異世界転移に遭いやすい気質
流行りに乗って突発的な一発ネタを書きたくなって書きました。
異世界転移や異世界転生って千年以上前からある古典だよなーと。
民俗学者の柳田國男は自身のことを「神隠しに遭いやすい気質」と語っていた。
神隠しとは人間がある日忽然と消え失せる現象及びその概念のことを指す。
日本では古来より、人が突然行方不明になったり何の前触れもなく失踪するのは神や鬼、天狗の仕業であり、現実世界とは異なる世界、あの世や彼岸、幽世、マヨヒガなどへとさらわれたり迷い込んだりしたのだと考えていた。
神隠しとは、昨今の流行りで言い換えると異世界転移のことなのだろう。
俺は、この「神隠しに遭いやすい気質」とは家系的なものか遺伝するのではないかと思っている。
というのも、俺の家族はしょっちゅう異世界転移しているからだ。
月曜の朝、朝食を摂ろうとリビングに入ると、父が新聞を広げてコーヒーを飲んでいた。
一般家庭のテンプレともいうべき風景だと我ながら思う。
「お早う、父さん」
「ん、お早う」
父は新聞から目をそらさず、声だけで返事をする。
「土日で帰ってこれたんだ?」
「仕事があるからな」
内容だけなら何気ない日常会話を交わす。
だが、父は土曜の朝から行方不明だった。
髭を剃りに洗面所に入って、パジャマ姿のまま忽然と消えたのだ。
それもいつものことだ。
なぜなら父は、世界を救う勇者だからだ。
召喚されたのか偶然かはともかく、父はこの土日に異世界転移し、どこぞの世界を救って帰ってきたのだと、俺は疑っていない。
父がいい歳して厨二病なのでも、俺が歳相応に厨二病なのでもない。
父は15歳の頃から平均して年に1~2回のペースで異世界転移し、勇者として多くの世界を救ってきた、らしい。
らしいというのは、転移した先で父が何をしているのか、現実世界にいる俺達には何も分からないからだ。
ただ、実際に目の前で光に包まれたり、魔法陣が浮かび上がったり、瞬きした瞬間に消える父を何度も見れば、何がしかの超常現象に巻き込まれていることぐらいは理解できる。
しかもその度に堅気ではありえない傷跡を身体に増やしてくるのだ。
刀傷、火傷、爪創、銃創、巨大生物の噛痕、よく分からない痕etc...
父と戦う相手は定番のドラゴンや魔王から破壊神に創造神、名状しがたきモノだったりと様々だ。
以前父に、一番強かったのはどんな奴かと聞いたことがある。
子供心に、正真正銘現役の勇者から「さいきょうのらすぼす」を聞きたかったのだ。
父は唇の片方を歪め、ただ一言
「人間」
と答えた。
実に厨二臭い答えだった。
狙って言っているのがバレバレでドン引きした。
あと、これまでいくつの世界を救ったのか聞いた時も
「お前は今までクリアしたゲームの本数をおぼえているのか?」
とドヤ顔で返してきたのでかなりイラっとした記憶がある。
訂正しよう。父は40を過ぎているがいまだに厨二病を患っている。
バンッと大きな音を立ててリビングのドアが開き、不機嫌を形にしたような顔の姉が入ってきた。
姉は朝の挨拶をすることもなく椅子に座る。
こういう時の姉は、下手に関わらない方が良いのは経験済みなので、俺も父もスルーすることにしている。
「ちょっと聞いてくれる!?」
どうやら絡まれるようだ。
「勝手に聖女として召喚して世界の命運押し付けたクセに、逆ハー狙ったら悪役令嬢にザマァされて強制送還ってありえなくない?」
姉は乙女ゲームの話をしているのではない。
なぜなら姉は、世界を救う聖女だからだ。
転移した異世界で聖女っぽい能力を発揮し、父ほどではないがいくつもの世界を救っているらしい。
昨夜も召喚されていたようだが、こちらの時間でほんの数時間だったため、家族の誰も気付いていなかった。
姉が初めて異世界転移したのは、姉が中学2年の時だった。
姉は聖女として祭り上げられ、世界を救う傍ら向こうの騎士サマと大層なラブロマンスを繰り広げたらしく、こちらに戻ってからしばらくは別離を悲しみ泣き続けていた。
しかしながら、そんな出会いと別れも何度となく繰り返せば慣れる。
じきに、姉は転移先のイケメンたちとひとときのアバンチュールを、それこそ乙女ゲームでもするかのように楽しむようになった。
こっちに戻ってくれば後腐れなど一切ないからだ。
ビッチな聖女もいたもんである。
調子に乗っていた姉は最近流行りの如く、見事にザマァされたようだ。
悪役令嬢とやらをギャイギャイ罵っているがどう見ても自業自得です。本当にありがとうございました。
「はい、パン焼けたわよ」
「センキュ、いただきます」
母がテーブルに朝食を並べる。
母は、転生者だ。
母の場合は複雑なので正確には少し違うかもしれないが、しっくりくる用語定義が無いので転生者(仮)としておく。
母は前世の記憶を持って生まれてきた。
しかも、前世の記憶は一つだけでなく、現在では前世の前世、前前前世、さらにその前と、複数の記憶を持っている。
何がきっかけかは分からないが、突如別の人生の記憶が蘇ることがあるらしい。
一夜の夢の中で、生まれてから寿命で死ぬまでを経験したこともあるそうだ。
ラノベ的に言えばそれは前世の記憶ではなく、アカシックレコードにアクセスしてるとか、並行世界の自分の記憶を受信したとか、別の人間の記憶が転送されているのではないかという考えを伝えてみると、母いわく、他人の記憶ではなくその延長線上に自分がいるのだと、感覚的に分かるそうだ。
過去や平行世界、異世界だけでなく、ヒト以外の生だったこともあるそうで、胡蝶の夢か邯鄲の枕か、母の総体感年数は一体何百年になるのだろうかと考えると、少し怖くなる。
「今のあなたたちと過ごす人生は今回が三度目よ」
と悪戯っぽく語った母の言葉は、いまだに冗談なのかどうか判別がつかない。
時間、事象の流れや因果律について考えたら眠れなくなりそうだ。
ちなみに父と母は曽々祖父まで遡れば血が繋がっているとのことで、やはり「神隠しに遭いやすい気質」というのは家系か遺伝ではないだろうか。
そして俺はというと…
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「タイタンフォール!!」
魔術師が高らかに唱え上げ、大空に魔法陣が展開される。
そこから、雲を突くほどの巨人が落下してきた。
目算でも数百mは下るまい。
隕石どころではない。山そのものが墜ちてきたようなものだ。
その質量でもって、巨人は魔物の群れを圧し潰した。
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椅子に座ってパンを食べていた俺は一瞬の浮遊感の後、尻もちを着いた。
ズボン越しにナニかを大量に押し潰した感触が気持ち悪い。
見回せばゴマ粒ほどの何かが歓声を挙げている。
またかと思うと同時に、一言文句を言うために口を開こうとしたところで、俺は我が家のリビングに戻っていた。
父は相変わらず新聞から目を離していない。
姉はスマホをいじりながら悪役令嬢を罵っている。
母だけが、俺がいなくなっていたことに気付いていたらしく
「お帰りなさい。あなたはいつも一瞬よね」
「まあね・・・」
俺は勇者でも聖女でもなく、某有名RPGよろしく召喚獣扱いでしょっちゅう異世界転移している。