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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
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第八話  開業

 特にやる事も無く暇になった璃采が、どこへ行こうか悩んでいるとクレアが提案した。

「せっかくだから冒険者ギルドへ行ってみないか?」

「僕、冒険者じゃないですよ?」

「誰でも入れるさ。依頼をするのは一般人だしな。ルネムの冒険者ギルドは一見の価値ありだぞ。それに何か調べ物があるみたいだが、そういった情報も冒険者ギルドなら結構あるぞ」

 成程、世界中で活躍している冒険者なら何か知っているかもしれないし、ギルドにも情報が上がっているかもしれないと璃采は思った。

「そうですね。行ってみましょう」

 

 冒険者ギルドは、クレアの家から大通りを挟んで反対側の道を進んだ所にあった。この辺りの区画は宿屋や料理屋や酒場が多いらしい。

 クレアが勧めるだけあって、冒険者ギルドは歴史を感じさせる荘厳な建物だった。石造りの建物はダイナミックな中にもどこか優雅さを感じさせた。

 入口の扉を入ると広いロビーがあった。天井が高い事も広く感じる理由であろう。正面の奥には銀行のように受付が十個並んでおり、左奥に二階へ上がる階段が伸びている。左側の壁には依頼が張り付けてある掲示板があり、右側の壁際に沿ってテーブルと椅子の組み合わせがいくつも置いてあった。


「おう、クレアじゃねーか。俺と組んでこの依頼やらねーか?」

「今はパス」

「そんじゃまたよろしく頼むわ」

 クレアはやはり有名人らしく、入ってすぐに次から次へと声をかけられていた。

 一流の冒険者であるクレアには羨望の眼差しが送られている。中には下品な眼差しも混ざっていたが。

 だが一つだけ他とは違う絡みつくような嫌な視線を璃采は感じた。周りを見回してみたがその視線は直ぐに消えて判らなかった。気のせいだろうと璃采は思った。


「どうする?リトが知りたい事あれば、アタシがギルド職員に聞いてくるが」

「では――」

「偶然だなクレア。こんなとこで会うなんてよ。ってあーここってクレアの地元だっけか」

 璃采が言いかけた所へ、横から割って男が声を掛けてきた。男は騎士が着るようなプレートアーマーのヘルムだけを着用し、体は胸当てだけというアンバランスな恰好をしている。

 顔が見えない怪しい男をクレアは眉を顰めて睨んだ。


「俺だよ俺。ビル」

 ビルと名乗った男は慌ててヘルムのバイザーを上げて顔を見せる。髪は隠れて見えないが深海のようにきれいなコバルトブルーの瞳の美男子だった。日に焼けた褐色の肌がワイルドさを醸し出している。

「ビルか。なんだそのカッコは?お前こそシュオリブ王国に居るなんて珍しいな」

「ちょっと訳ありでな。それより聞いたか?ラザンの事」

「ああ。惜しい人を亡くした」

「知ってるか?ラザンは依頼中に死んだんじゃないんだと」

「何!」

 クレアの顔色が変わった。険しい顔をして、怒りに声が震えるのを押さえられないといった様子でビルに詰め寄る。

「どういうことだ?」

 ビルはクレアの剣幕に少し怯んで言った。

「いやいやいや、俺も詳しくは知らないんだけどよ。依頼完了をギルドに報告した後、町の外で遺体で見つかったらしいぜ」

「魔物か?」

「人間だな。魔法の跡や切られた跡があったらしい」


 クレアは激しい怒りと悔しさで血が滲む程唇を噛み締めた。依頼中に死んだのならばまだ諦めもつく。本人が自分で選んだ仕事だからだ。事故で死のうが誰かに殺されようが自己責任と言える。だが依頼中で無いならば――

「調査は?」

「国でもやってるし、ギルドでも独自の調査をしてるが、まだ何もわからないらしい」

「そうか……」

 ラザンは誰かに恨まれるような人物では無いとクレアは信じている。だが犯人探しはクレアではどうしようもない事だ。犯人さえ見つかったら仇を討つ覚悟はあるが。


「あと、チェルド共和国、まあ俺のホームグラウンドだけどな。そっちで活躍してた冒険者も一人殺された。ラザンと関係あるかはわからないが。手口が違うらしいしな。クレアも気をつけた方がいい」

「わかった。心に留めて置く。ビルも気をつけろ」

「サンキュ。俺はもう暫らくルネムに居るつもりだ。じゃあまたな」

「ああ。またな」

 ビルはまたバイザーを下ろしてフルフェイスのような状態で去って行った。


「ああ、すまんなリト。ビルは昔馴染みでな。何度かパーティを組んだ事のある奴なんだ」

「いえ。それより今の話、クレアさん大丈夫ですか?」

 璃采はクレアの顔を覗き込む。

「大丈夫だ。アタシはこう見えて強いんだぞ」

 心配そうな璃采を逆に励ますようにクレアは無理やり笑った。


 翌朝、璃采は目覚めてから一階に降りて行くと、申し訳なさそうな顔をしたローノンとおろおろした様子のルビアがいた。外は何やら騒がしい。

「おはようございます。どうかしましたか?」

「おお、リトさん。あああどうしましょう」

「リトさん、すまん私の所為だ」

 璃采が一体何の事だと首を傾げると、ルビアが窓を指差したので、窓から外を覗いてみる。すると家の前に二十人位が集まって何やら騒いでいた。


「お願いします。うちの主人の魔塞病も治してください」

「俺のも診てください」

 俺も私もと嘆願するように皆口々に言っている。


「どうしてこんなことになったんですか?」

 事情を知っていそうなローノンに尋ねた。

「それが……昨日仕事に復帰したんだが……」

 ローノンが語り始めた。


 ローノンの仕事は代書人というものだった。日本で言うところの司法書士だ。会社や事務所があるわけでは無く、屋台を引いて広場や教会の前で仕事をする。文字を書けない人も多くいる為、公的な文書から個人的な手紙まで幅広く代筆する仕事だ。


 昨日教会前に屋台を引いて行くと何人もの顔見知りから声を掛けられたそうだ。「魔塞病で寝込んでると聞いたんだが……?」と。ローノンは誤魔化さずに正直に治った事を話した。人々は疑いながらも話の種にし、噂として広まった。そして今朝、噂を聞いた多数の人々が、たとえ胡散臭くとも藁にもすがる思いでやって来たという訳だった。


 こんな事態になるとは璃采も思っていなかった。しばらく王都に滞在したらロドルーブの家に帰るつもりだった。

 まだ噂はさほど広まってはいないだろうが、この先治療をして治った者が大勢出てくれば、王都中に広まるだろう。かといって治るかもしれないという僅かな希望を胸にやって来た人々を無碍にすることは、璃采には出来なかった。

 

 ここ王都ルネムの人口は約十万人だという。その中に魔塞病の人はいったい何人いるのだろうか。これから発症してしまう人もいるだろう。

 そして王都は広い。今までのように一軒一軒回っていたのではそれだけで時間がかかってしまう。この家に来てもらうのは迷惑が掛かる。

 一日に診れる人数もさほど多くは無い。

 全員治すにはどの位の期間がかかるのか。その間に死んでしまう人もいるだろう。

 治せる人と治せない人が出てくる。璃采は命の取捨選択をすることになるのである。

 問題は山積みであった。


「おはよう。ってどうなってんだ、こりゃ。」

 クレアも起きて来て、窓の外を見て驚いた顔をしている。

「対策を考えなければ……」

 璃采はレントが魔力を感じる事が出来ると言う事を思い出していた。


「ローノンさん、市場の端っこに露店を出すことはできるでしょうか?そこにテントを張り診療所を開きたいと思うのですが」

「わかりました。商人ギルドに場所を借りる申請をしておきます。テントも用意しておきましょう」

「ティティはぁ。んーとティティはベッド作るよー」

「ティティありがと」

「だってニンゲンをフコーにするのはティティなのー。魔塞病じゃないのー」

 ティティも手伝ってくれるらしい。

「あと、クレアさんにもお願いしたいのですが、レントのような魔力を感じられる者を集めていただけませんか?」

「わかった。冒険者ギルドで聞いてみる」

「私も知り合いに誰かいないか聞いてみるわ」

「魔力が感じられる人が必要ならぼくも手伝うよ!」

 いつの間にか起きて来ていたレントが言った。

「ありがとう。今日は何も準備出来ていないので、この家をお借りしたいのですがいいですか?」

「もちろんだとも。もとはと言えば私が迂闊なことを言ってしまったのが原因だしね。協力するよ。リトさんは命の恩人でもあるのだから」


 その日は一階のリビングにベッドを二つ移動することにした。

 ティティは張りきって魔法でリビングを片付け、あっという間にベッドを運んでしまった。

「へっへっへー。リビングにベッドがあるなんてフコーだねー。フコーだよー」

 してやったりという顔をして、相変わらず楽しそうに飛び回っている。


 玄関に並んでいた人を順番に通して二人をベッドに寝かす。

 一人は璃采が、もう一人はレントがマッサージをする。

 レントの方の患者を視て、オーラの変色個所を指示する。更に揉み方の指導をし、オーラの色を視ながら「強く」「弱く」「今の感じで」などと、力加減をアドバイスした。

 それだけであれば何もレントで無くても良いのだが、その際に変色個所の魔力が、普通の色の場所と何か違う感じはしないかと注意しながら触れるようにと指示を出した。


 魔塞病では本人には魔力が使えなくなるという事以外に体に変調はない。末期になると動けなくなり寝たきりになってしまうが、どこかが痛むということは無い。だから本人にも何処に魔力溜りがあるのか解らない。だが魔力溜りが出来ているならば、そこだけ魔力が濃くなっているのではないか。

 璃采はそう推測し試させたのだ。


「なんとなくだけど、兄ちゃんに言われた場所の魔力が濃く感じるよ」

 それを聞いた璃采の顔が輝いた。

 魔力溜りを感知出来るかどうかに懸かっていたからだ。璃采には魔力を感じるという感覚が解らなかったが、もし全体的に一個の魔力としてしか感じられないようなら璃采の考えた策は通じない。


 もしかしたら過去にも同様の推測をし、魔力感知出来る者に試させた者がいたかもしれない。しかし仮に感知出来たとしても、その後どうするのか。治癒魔法や回復魔法に思考が縛られているこの世界では難しい事だった。更に言うなら、もしも魔力溜りを摩ったり揉んだりした者がいたとしても、視えないのだから回復しているのか確認できない。

 その上ただ揉めば良いという訳では無く、絶妙な力加減が必要だ。それこそ璃采のように、実際に回復の過程を視ながらでないと効果を見極めることは不可能だった。

 

 璃采の指導の下に力加減を体で覚えさせる。後は魔力溜りを感知さえ出来れば、璃采がいなくとも施術が出来るようになる。

 一人ではどうにもならない人数を治療する為に、璃采は魔塞病の治療師を育てることにしたのである。

 これは璃采の視える力があって初めて成り立つものだった。

 レントは慣れない手つきながらもオーラの色を僅かに変え、確実に結果を出していた。


「今日は助かったよ、レント。ありがとう。君はまだ十歳なのにすごいね。仕事もちゃんと出来ていたよ」

「ほんと?僕、明日も手伝うよ!」

 レントは褒められて満面の笑顔を見せた。

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ。あとこれ、はい、今日のお給料」

 レントに今日の分の給料を渡すと面喰ったという顔をして、璃采を見てからローノンを見た。

「え?いいの?」

「もちろんだよ。働いてくれたんだから」

 璃采が答え、ローノンも頷いている。

「ありがとう。すごいや、僕初めてお金を稼いだよ!」

「お兄ちゃんすごいね!」

 レントは大喜びして貰ったお金を見つめ、ミリアはレントを尊敬の眼差しで見つめていた。

 

 璃采は、これから人を雇って診療所を開くつもりである。クレアは魔力を感じる事が出来て診療所で働いても良いという者を三人も見つけたという。慈善事業をするわけにはいかない。

 王都での治療料金はローノンとクレアに相談して決めていた。王都はトレガ村より物価が高いし、治療師達の給料も払わなければならない事を考慮して、トレガ村の食事一食分の六倍という高い設定だった。

 日本の感覚でいうとトレガ村では五百円だったものが王都では三千円といったところだ。それでも王都の一般人の月収から見ると、無理の無い価格設定だそうだ。一般人では出来ない欠損個所が元に戻るという高度な治癒魔法を受けるのに何百万と掛かるらしいが、それと比べるとこちらは最長でも十回も通えば命が助かるわけで、破格の安さと言えるかもしれない。

 払えないという者には回数制限のない分割払いで良いという事にもした。


 翌日から璃采は市場通りの端で診療所を開いた。二つのテントの中にティティが作ってくれた診療台が十台並んでいる。

 新たに加わった三人を入れて五人で診療を開始した。

 重傷者が荷車に乗せられて運ばれてきた。璃采はそういった重傷者や比較的症状が重い者を中心に診ながら、前日と同じようにレントや新たな三人に指示を出していく。

 四人には症状の軽い者を担当して貰っている。

 まだ次の魔塞病完治者が出ていないので、やってくる患者もさほど増えてはいなかった。その為指導も前日より丁寧にすることが出来た。

 

 その日の診療を終えた後、璃采は講座を開いた。本当は始める前にやるべき事だったが、何しろ突然の事でてんやわんやしていた為そんな暇が無かったのだ。

 璃采は、自分にはオーラが視える事、魔塞病が治る仕組み、マッサージのやり方、注意点など基本的な事を教えた後、レントと三人に順番にマッサージをした。自身で体験する事により、早く感覚を掴んで貰おうという事だった。

「こんなに気持ち良いものだったんだな」

「これなら魔塞病で無くてもやって貰いたいかも」

「疲れが取れた気がします」

「兄ちゃんすごいね。俺ももっと頑張るよ!」

 今日一日璃采に言われるまま、本人達も良く分からずに行っていたマッサージだったが、璃采に施して貰った後は感動していた。

 

 その夜璃采はロドルーブに手紙を書いた。まだ字は書けないのでローノンに代筆して貰った。王都での生活、まだ帰れない事などを綴る。

 この世界にも郵便制度があるが、人が運ぶので時間が掛かる。この手紙が届く頃には璃采も帰れるようになっていれば良いのだがと思いながら書いた。

 

 翌日の診療では四人とも手付きが良くなっていた。

「すみません。こちらで魔力を感じられる人を募集してると聞いたんですが」

 一人の若い女性が話しかけてきた。

「あ、はいそうです」

 璃采はマッサージを続けながら答える。

「まだ、魔塞病が治るだなんて信じられないんですけど、でももし本当に治るなら治し方を覚えたいなあって思って。お給料も貰えるみたいだし働かせて貰えませんか?」

「もちろんです。人出はいくらあっても足りない位ですよ」

 璃采は快く受け入れ、診療後に昨日と同じく講義とマッサージを施した。

 

 更に三日も過ぎると、毎日通ってきた軽症の患者の中には完治する者が何人か出て来た。

 そしてオーラの魔法使いの噂は拡大していったのだった。

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