第二話 予言
石で囲まれた部屋は薄暗く、しばらくするとひんやりとした心地よさも消え、肌寒ささえ感じていた。
後方の机の上で蝋燭の炎が小さく揺らめいている。もうすぐ燃え尽きる。そう思った矢先にふっと暗くなった。
「これはすまんすまん」
そう言って老人はパチンと指を鳴らすと、電球くらいの大きさの光の球が空中に出現し、蝋燭の炎よりも明るく辺りを照らした。
老人自身も一瞬驚いた顔をし、少し考えた素振りを見せた後、納得したような顔になった。
璃采には何が起こったのかわからなかった。
明るくなって老人の顔が良く見えるようになった。柔和なまなざしで璃采を見ている老人には、全て白くなった立派な顎鬚があった。
兎に角話を聞くしかなかった。
「まずは名乗らねばならんの。わしはロドルーブという者じゃ。そなた、名は何という?」
「僕はリトです」
「リトか。そなたにはすまないことをした」
悲しそうにそう言うと、老人は今の状況に至るまでを話し始めた。
麗らかな日の午後、ロドルーブは書斎で史料の整理をしていた。
五百年分はあろうかという史料だ。全く終わる気がしない。
はぁーと長い溜息をついて、
「五百年分の史料ならば、もう五百年あれば片付くじゃろ」
などと言いながら史料とにらめっこしていた時だった。
廊下から足早に歩く音が聞こえ、ロドルーブの部屋の前で止まった。
「大賢者様。よろしいでしょうか」
「トゥルーデルか。何事じゃ?入るがよい」
ドアを開けて黒いローブを着た二十代後半位の男が入ってきた。
「大預言者ヌレドマ様がお亡くなりになられたとの報告を受け、お知らせに参りました」
「そうか…ヌレドマ様が…御年七百二十六歳じゃったかの」
ヌレドマは大昔よりこの国で予言をしてきた。その的中率は百パーセントである。右に並ぶ者はいない大預言者だった。
ヌレドマが床に伏せっているとは聞いてはいたが、さすがにロドルーブも悲嘆にくれた。
「はい。私はお亡くなりになる三日前にお見舞いに伺ったのですが、これは大賢者様にと生前のヌレドマ様からお預かりしていたものです」
トゥルーデルが差し出した物は手紙と水晶玉だった。
その手紙に目を通したロドルーブの顔が驚愕の表情に変わった。
手紙に書かれていた内容はこうだった。
最後の予言を授かった。
このままでは近い将来この世界は終わる。それを防ぐために異世界より異世界人を召喚せよ。召喚に必要なものは十二人の魔法使いと召喚石である。自分で儀式を行いたかったが、体を壊してしまい床に伏せってしまった状態ではそれも出来ない。
後のことはロドルーブに任せる。
召喚石と呼ばれる水晶玉はヌレドマの一族が代々受け継いで来た家宝のようなものらしい。
召喚方法も手紙に書かれていた。
「さすがの大預言者様でもこれは当たらないのではないでしょうか」
トゥルーデルは思わず思ったことを口走ってしまって、しまったという顔をした。
だが、ロドルーブも咎めることはなかった。
というのも、予言の内容があまりに突拍子もないものだったからだ。
第一に、異世界召喚など聞いたことがない。
ロドルーブはもう五百年以上生きている。大賢者と呼ばれるだけあって、この国の歴史はもちろん、世界中の歴史さえ調べていた。魔法学にも詳しい。
しかし、異世界から召喚しただのという話は聞いたことはなかったし、そんな魔法も存在しないはずだった。
この世界には時間や空間を操る魔法は存在しない。
召喚魔法は存在するが、召喚できるのは魔法生物だけである。魔法生物とは魔力だけで構成された、生命力を有する肉体を持たない生物である。人間や魔獣のように生命力を有する肉体を持つ者は召喚出来ない。
よって転移魔法という物も存在しない。
本来交わることのない世界から人間を呼び出すなど、この世の理ではありえないことだ。
神と呼ばれる人間よりも高位の存在ならば出来るかもしれないが、そもそも神とは会ったことがないし、本当にいるかもわからない。
第二に、ヌレドマが病床にあったことだ。
意識が朦朧とした中で出した預言では信憑性に欠ける。
それに世界が終わるとは曖昧すぎる。天災によるものなのか人災によるものなのか全く持ってわからない。
しかし、五百年以上生きてきて、世の中の大抵のことには造詣が深いロドルーブに知らないことがあったのだ。知識欲がむくむくと顔を出した。
ただ異世界召喚には多大な犠牲を払うという。
にわかには信じられない予言の為に犠牲を払うことは躊躇われた。
ロドルーブは世界中に散らばっている弟子を十一人集め、会議を開いた。
「ヌレドマ様の予言は未だかつて外れたことがない。世界の終りとはどういったものか不明じゃが、予言を信じ召喚をするか否か、皆はどう思う。召喚には十二人の魔法使いが必要とあった。多大な魔力を必要とするのじゃ。じゃから皆を集めた。魔法使いと同等かそれ以上の魔力を持つわしら賢者十二人であれば可能じゃろう。但し召喚すると召喚した者は命を落とすともあった」
「私は、召喚は待った方がよいと思われます。世界が終わると言っても、今の世界情勢が変わるだけで新たな世界が台頭するだけかもしれません」
「そんな悠長なことを言っていて最悪のことが起こった場合はどうします。私は召喚をするべきだと思います。世界に比べれば私の命など惜しくはありません」
「まだ世界は小競り合いはあるものの今まで通りです。もう少し世界の動きを見て、何かが起こってからでも遅くないのではないでしょうか」
「異世界から召喚された者がいきなりこの世界を救うなど無茶な話です。召喚者もこの世界を知る必要があるでしょう。何かあってからでは遅いのです。すぐに召喚いたしましょう」
「異世界の人間が本気でこの世界のことを考えてくれるでしょうか。自分に関係のない世界を救えと言われても、私なら嫌です。ここは、この世界の人間たちで協力し合って対処するべきでしょう」
「大預言者ヌレドマ様の予言です。軽視することはできません。召喚せよと仰られている時点で、召喚するべきということです」
「私は召喚に賛成いたします。仮に徒労に終わって命を落としたとしても後悔はいたしません。憂いは消し去りましょう」
会議は半日にも及んだ。
結論は召喚するということになった。少しでも悪い可能性があり、その可能性を排除できる方法があるならば実行するべきだという意見にまとまった。
まず召喚者の選定というものをやってみることにした。これには大量の魔力は消費するが、それだけらしい。
選定にも召喚石を使う。
選定用の魔法陣を書き、その上に召喚石を置く。そして、召喚石に魔力を込めるのだ。
選定といっても召喚石が選定してくれるわけではない。
召喚石の役割はあくまでこの世界と異世界とを繋ぐだけだ。
繋がったらロドルーブ自身が召喚する者を選ばなくてはならない。
ロドルーブは大量の魔力を使い、異世界の人間の持つ生命力の大きさに反応させた。
膨大な生命力を持つ者が三人いた。
一人は金髪の整った顔をした少年。
一人は浅黒い肌を持つ精悍そうな青年。
一人は黒髪黒目の少年。
『世界が終わる』のを防ぐためには誰を選べばよいのか。
その前に、こちらの都合で異世界人を召喚するなどあってよいのか。
異世界人には異世界人の家族があり、生活があるはずだ。
召喚石はこの世界と異世界とを繋ぐことができる。声を届けることも出来るようだった。
金髪の少年に尋ねてみる。
「異世界の少年よ。そちらの世界からしたら異世界にあたる場所より声を発しておる。こちらの世界は危機が訪れようとしておる。召喚に応じこちらの世界へ来て世界を救ってはくださらぬか?ただ、帰る方法は無い。理不尽なことを言っておるのは自覚しておるが、どうか助けてくださらぬか?」
突然頭上から降ってきた声に金髪の少年は驚き辺りを見回す。
「驚くのも無理はないじゃろうが、この願いを聞き届けてくださらぬか?」
不思議そうにきょろきょろしていた金髪の少年が半信半疑といった表情で話しだす。
「僕はこちらの世界に大切な家族がいるし、友達もいるんだ。僕が行くことで救われるなら、何とかしてあげたい気持ちもあるけど、帰って来られないというのは困るな。だから行けないよ」
精悍そうな青年に聞いてみる。
「は?なんで知らない世界なんかを救わなくちゃなんねんだ?逆に俺を救って欲しいわ」
黒髪黒目の少年に聞いてみる。
「マジで!うっは、オレ超ラッキーじゃね。異世界召喚とか。やっぱ魔法とかあんの?」
ロドルーブは若干引き気味になりながらも然りと答える。
「すっげー。行く行くー。ぜってー行く!異世界行ってオレ無双。ヒャッホー」
喜んでいる少年に理解不能といった様子でロドルーブは言った。
「では、召喚儀式の準備に入るので、しばし待っていてくだされ」
召喚は順調に進み、黒髪黒目の少年の上に光の球を出したのだが、大きくするために魔力を注ぎ込んでいる時、賢者としてはまだ若いトゥルーデルが倒れ、維持できなくなった光の球は近くにいた璃采に直撃した。
失敗したかと思われた召喚だったが、璃采が現れたので驚いたが、同じ黒髪黒目でも声をかけた少年とは別人だった。
召喚に携わった十一名は命を落とし、召喚石も砕けてしまったという。
「どうやら皆は急激な魔塞病になったらしい。わしは皆より少し魔力の制御が出来ていたようでまだ生きていたのじゃ。さっきまで気を失ってしまっていたがの。じゃが寿命が縮んだのは確かじゃ。どうやらわしも魔塞病に侵されているらしい。あと一カ月くらい持つかのう。それでも命があっただけでも幸いじゃのう」
そう言ってロドルーブは薄く笑った。




