まずは普段の日常をご覧くださいませ。
時間も地理も、全てが普通とは違う隔絶された世界がある。そこには普通とは違う生き物が生き、生活している。
彼らは生きているのだから、必ず死は訪れる。しかし、彼らの死亡原因は寿命を全うするだけではなく、最も多い死に方は、他殺である。なぜ殺されるのかというと。
「人間に恐れられているからな」
そう、恐れられている。己の力ではどうにもできない対象は恐怖となり脅威となりうるので、「殺す」という行為をする。
しかし、殺される側にも意思がある訳で。
これは、殺される側である彼らの「王」の話である。
* * *
真っ青な空の下、とても大きなお城がひとつ。たいそうそれらしい創りをしており、一目でそれが誰の所持物なのかわかってしまう。
「別に俺が言って作らせた訳ではないぞ、これは先代の趣味だ」
さっきもそうだけど勝手に口出さないでくれると大変嬉しいんだけどさ。
もうめんどくさいや。これ魔王です。
「これとはなんだ、これとは」
「先程から、一体なにに喋りかけていらっしゃるのでしょうか」
「いや、なんでもない」
見るからに執事って感じの側近が紙を手渡す。勇者と戦うことだけが仕事って訳じゃなさそうだ。
「今月の請求書と、魔物の死亡件数でございます」
「…んー、着々と増えていってるな」
「左様でございますね」
魔物の死亡件数。どうでもいい気がするけど、そうでもない。これは魔王に挑んでくる勇者の力量を推定するのに大事な資料となる。死亡数が多いということは、それだけ勇者のレベルが上がるということになり、それなりに撃退するのに苦労することになる。異例もたまにある……らしい。
「全く、面倒くさい」
面倒くさいって、立場上しょうがないんだからそこは我慢してもらいたいところ。
さて、この魔王様。大変部下に慕われておりまして。まぁそこは王としてカリスマ性を持っているのがベストなんだけど。皆様のイメージにあるような魔王って、やっぱりゲームとかに出ててきたりするあの世にも恐ろしいやつを想像するんだろうけど、この魔王はそれとは似て非なるもので、そんな悪いわけじゃない。だけど世の偏見っていうのは厄介なもので、人間の王は魔王を抹殺するために毎度勇者をつくって送り込んでくるんです。迷惑極まりないことなんだけど、そこは役柄なので仕方のないことなんです。この魔王もそれはよく分かってるつもり。
細々とした事務的な仕事を終わらせると、次は中庭に入って花壇の手入れを始める。はたしてこれがあの恐怖の魔王がすることかと問いたい。
遥か空高くを鳥が飛んでいる。それをぼぅと眺めていると、その影がだんだんと大きくなってくるのが見える。はて、大きくなる?
大きな翼が草を撒き散らせて降りてきたところで、それが普通の鳥ではないことが分かった。一見すればただの人に見えるが、首元から左右に伸びる腕がなく、そこには鳥のような翼が腕の代わりにあるだけ。
「これは魔王様。本日も麗しいこと」
「世辞はいらんといつも言ってるだろう。今朝も務め御苦労」
「勿体なきお言葉。本日も異常はありませんでしたわ」
「そうか、ならばよし。十分に休んでくれ」
すれ違いざまに、その翼の女は紙を一枚手渡す。魔王城付近の様子が書いてあるらしく、地図の隣に文字が羅列している。
それを見て魔王はなにやら納得したように頷いて、そのまま城の中へと消えていった。って、語り手の私を置いていかないでー。
太陽が一番高い所に登るお昼頃。昼食を食べ終えた魔王は、街の中をぶらついていた。
街の中と言っても、人口が全て魔物で成り立っている街ではなく、人間が普通に生活している街。なんで魔王が真昼間から堂々と居られるのか甚だ疑問であるが、それは魔王の容姿を見ればよくわかることでして。
通常、魔物は人間とは遠くかけ離れた姿をしているものが多く、人型と呼ばれる類もいるが、それほどたくさん居る訳ではないのです。しかも人型の中でも、角があったり鋭い爪があったり、はたまた翼なんかが生えてる者が大半を占めていまして。到底普通の人間とは明らかに見た目が違うのですが、ほんの一部、ほんの一握りだけしかいない貴重な「完璧な人型」という者がいます。つまり、魔王はその部類に分けられている、ということです。
ちなみに人型に変身できる魔物はたくさんいます。人の形のほうが楽で良いやという魔物は結構いたり、いなかったり。
「解説ありがたい」
独り言もいいけど、人がいっぱいいるところで言うと危ない人になるよ。
突然、足になにかがぶつかった。服に顔が埋まって息苦しそうにフガフガ言ってる。
「少年、大丈夫か」
襟首をつまみ、持ち上げる。鼻が少し赤くなっている。
「いって…わりぃ、おっさん。前よく見てなかったわ」
「かまわないよ」
走り去っていく少年の後ろ姿を見ながら、何故か魔王はほくそ笑んだ。昔の自分でも思い出したのか。
自分もあんな元気でわんぱくな時代があったなぁ、とか思い返してるんだろう。そう、あの頃の魔王は本当に可愛い少年で、ただの子供なんだけどそれでも力はやっぱりというかあって、その中でもエターナルブリザードが――
「勝手な想像をしてくれるな。そんな技名は知らないぞ」
だからなんで聞こえるんですか。
* * *
人気のない河原で、さきほどの少年が懐から何かを取り出して、大きくほくそ笑んだ。
これでしばらくは飢えることはなくなった、さぁ何を買おう。
手に持つ袋、それは魔王が持っていたお金が入ってる財布。ずっしりと重い感触に、いくら入ってるのか確かめたくなり、勢いよく開ける。中に入っていたのは国の通貨が数十枚ある。
「少年一人が慎ましい生活をすれば半生暮らしていけるな」
「うわぁ!!」
声が聞こえて、初めて自分の後ろに人がいることに気づいて、おまけに尻もちをついた。
「お、おっさん、気づいてたのかよ……」
「自分では巧くやったつもりだろうが、俺には通じんよ」
「……チッ」
「全く、盗みの魔法を使う子供がいるとはな。今まで何回盗った?」
ムスッとした顔をして、答える気は全くなさそううだ。そりゃ他人に言う義理はない。
少年は憤るような顔をしているのだが、年端もいかないその面影にはかわいらしさしか見当たらない。仕方ないので、手に握っている財布をつまみあげ自分の懐に入れなおして、もう一度買い物を楽しもうと離れる。
「なぁおっさん、あんた何者?」
質問の声に一度立ち止り、振り返る。
「名乗るほどの者ではないよ」
またそんなご謙遜を。
「あと、俺はおっさんじゃない」
あら、意外とその部分気にしてたのか。でも年齢にしたらおっさんじゃ済まないよね。
布屋の前を通りかかると、髭面の男に止められる。話を聞けば、この布屋にあるものは昔からある由緒正しきものとか、今なら値引きしてお買い得だとかそんなこと。元より買う気のないものを勧められてもやはり意欲は湧かないので道を進む。店はまだまだたくさんある。
少しだけ日が傾いて、小腹がすき始めたころには、街も随分とにぎわいを見せ始めてきた。他国の料理を扱う飲食店や、珈琲と軽食が摂れる喫茶店などなど、たくさんの人が出入りし始めた。
中でも焼き立ての良い匂いを外まで醸し出しているパン屋を店の外から眺めながら、思い出したように懐に手を入れる。
ついでに別の袋にも手を突っ込む。
服の外からパンパンと叩く。動きが止まった。
……ははぁ、さっきの子供に合わせる顔がなくなったみたいです。
問題は盗られたのか、落としたのかですね。
難しい顔してアゴに手を添えて考えてたと思うと、今来た道を逆戻り。なにか思い当たる節でもあったのかな?
と思って着いていって足が止まったのはさっきの布屋。ここで落としたの?
店の前にはさっきと同じ男がいる。魔王のときと同じように道行く人を呼びとめては、胡散臭い話ばかりをしている。
そこで気がついたのは、つかまっている客の後ろで布を見ている男の様子。見るも美しく巻かれたものを手にとって見ている、ように見える。
その男に少しずつ近づいてゆく。
「すまないが、そこにあるものが見たいんだ」
言うと、男は布を棚に戻し髭面につかまっている客の方へよける。
男と同じように絹を手に取るが、同時に魔王はよく目を凝らさなければ見えないような速さで男の懐に手を入れた。
それで取り出したのは、財布。男のものではなく、魔王のもの。これで確信したようで、男同様、布を棚に戻すと同時に髭面の男につかまっている客の鞄に手を忍ばせる男の腕をつかんだ。
「な、なにするんだ!」
大げさに叫ぶ。大きな動揺が見て取れる。
「それはこちらの台詞だ盗人が。俺の財布どころか、そこの者のまで盗ろうとは」
道歩く人たちも足を止めて二人を見る。重なる注目に冷や汗をかきだす男。これはもう決定的だ。
騒ぎを聞きつけた国の兵士がやってきて、盗人を逮捕。聞けば最近、気づけば財布がなくなっている被害が多かったそうで。お手柄、お手柄。
夕焼け空になったころ、魔王は自分の椅子にどっしりと座っていた。
その隣で、じっと横顔を見つめる側近。
「魔王様、また勝手に城を出ましたね」
「出てない」
「嘘はいけません。ハーピー様からのご報告も届いております」
「……ぬぅ」
「勝手に外出されては困ります。もし魔王様がいらっしゃらないときに勇者御一行が訪ねてきたらどうするつもりですか」
「すまぬ」
「出かけるにしても、わたくしに一言声をかけてくれればよかったもの」
「……すまぬ」
「次からは心がけてくださいね」
「分かった、分かったから飯にしよう。心配させた詫びに一品、俺が作ろう」
料理が作れるなんて、なんと家庭的な魔王でしょうか。花壇といい人間への態度といい、本当に魔王っぽくない魔王ですね。
なんて言うと、怒られちゃうのでここまでにしておきましょうか。
厨房からただよういい匂いが魔王城を包み込むと、たくさんの「いただきます」が城から響きわたったったそうです。