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魔王日記  作者: ゆーけ
2/2

子供といっしょ

 人とは、ある目標に向かうことで不特定多数の人数が団結できる生き物。その力はとても大きくて、とても怖い。達成することで心から喜び合うことができる生き物。

 では、目標がなくなればどうなるか?

 答えは簡単。新しい目標を作り上げればいい。

 

 例えば、国を豊かにするため。

 例えば、大切なもののため。

 例えば、自分のため。


 あとに残る小さな目標を達成すれば、人は快適な生活が約束される。



「どういうこと?」


「俺の存在はある意味、平和に使われているということだ」


 魔王が自室で本を読むのは珍しいことではないけれど、それが膝に子供を抱えて読み聞かせているとなればこれはいちだいじ。隠し子説が浮き出てくる。

 しかし魔王城の中にそんなうわさ話をする者は皆無であって、みんながみんなその理由を知っている。

 そう、これには昨日ぐらいにさかのぼらないといけない。


  *  *  *


 この日も魔王は有意義に過ごしていた。気まぐれで外出するのはご愛嬌。

 誰にも秘密で外に出たものだから、誰にも気づかれないように帰宅しないといけない。ちょうど見張りが抜けている時間と場所を狙って城内に忍び入ろうと企んでいたとき。

 ふと、なにかの鳴き声が聞こえた。最初は野良の動物かと思いスルーしようとしたところ、再度聞こえた声はなにやら鳴き声というより泣き声に近いことに気がついた。

 気になって声のするほうに行ってみれば、そこにはなんと。


「ひっく……えぐ……ここどこぉ……」


 泣いている、人型の子供が一人。魔物らしい部分もなくパッと見は人間の子。しかし人間界とこちらの世界は隔絶されているので人間の子供がいるはずがない。来られたとしても博識な大人ぐらいなものだ。こんな子供が一人で来られるわけがない。

 なら迷子かもしれない。親は今頃必死で探し回っているに違いない。

 屈んで、話しかけてみた。 


「少女、君はどこの出身かな?」


 下を向いて泣いていた子は、突然目の前に魔王が現れたことにびっくりする。


「おにいさん、だれ……」


「魔王。この近くにある城の(あるじ)だ。君は?」


 魔王と聞いてとぼけた顔をされた。まだ魔界に魔王の顔が知られていないところがあるのかと内心傷ついたご様子。


「魔王さんって言うの? 私は……アルベっていうの」

「アルベ。君はどこからここに来たのかな」

「わかんない」


 そりゃ分かるわけないでしょう。迷子なんだから。


「なら、どの方角から来たのかな」

「わかんない。目が覚めたら、ここにいたの」


 目が覚めたら? もしかしたらこの子、拉致でもされてここに置いて行かれたの?


「なんかね、家で本を開いたら目の前がパァーって明るくなって、まぶしくて目をとじたら眠っちゃって、気がついたらここにいたの」


 いまいち意味がわからない。


「本? なんの本を開いたんだ?」

「んっとね、へんな模様がたくさん書いてあった」


 その本はなにか特殊なものなのか、模様だらけの本とは珍しい。

 

「ということは、君は人間か」


 意外な質問をされたようで、状況が理解できない少女はこくんと頷いた。


  *  *  *


 この後、この子が安心できるようにに魔王城へ招き入れて暖かい歓迎を受けました。

 と、ここまでが少女がいる理由。昨晩は魔王と添い寝したそうです。


「おにいさん、もっと本よんでー」


 さっきまで開いていた本を読み終わり、めでたしめでたしと区切りよく終わらせるとアンコールを受けた。


「すまないが、まだ今日やる仕事が残っているんだ。城の中は自由に歩き回っていいから、適当に遊んでいてくれると助かる」


 少女を自分の膝から持ち上げて立たせて言い聞かせる。あとは自由に遊びまわってなさいって、そんな適当でいいんですか魔王さん。

 少女は「わかった!」と物分りの良い返事をしてくれた。こんな聞き分けの良い子はそんじゃそこらにはいませんよ。

 せっかくの城内駆けずり回り許可が出たということで、返事をした次の瞬間には部屋からダッシュで出て行ってしまった。その背中を見送った魔王はそのままデスクワークに勤しむのでありました。



「おや? ごきげんようお嬢さん。魔王様の部屋にいらっしゃったのでは?」


 長い長い廊下の壁にある装飾を眺めながら歩いていると、魔王の執事も向かい側から歩いていることに気づく。


「こんにちは。おにいさんがお城の中で自由に遊んできていいって」


「それはそれは。走って他の者とぶつからないようにお気をつけくださいませ。それでは」


 またカツカツと歩いていく執事を後ろからじぃっと見つめる。

 長身で口ひげを蓄えた、執事服のよく似合う白髪のかっこいいおじさん。声も低くて聞きやすい。こんな人がいるんだな、と少女ははにかむ。

 何度目かのカドを曲がると、大きな袋をたくさん持って、体に白い粉がいっぱいつけている、エプロン姿の青年と目が合った。

 少女がぺこりと頭を下げると、青年はニッと笑って「こんにちは!」と少し大きい声で挨拶をされた。

 好奇心と少しばかりの美味しそうなニオイにつられて静かに付いていくと、きれいな鍋やフライパン、鋭そうな包丁などなど、調理器具がたくさんある厨房にたどり着いた。

 この厨房は廊下の美しさとは違う、レンガでできた見るだけで暖かい構造になっていた。

 青年が大きな袋を下ろすと、粉が空を舞って視界が悪くなる。

 少女がその粉に反応してくしゃみをした。


「うわっ!?」


 びくりと肩が飛び上がって、きょろきょろ見渡してから自分の足元に女の子がいることに気づく青年。


「あれー、ついてきたの?」


 少女の目線に合わせるように屈むと、これまた白い粉だらけの顔が近くにやってきた。


「ここは、なんの部屋?」


「厨房、って聞いたことある? 料理を作ったりするところだよ」


「料理! でもわたしのうちのはこんなにおっきくなかった」


「うーん、人間の家にある厨房は見たことないけど、こんなに大きなところはそうそうないだろうなぁ」


「なんで?」


「この城、とても大きいでしょ? ここに住んでるやつはたくさんいるんだ。そのみんなの分のご飯を作るためには、大きな厨房が必要なんだ」


 青年の説明とはよそに周りを見渡す。どうやら興味は食材にあるようだ。


「晩御飯はみんなで食堂に集まって食べることなってるんだ。料理なら今日の晩に食べられるよ」


 食べることに、のあたりから目がきらきらと光りだしたところを見ると、どうやら食いしん坊さんのようだ。新しいお客にコックは嬉しそうだ。


「でも、そんなたくさん作るのに、おにいさん一人でやるの?」


「いいところに気づくね。料理番を任せられたのは僕だけ。だけどね、こんなことができるんだ」


 青年は両手を合わせて目を閉じる。なにかを小さくつぶやく。なにかの呪文のようだ。

 勢いよく手を広げると、目の前の青年が二人に増えた。


「すごい!」


「「作るときはもっとたくさんの僕を出して、みんなでやるんだ」」


 同じ姿の同じ声が同時に発せられる。これが厨房いっぱいに分身するとしたら、これは壮大な光景になるだろうなぁ。

 コックの青年と別れて厨房を出ると、さっき来た道など構わず適当に廊下を歩く。

 

 窓の外を見てみれば、遠くに山と青い空が見えた。どうやらここは二階のようだ。

 途中で見つけた階段を下りて、少し進むと草のにおいがする。魔王城の中庭に出たようだ。

 これが魔王と名のつく者が持っているものなのかと疑ってしまうほど、それはそれは美しい中庭が目に映る。色とりどりの花や、なにかの動物をかたどられた木もあり、長イスと整備された地面まである。ここまで整備するのは相当な苦労があったのだろうか。どうせ魔王様が自分で好きにやったんだろうけど。

 午後ということもあって、心地良いぐらいの気温で、思わず芝生の上に寝転がって午睡をとりたくなる。

 魔王の部屋を出たときとはまた違う気持ちよさを感じながら探検をしてみると、長イスに一人座っている女の人がいることに気づいた。

 どうやら、本を読んでいるようだ。


「あら、あなたは確か」


 邪魔をしてはいけないと思って素通りしようとしたところ、向こうから顔を上げてくれた。


「アルベっていいます。こんにちは」


 挨拶をするとこの人も笑顔で返してくれた。


「なんの本読んでるの?」


「これ? これは、魔王様が執筆なさった本」


 あの人本まで書いてるのか。何でもできるな。

 魔王が書いているということでさらに興味が沸いたようで、背表紙を見ながらたずねる。


「どんな本なの?」


「あなたが理解するにはまだ早い内容よ。もうちょっと大人になったらね」


 ぼかした言い方をされてさらに気になったけど、そこまで強く聞くまいと思ったのか女性の隣にちょこんと座った。

 横でじっと女性を見つめる。この中庭に凄く合っている風貌を持っている人だ。


「アルベちゃんは、なんで魔王様と一緒にいたの?」


「迷子だったところを助けてもらったのー」


「迷子? でもアルベちゃんって人間よね?」


「うん」


「なんで迷子になったの?」


「んとねー、へんな模様がいっぱい書いてある本を開いたら、ピカーって光って、まぶしくて目つぶったら寝ちゃってて、起きたら森にいたの」


 へんな模様が書いてある本、開いたら光った。はて、どんな本だろう。開いただけで人間界から魔界に移動できるとは摩訶不思議。


「お姉さん、腕に鳥の羽根がついてるよ」


 アルベが見る先は、女性の二の腕に付いてる羽。なんだか小さな翼みたいな形をしているけど、なんだかこれ腕と一体化してない?

 あぁこれ? と手を上げて二の腕を見せてくれた。


「私ね、ハーピーなのよ」


 見てて? と言ってベンチから立ち、前に数歩進む。

 腕が少し光ったと思ったら、羽がみるみる大きくなっていく。そのうち、腕より羽の方が大きくなって、ついには腕が見えなくなるぐらいの大きさになってしまった。

 ぶぁさっと羽ばたくと大きく風が舞った。


「どこへでも飛べちゃう頼もしい翼よ」


 自慢するハーピーとは逆にアルベは呆気にとられた顔をしてました。

 人間の女の子にはちょっと刺激的だったかしら、と心配してしまうぐらいの顔。しかし突然笑顔になって。


「すごい! かっこいい! お姉さんかっこいい!」


 ものすごい褒めはじめた。

 褒めに褒められまくって当のハーピーの顔がニマニマしてる。羽をもふもふされたら抱くように包んでなでまわしてる。

 天然の羽毛布団と太陽の気持ちよさに包まれたアルベは、意識が遠のいていき次第に――。



 次に目を開けた場所は、魔王の部屋でした。

 未だに机でカリカリ書いてる魔王の背中が視界に映った。まるで父親のような、頼もしい背中。

 あくびをしたら不意に声も一緒に出てしまった。それに気づいた魔王が、振り向く。


「起こしてしまったか」


「ううん、おはよー」


「もう夜だからこんばんは、だ」


 さてと、と言って椅子から立って背伸びをした。長時間は身体を動かしてないようで関節がけたたましく鳴るものだから折れたのかと思うぐらい良い音がした。


「起きたなら晩ご飯だ。丁度みんな食堂にいる頃だろう」


 アルベは晩ご飯! と目を輝かせ姿勢がまっすぐになった。本当に食いしん坊さん。

 魔王と仲良く手をつないで、食堂へ向かう。行くルートが違うよ? と聞いたらこの道が一番早く行けるそうな。昼間は適当に突き進んでたから変な遠回りをしちゃったのかも。

 夜の魔王城は、ところどころ松明に火が灯っているおかげで明るくて、昼間とは全く違う世界のようで、なんだか楽しかった。

 食堂はとても広く、城中の魔物が集まっています。この時間は城の警備をしている魔物も別の仕事をしている魔物も、みんな集まって食事をします。そういう決まりを魔王が作ったそうな。


「すまないみんな、待たせた」


 おぉー、魔王様待ちくたびれましたー、早く食事に致しましょう、といろんな声が飛び交う。

 食事に使う席は自由だけど、だいたいの魔物はお気に入りの席で食べる。それは魔王も例外ないようで、一番奥に座って、隣にアルベを座らせた。


「全員そろったか?」


 問題ありません、いえ気分が優れないようで来れないヤツがいます、と魔物の誰かが言った。それならば後に俺が持って行ってやろう、と魔王が気を使う。みんな仲が良い。

 一通り聞き終えれば、たくさんのコックが厨房から出てきて料理を人数分置いていく。


「コックさん! こんなに増えるんだ」


「うん。これぐらいいないと人手不足だからね」


 はい、君の分。と目の前に食事が置かれた。パスタに良く似ている。これ変な食材使われてるんじゃないの? という疑問はもちろんあるのだが、これは普通に人間でも普通に食べられる食材を使って料理されているのでご安心を。ちなみに食材選びはたまに魔王が人間界に行って買ってきます。


「では、頂きます」


 食事の音頭を魔王が取ると、一斉に「いただきます」の声が食堂に響く。

 たくさんの魔物、と言ってもほとんどは人の姿をしているのだが、見方によってはちょっとした宴会である。

 今晩の料理はカルボナーラ、のようなもの。フォークを使って食べるモノが居れば、そのまま手で食べるモノもいる。そういうモノは体の構造上フォークが持てなかったりするからだ。


「美味いか、アルベ」


「うん! とってもおいしいよ!」


「そうか。なら、食べ終わったらコックにそのことを伝えてやれ。あいつは自分の作った物が美味いと言われるのが世界一好きなんだ」


 うん! と良い返事。途端にガツガツと食べるものだから、もっとゆっくり、味わって食べなさいと注意された。だっておいしいんだもん! なんて反論されて、なんだか食堂の雰囲気が更に丸くなった気がした。

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