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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
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第三話  新天地

 ロドルーブの話を黙って聞いていた璃采だったが、にわかには信じられなかった。


 異世界召喚という言葉は聞いたことがある。

 中学まではテレビなど見られなかったし、友達と遊ぶこともなかった璃采の娯楽と呼べるものは、学校の図書館だった。無料で本を読み放題のその場所に入り浸っていた。

 学校の図書館にはラノベも置いてあったのでよく読んでいた。

 ラノベには異世界召喚の話もあったが、あくまで小説の中の話である。


 だが、こんな老人が異世界召喚などという嘘をつくだろうか。

 そんな嘘を付くメリットはあるのだろうか。

――いや待てよ

 誰かと間違えて誘拐してしまった。誘拐といえば犯罪になってしまう。だから、これは誘拐じゃなくて異世界召喚だ。

――いやいやいや、そこに異世界を付ける意味がない

 目の前の老人は日本人には見えない。髪や顎鬚は白く染まっているが、目の色が深い緑色だった。それに空中に浮いて周りを照らしている光の球は日本では見たことがない。

 頭の中は混乱してぐちゃぐちゃだった。


「それで、僕は家に帰れるのですか」

 異世界召喚など信じられないが帰れるならそれでよい。

 ロドルーブは顔を曇らせた。

「すまぬ。帰す方法は不明なのじゃ。ヌレドマ様の手紙にはなかったのじゃ。じゃが異世界召喚方法があるのじゃから、帰す方法もあるのやもしれぬ」


 ロドルーブの魔力で視ても璃采の生命エネルギーは並だった。髪は短いが一見少女のようにも見える顔立ち。身体も線が細くて力もなさそうだ。選定した者の代わりに世界を救うことなどできるはずがない。

 魔力に於いては全く感じない。これならこの世界の英雄と呼ばれる者や大魔法使いと呼ばれる者の方がまだ可能性がある。


 ロドルーブは頭を下げて言った。

「リトよ、本当にすまぬことをした。手違いでそなたを召喚してしまった上、帰すこともできぬ。わしはもう長くはないが、その間精一杯帰す方法を探す。本当に申し訳ない」

 璃采は驚くと同時に戸惑った。

 大人が璃采に頭を下げている。そんなことは今までなかった。

 悪いことをしたら謝るのは当然のことではあるのだが、璃采にはなかった。怪我をさせられたとしても、子どもはもちろん大人も璃采の方が悪いという目で見てきて終わりだ。


 璃采はロドルーブに同情のような気持ちを抱いた。

 璃采が間違って召喚されてしまった挙句、弟子たちが皆死んでしまった。

 ロドルーブも余命1ヶ月になってしまった。

 璃采にはなんの力もない。世界も終わってしまう。本当に犬死ではないか。

 それは決して璃采のせいでは無いのだが、何とも言えない気持ちになった。


 璃采にとって「帰る」ことはさほど重要ではない。

 誘拐かもしれない危険な場所から「帰る」ことには拘ったが、どうやら誘拐ではないらしい。

 今までだっていろいろな場所を点々としてきたし、今の家に待つ者もいない。

 どうしてもあの場所に帰りたいと思えるものも、会いたい人もいない。

 ここがどこだかわからないが、ここで生きて行ったっていい。

「頭を上げてください、ロドルーブさん。帰る方法を探さなくてもいいです。僕はここで生きていきます」

 あと1ヶ月の命などと余命宣告されているロドルーブの大切な残り時間を、璃采の帰る方法を探すことになど使って欲しくなかった。

「ロドルーブさんは、のこ…いや心穏やかにお過ごしください」

「じゃがそれでは…わしは…このような事態を引き起こして、リトにも皆にも申し訳が立たない…」

 今日のことを忘れて楽しく過ごすなんてことは、少なくともロドルーブには無理だろう。

 何も要求しなければ、罪悪感でいっぱいのロドルーブは、生きることを諦めてしまうかもしれない。

「ではこうしましょう。僕がこの世界で生きていけるように、僕にこの世界のことを教えてください」

「もちろんじゃ。こちら側に連れてきてしまった責任がある。わしがわかることならばなんでも教えよう」


「では早速、質問しても良いですか」

「なんじゃ」

「僕はここに来てからずっと日本語、つまり母国語を話しているのですが、ロドルーブさんは日本語を御存じなのですか」

「いや、知らぬ。わしもずっとこの国の言葉を使っておる。おそらくじゃが、召喚石の力ではないかのう」

 召喚石はこの世界と異世界とを繋げる。意識も繋げるようだった。召喚石は砕けてしまったが、召喚石を使って召喚された為その機能は生きていて、自動的に翻訳されて相手に伝わっているとの推論だった。

「この世界には魔法があるのですか?この浮かんでいる球が魔法なのですか?」

「そうじゃ。この世界は魔力で満ちておる。植物も動物も人間も魔獣も全てのものの中に魔力は存在する」

 どうやら空気の中、いやこの世界の全てに魔力はあるらしい。酸素のようなものなのか、はたまた電子や光子のようなものなのか謎である。生物は呼吸や食物摂取により体内にも循環している。

「わしは魔力を見ることはできないが感じることはできる。じゃが、そなたには全くと言って魔力を感じないのじゃが」

「僕の世界には魔力は存在しません。この世界の空気を吸い込んでも取り込む機能がないのかもしれませんね」

「ふむ、見た目は同じ人間でも似て非なる者ということかの」

「では、僕は魔法を使えるようにはならないということですか?」

「そういうことになるじゃろうのう。魔法道具というものもあるが、あれも起動には僅かでも魔力を要するしのう」

 ロドルーブは不憫だという面持ちで璃采を見つめた。


 この世界は魔力があるせいで生活の隅々まで魔力が必要とされている。日本で言う所の電化製品のようなものなのだろう。だが、一人暮らしをするまで電化製品にもあまり縁のなかった璃采は、衣食住があればなんとかなるのではと楽観的に考えていた。


「――わしはこれから皆を埋葬する」

 ロドルーブは静かに言った。

「僕も手伝います」

 石の部屋は地下だった。外へ出る階段を上ると、太陽が西に傾いて斜めから包み込むように大地を照らしていた。午後五時くらいといったところか。

 連れてこられた時間が午後六時過ぎだとして、普通に考えれば1日近く経ったということになるが、璃采はそんなに気絶していた気がしない。時間も空間も越えてきたということなのだろう。

 そして目の前に広がる風景が、とても日本とは思えなかった。

 日本のジメッとした感じもなければ暑くもない。温かい日差しの中さわやかな風が吹き抜けていった。小高い丘の上のその場所から璃采の目に映ったものは、緑の大地が波のようにうねって遠くまで広がり、途中に大きな森が迫り出していて、まさにファンタジーといった幻想的な風景だった。



 ロドルーブは驚きと楽しみで満ちていた。

 璃采がここへ来て五日が経った。

 毎日この世界について教えていた。

 ロドルーブは大賢者と呼ばれるようになって何人か弟子を育ててきたが、璃采ほど飲み込みの早い者はいなかった。

 璃采は魔法こそ使えないが、知識をどんどん吸収していく。

 教えるのが楽しくてしょうがなかった。

 そして毎夜璃采がマッサージをしてくれる。

 マッサージというものはこの世界には無かった。

 そのため最初は身体を触られるのに抵抗があったが、マッサージをしてもらった後の身体の軽さといったら今までに経験したことのないものだった。

 十歳は若返ったのではないかと思うほどだった。

 この世界には魔法がある。

 疲れた時は、治癒魔法や回復魔法で疲れをとるが、それとは一線を画すものだった。


「先生、最近顔色が良くなってよかったです」

 この世界について教えてくれる師ということで、璃采はロドルーブを先生と呼ぶようになっていた。

「リトのおかげじゃ。あとわずかの命とは思えぬ。まだまだ生きれそうな気がするぞ」

 そう言って笑うロドルーブを璃采は嬉しそうに見つめていた。


 璃采はここへ来て毎日が充実していた。

 こんなに満たされた気分になったのは、まだ両親が生きていた時以来だった。

 朝は早く起きて朝食を作る。これは璃采から言い出したことだ。一人暮らしをしてからはずっと自炊していたので苦にならない。むしろメニューを考えるのが楽しかった。

 同じことでもそう思えるのは、ロドルーブが璃采を受け入れていたからだろう。

 ロドルーブは璃采を空気のように扱ったりはしない。

 孫のように面倒を見てくれかわいがってくれた。

 

 朝食を終えると午前中はこの世界についての講義を受ける。

 そして昼食後は自由に過ごす。といってもロドルーブの手伝いがほとんどだった。もはや図書館とも呼べる広さの書斎にものすごい量の本やら史料やらが散らばっている。これを内容から分けて整理整頓する手伝いだ。整理するのに何十年、いや何百年かかるのではないだろうかという位の量である。ロドルーブが今まで好き勝手に集めて放置した結果らしい。

 整理整頓の手伝いをしながらこの世界の話を聞く。午前中の講義とは違って、いろんな英雄の物語や神話といった娯楽性のある面白い話だった。他人とこんなに会話をしたのは両親が生きていたころ以来だろう。


 今日もたくさんある史料の整理を手伝おうと、昼食の片づけを終えてロドルーブの書斎に向かおうという時、玄関に元気な声が響いた。

「こんにちはー」

 玄関に向かうと人の良さそうな青年が立っていた。背は百七十センチの璃采より少し高く、短く切りそろえられたベージュ色の髪と茶色の目をした青年だった。

「はーい。えーと…」

 青年は璃采の顔を見て微笑んで、気さくに言った。

「見ない顔だね。大賢者様の新しいお弟子さんかな?」

「……はい、その…」

 対人スキルが高くない璃采はしどろもどろになってしまう。

「俺はニークってんだ。この近くのトレガ村で雑貨屋をやってる」

「僕はリト…です。最近先生の所でお世話になっています」

「へえ、その服珍しいな。国はどこなんだ?」

「えっと…ここからはだいぶ遠いところです」

 日本と言いたいところだが、ロドルーブから異世界から来た事は秘密にするように言われていた。世界の終わりというものが人災ならば璃采の命が危ないと心配してのことだった。

 ただ異世界から来たと言っても、異世界召喚など存在しないと思われているこの世界では、信じる者はいない上くだらない冗談にとられるだけだが、未知の脅威である限り念には念をということらしい。

 ぐいぐい話しかけてくるニークに戸惑いながらも悪い気はしなかった。

 そうしている内にロドルーブがやって来た。

「ニーク、よく来てくれたな」

「大賢者様も益々お元気そうでなによりだ」

「そう見えるかの」

 思わせぶりな事を言ったロドルーブにニークは、ん?と首を傾げたがすぐに笑顔で言った。

「あとまだ五百年は生きそうな良い顔色してて何言ってるんですか」

 ロドルーブはそれには答えず、微笑みながら言った。

「リトよ。ニークは十日に一度食料や雑貨を届けてくれておるのじゃ。おかげで助かっておる」

「大賢者様の為なら当たり前のことだ。金払いもいいしな」

 ニークはちょっと悪そうな顔を作っているつもりになって悪戯っぽく笑う。 

 この世界に来てロドルーブとしか接していなかった璃采は知らなかったのだが、ロドルーブはこの世界に新たな発見と知識をもたらした大賢者と呼ばれるに相応しい人物だとニークから聞いた。

 王族や貴族といった高い身分は無いが、英雄と並び国民から尊敬される偉大な人物とのことだった。

「ニークよ。見ての通りこの家にはリトが増えたのでな。これからは食料を多めに頼む。あと次に来た時でよいのでリトの服もお願いしたいのじゃ」

「お安いご用さ。見た所ずいぶん華奢だな。まだ成長途中か。世の中何があるかわかんねんだから、よく食ってよく寝て大きくなれよ」

 そう言ってニークは璃采の肩をバシッと軽く叩きハハハと笑った。


 三時位になると休憩時間をもらう。ロドルーブは調査の為方々に手紙を書いているようなので、璃采は邪魔をしないように家の中を掃除したり、近所の散策に出かけたりして過ごす。


 夕飯も璃采が作る。

 ガスコンロも電子レンジもないので、かまどで料理をする。璃采は火の魔法が使えないので火打石を使って火をおこす。

 本当はロドルーブが魔法で作った方が速い。魔法といってもいきなり料理が目の前に現れたりはしない。手順は普通に料理するのと同じだが、魔法を使えば下ごしらえにしろなんにしろ速く済む。しかし魔法無しで生きていかなければならない璃采にとって全てはトレーニングだった。

「じゃあ今日はお肉がたくさん入ったのでトンカツにしましょう」

 この世界の料理は煮るか焼くしかないそうだ。炒めるや揚げるという調理法は無かった。華奢ではあったが璃采も育ち盛りの高校生。揚げ物が欲しくなる。

「先生このパンを魔法で凍らせてもらえませんか?」

「なんと、パンを凍らせて食べるのか?異世界のトンカツというのは不思議なのじゃな」

 よくわからないといった顔をしながらもロドルーブはパンを凍らせてくれた。

 凍ったパンを璃采は卸し鉄でガリガリと削っていく。生パン粉が出来上がった。

 ちょうどいい大きさに切った肉に塩胡椒をふり、小麦粉をつけ、卵にくぐらせパン粉をまぶす。そしてたっぷりの油で最初は低温で揚げたら一度油を切って、少し温度を上げた油で二度上げする。


「先生、夕飯の支度が出来ました」

 食卓にはメインのトンカツ、キャベツの千切り、スープ、野菜の浅漬けが並んでいた。本当はご飯が欲しかったが米がないのでパンだった。塩胡椒はあるが味噌や醤油はないので、みそ汁の代わりに野菜たっぷりのポトフのようなスープにした。

「これがトンカツか。外はサクサク、中は柔らかくてとても美味いのう。パンを凍らせた時は内心食べられるのかとひやひやしていたのじゃが。五百年も生きているのに初めての味じゃ。本当に美味いのう」

 老人に揚げ物はどうかと思ったが、ロドルーブは美味しそうに食べてくれた。そんなロドルーブを璃采は幸せそうな顔で見つめた。

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