第四章 終劇
「……ひどい劇だ」
いろんな意味で客席がまだざわめいている中、魔王役の男が打って変わってげっそりとした表情でそんな事を呟いていた。それに対し、榊原はポンと肩に手を置く。
「ま、お疲れさん。さすがに今回は悪いから、またどこかでおごってやる。にしても、随分はまり役だったじゃないか」
「ふざけるな。もうこういうのは勘弁してくれ。結果的に殺人事件の犯人は逮捕できたが、私が魔王役と言うのは何かの冗談としか思えないぞ」
そう言うと、男は台本に最後に残った配役表の自身の欄を指さした。
『魔王:橋本隆一(警視庁刑事部捜査一課課長)』
その言葉に榊原は苦笑気味に答える。
「確かに、勇者が殺人犯で魔王が捜査一課長というのはな……随分ひねくれた話だ」
「俺はもう帰るぞ。元々時間がないのを無理やスケジュールを空けてきたんだ。それにたった今新しい仕事が増えたしな」
「そう言えばあの偽勇者は?」
「あのまま山賊三人組がパトカーで連行していった。あの偽勇者、徹底的にとっちめてやる!」
「程々にな。圷さんにもよろしく言っておいてくれ」
その言葉に送られて、橋本は帰っていった。と、榊原の後ろから制服に着替えた瑞穂が出てくる。
「いやぁ、びっくりしました。いきなり先生が舞台上であの人を追及するって言い始めたときは何がどうなったのかわかりませんでしたよ。でも、上田さんも頭を抱えていましたけど、勇者が殺人犯だって聞いて即決即断していましたね」
「圷さんから今舞台で主役をやっている役者の死体が見つかったという連絡を受けたときはさすがの私も驚いたがな。とはいえ、死体が発見された時点でどう見てもあいつが犯人としか思えなかったから、あのやり方で追い詰めるのが一番だと判断した。それにしても、どうりで劇が無茶苦茶になるわけだ。肝心の主役がずぶのど素人だったわけだからな」
「全くです! まぁ、先生のおかげで私もあの偽勇者と結婚するなんて言うへどの出るような結末を迎えずに済んだわけですけど」
「あぁ、確か元の台本ではそんな結末だったね。そう言えば、上田君は?」
「さっきから舞台裏で真っ赤になったり真っ青になったり喜んだり悲しんだりしています。この結末に自分でもどう反応したらいいのかわからないみたいです。劇そのものは無茶苦茶で確かに苦情も多いけど、意外に面白かったっていう人もいるみたいだし、今回の事件でこの劇団は間違いなく有名になるだろうけど、こんな内容で伝わってしまうという事自体が一種の恥だし、そもそも二度とこんな劇はできないだろうし……と、そんな色んな感情が渦巻いているみたいです」
「……さすがに今回、依頼料は受け取れないな」
と、奥から着替え終わった瑞穂の友人たちが出てきた。
「あ、瑞穂お疲れ。いやぁ、なかなか凄い劇だったねぇ」
「でも、あれでよかったんでしょうか?」
さつきと美穂がそれぞれ感想を漏らす。
「まぁ、私は特におかしな役じゃないからよかったけどさぁ。……瑞穂も仕事は選んだほうがいいよ?」
「う、うん」
由衣の忠告に瑞穂は素直に頷く。反論できないのが物悲しい。と、一人数が足りない事に気付いた。
「あれ、国松さんは?」
「自宅道場の稽古があるからって先に帰ったよ。『今日は何も考えずにひたすら竹刀を振りたい気分です』とか、珍しく愚痴っぽい事を言っていたけど」
「早っ! そしてごめんなさい!」
瑞穂が深々と頭を下げる。まぁ、確かに香みたいな性格の人間にこういう場は似合わないのかもしれない。
と、そこで榊原が全員に呼びかけた。
「じゃあ、私たちも上田君に挨拶した後で帰ろうか。これ以上いても邪魔になるだけだろうし」
「そうですね。できれば、今度こういう依頼を受ける時は殺人事件抜きでお願いしたいですね」
「……私はもう、演劇自体こりごりだ。成り行き城仕方がなかったとはいえ、あんな見世物みたいな犯人との対決はもう二度とまっぴらごめんだ。大体、私はあぁして目立つのが嫌いだ」
こうして、榊原としては珍しい「演劇プロデュース」の依頼は、本人及び依頼人としては非常に不本意な形ではあったものの、何とか一応幕を閉じたのであった。めでたし、めでたし……なのだろうか。
ちなみに、翌日の新聞……、
『警視庁は、昨日東京都杉並区で起こった劇団俳優殺害事件の容疑者としてホストの浜島響容疑者を逮捕したと発表しました。警察の発表によると、被害者の蟻谷和馬さんは被害者の浜島容疑者に多額の借金をしており、その金銭トラブルから浜島容疑者が衝動的に被害者を殺害したとされています。なお、浜島容疑者は容疑を認めているという事ですが、逮捕時の状況から全身筋肉痛になっているとの事で、取り調べが当面先になる事が想定されているとの事です。また、「ドラゴンが迫ってくる!」「山賊怖い!」「勇者なんか大っ嫌いだ!」などの意味不明な供述を繰り返している事から、弁護側は精神鑑定の要請を検討しており……(以下抜粋)』