は作らずに現在に至る。大学でも勉学第一と、サークルには属しているものの、いたって真面目な生活を送っている。

「なんでしょう? スカウトとかならお断りなんですけど…」

「ああ、わかっちゃうか。実はこういう者で…」

 名刺を差し出す男性。

「…ファッション誌、ですよね? 興味ないです、ごめんなさい。それじゃあ」

 両手で丁重に名刺を返し軽く頭を下げその場を立ち去る。あっという間のお断りになすすべなくそのスカウトは立ち尽くし、勲の去るその背中を見送っている。ある程度の礼節はわきまえているがちょっとぶっきらぼうな気もする。しかしそれを瞬時にスカウトと見抜くだけの眼力が彼には備わっている。というよりは東京へ出て来て1か月、既に4回目のスカウト。イヤでもわかってしまう。

「いい加減にしてほしいなぁ、そういうの興味ないんだよ」

 本当に興味がないらしくぶつくさと文句を言っている。人前に出るなら目立ちたがり屋がやればいい、自分はそんなタイプではない。昔から自分をそう捉えて生きてきた。しかし世間が求めるものはいつの時代も変わらない。イケメンの需要は無くならないのだ。

 さらにいえばスカウトだけならいざ知らず、街に出れば逆ナンに会う日々が続いている。既に二桁超え。眉間にしわが寄ることもしばしば、ギャルばっかだし。そんなこともあり、今日は目深にキャスケットをかぶり、伊達メガネで顔を覆っている。競歩程度の速度で歩いていることもあってか、今日はまだそんな目には遭遇していない。

「ただでさえ電車遅れたのに、待ってるよなぁ」

 腕時計に目をやる。現在、新宿にてとある人物と待ち合わせ中。電車が遅れたらしく小走りで急ぐ勲。ジャケットのポケットの中でスマホが鳴動する。待ち合わせ相手からのメッセージだ。


『大丈夫か? 場所わかるか。これ店の地図な、わからなかったらこれ見て来い』


 ご丁寧に待ち合わせの場所の地図まで付いている。これならもうすぐ、確認して先を急ぐ。

 駅から歩いて10分弱、一本路地を入ったところにあるチェーンではない一軒の喫茶店に到着する。そこは人通りも少なく、新宿とは思えないほど静かな空間だった。

 扉を開くと「カラン」と古風なカウベルが鳴り店内への視界が開ける。見渡すと客は4~5人といったところ。白熱電球に照らされた薄暗い木造りの内装。かかっているのはFMラジオでも有線でもなくクラシックのレコード。

 ちょっと場違いの空間に足を踏み入れてしまったと感じる勲だが、待ち合わせの相手を探す。すると並ぶ植木の隙間、奥からこちらを見て手招きをする姿がある。

「こっちこっち」

 店内に響かないほどの声で勲を呼ぶ。その声に招かれるまま店内の奥へと進む。

「ごめん、お待たせ。電車遅れちゃってさ」

「いいよ、気にすんなって。こっちも急に呼び出しちまって悪かったな、休みなのに」

 ショルダーバッグを肩から降ろし隣の椅子に置く。目の前には勲よりも体格のいい、気さくそうな感じの男性が一人座っている。

「で、なんだった? 着いてから話すっていってたから、ちょっと気になって…」

「ん、まぁなんだ。俺からというよりは…」

「ん? 他に誰かいるの?」

「あぁ、いる。おい、こっちに来ていいぞ」

 振り返って声をかける。そこにはもう一人、勲に会うために来ている人物が座っていた。その人物は声を掛けられるとゆっくりと立ち上がり、こちらのテーブルへと向かってくる。そしてテーブル越し、勲の目の前の椅子へと腰かける。

「お前に紹介したかったのは、コイツだ」

「コイツ…」

 というのも、勲同様、キャスケットを目深にかぶっており、同じくメガネをかけて下をうつ向いている。こちらに来るさいチラッと顔は見えたが「多分女性」くらいでしか勲もわかっていない。店内なのに帽子をかぶったまま、少々不自然さを感じている。

「ほら、帽子取れよ。失礼だろ」

「う、うん」

 向かいの男性に促されてやっと声を発する。やはり女性であった。そして彼女が帽子に手を伸ばし脱ぎ捨てると、長い髪がするりと肩に落ちてくる。俯いていた顔がゆっくりと上がり、やっと勲と目が合う。

「は、初めまして…」

 目の前の女性と目が合った途端、勲は何か不思議な親近感を覚えた。そしてフッと風が吹いた、そんな気がした。店内の空調とかそういうものではなく、なにか人生の風向きが変わる気が。


 この出会いが勲の東京ライフを一変させることになる。

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