序章 私の旅立ちと行方(6)
ひたすらに泣き喚いた私は力尽きて転がるしかなかった。
私の体は、
どうやら私の本体を封じた宝箱ごとゴーレム化されているようだ。
上質の陶器のような肌がそれをあらわしている。
流石は魔王のこしらえたゴーレムだけあって上質の業物といったところか。
髪と感じられたものは、
どうやら、
この世界特有の植物のようで、
私が一気に水分を放出したことにより、
あと一歩で枯れてしまいそうなほどしおれてしょげている。
まるで今おちにおちきった私の感情そのものを表現しているようだ。
「それで、出来ないというのはどういうことだ」
ようやく静まった私に魔王が再び話しかけてきた。
落ち着いた私の感情が再び揺れるのを感じた。
考えればまた感情を制御できずに次は枯れ果てるまで無意味にわめき散らしてしまうだろう。
私は私に落ち着くように言い聞かせるように、
ゆっくりと、
ゆっくりと魔王に話すことにした。
「私は創造主である女神によって作られた存在で、すべてはその運命に従うものである。運命とは種族を問わず選ばれた勇者に付き従い、その勇者の使命を全うさせることである」
語りながら、
再び視界が潤む。
感情を抑えようとするが、
そうすると余計に止まらない。
考えないように、
考えないように・・・状況を淡々と整理するのだ。
「だがしかし、勇者などここにはいない。それどころか宿敵である魔王がここにいるのだぞ。完全に運命というものが間違っているのではないか?なんともいい加減な女神ではないか」
「なにを!!女神様を愚弄するかおのれ!」
先ほどまで抑えていた感情がとたんに消えうせて、
変わりにマグマのようにふつふつと沸きあがる怒りが表出する。
萎れそうな頭の植物が、ピンっと張り詰める。
「落ち着け。お前に振り回されて、キュアが気の毒だ」
魔王の視点がぴんと張り詰めた私の髪、
もとい植物に向けられた。
キュアとよばれたその植物は張り詰めるのをやめて、
わさわさと私の顔を触り、
そのあと、
魔王へと手を伸ばすように葉を広げた。
その様子はまるで尻尾を振って飼い主に近寄っていく犬のようだ。
「いい子だ。水と魔力をやろう。お前の宿主が一気に流しだしてしまったからな」
魔王が取り出した器に入った水の中に葉を浸しキュアは喜びで緑色のやさしい光を放っている。
緑色の光は蛍の光のようにあたりを淡くやさしく照らし出す。
まがまがしいと思っていた魔族の世界にもこのようなやさしい光を放つ植物があるのだと私は思わず見とれた。
「キュアはもともと人間の世界にもいた植物だが、精気をすうだの魂を食らうだのといわれて、刈り取られ今ではこの国にのみ生息する。足があれば逃げられただろうが、それもないために住処を追われたのだ。お前には足も手も与えた。見るところによると、意思もある。これ以上に何を与えれば自由に考えて、動けるというのだ。お前は植物以下か」
「私には、運命を選ぶ権利はそもそもないのだ。勇者が現れるところに私が現れる。その勇者が使命を全うするか、命が尽きればまた次の勇者のものへと、夕暮れの使者のはからいにより運ばれる。つまりは、私の運命はここにあるはずなのだ」
「ふん、聖剣の癖に。魔王の側で囚われの姫気取りか。いずれ俺を殺しに来るかもしれない勇者をお前とともに待てというのか。どのような自殺志願者か」
私は、うぐぐと言葉に詰まった空気が漏れるような音を出すしかなかった。
まったく思ってそのとおりなのである。
勇者がどのような運命を携えているか私にはわからない。
ただ、
目の前にいるのが魔王である以上、
王道的には彼をうち滅ぼすことが使命となるだろう。
聖剣である私は折れることも、
砕けることも、
また存在が消えることもありえない。
それができるのは創造主たる女神のみなのである。