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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第二章
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第二十二話 新たな力

 嵐と毒霧は三日経っても治まらなかった。

 船は舵も取れずに波に揺られるままだ。

 乗客達は皆不安気な顔をし、心身共に疲れている様子だった。


「まずいな。このままでは難破してしまうかもしれない」

 璃采が船員にマッサージをしていると、ベッドに横たわる船員はそんな事を言った。

「どうすればいいんでしょうか?」

「嵐を抜けるしか無いが、この毒霧では外へ出る事も出来ない。このまま嵐が治まるのを待つしかないな」

 どうする事も出来ない船員は悔しそうな辛そうな、そして何かに縋るような顔だ。


「嵐が治まるのが先か、船が難破するのが先か。もう後は天に祈るしかない……」

「……そんな」

 璃采は言葉を失った。

 嵐が治まるか難破かのどちらかなど、まるでギャンブルだ。沢山の命が掛かっているのに、祈るしかないとは到底納得できない事である。


 僕に何か出来る事はないのだろうか、と璃采は思うが、魔力を持たない璃采に出来る事等無いに等しい。 


 璃采はマッサージを終えるとティティと別れ、揺れる船の中一人船室の外へ向かった。


「リト何処へ行くの?外は危険だわ」

 璃采の不穏な様子を察知したリズフィが、壁伝いに璃采の後を追って来た。

 リズフィも連日の揺れの所為で疲れているにもかかわらず、璃采を心配するように顔には憂色を浮かべている。


「ありがとう。ちょっと外の様子を見て来るだけです。だからリズフィは船内で待っていて」

 でも、と止めるリズフィを静止して説得する。

 リズフィは納得いかないという顔だ。璃采には魔力が無いので余計心配なのだろう。


「直ぐに戻ってきます。心配しなくても大丈夫ですよ」

 璃采はリズフィの肩にポンと手を置く。リズフィは璃采の顔をじっと見つめた。

「本当にちょっとだけよ。危険なら直ぐに戻って来てね」

 璃采を信じて待つ事にしたようだった。


 魔力を持たない璃采にとって毒霧はただの霧でしかない。

「外の様子を見に来たけど、やっぱりこれじゃ僕にはどうしようもないな」

 激しい風と豪雨が璃采を襲う。痛い位の雨に打たれながらドアにしがみ付く。外へ来たはいいもののそれ以上動くと海に投げ出される恐れがあった。


「すごいー。雨ザーザー。雷ピカゴロー」

 ティティが璃采の背後から現れた。

「ていうかティティ付いて来たの?魔塞病は大丈夫?」

 妖精に魔塞病があるのかは判らないが、魔力を持つなら心配である。


「ティティ、この霧好きー。元気出る―」

 ティティは喜々として毒霧の中を飛び回る。

 ティティの様子を見る限り、毒霧は魔法生物である妖精に、魔力補充が出来る便利な霧だった。


「ティティ、この嵐を抜けたいんだけど、何かいい方法無いかな?」

「うーん」

 小さな腕を組み頭をちょこんと傾げるティティ。

 ティティは考えながら毒霧の中へ飛んで行って見えなくなってしまった。


「うんー。そー。ありがとー」

 視界が真っ白で見えないが、何やらティティの話声が聞こえ、暫らくして璃采の前まで戻って来た。


「じゃあいっくよー」

 そう言うとティティは小さな両手を開いて前に出す。力を込めているように見える。

 すると船の周りだけ嵐が止んだ。

 魔法でバリアのような物を作っているように見える。その証拠に雨が弾かれているようだ。


「ティティ凄い!」

「んー。ティティだけじゃ無理ー。さっきシルフとウンディーネに会ったのー。手伝ってくれるってー」

 シルフとウンディーネと言えば風と水の精霊である。

 ティティ曰く、船の周りの風と海を鎮めてくれているらしい。

 璃采は会いたかったなと少し残念に思ったが、この機会に船を進めなければとせっせと帆を張って回った。

 ティティと精霊のおかげで船の揺れが無くなったので、璃采は作業がしやすかった。

 揺れが治まっても毒霧は出たままなので、船員や乗客には外に出ないように言う。


 やがて船が動き出した。

 この毒霧もティティに好都合だったようで疲れた様子は無い。

 船は二時間程で嵐の外へ出る事が出来た。

 嵐の外では毒霧もすっかり晴れている。

 「もう大丈夫みたいです」と言う璃采の声に、船内から船員達が様子を見に出て来た。


「これは。あの嵐の中を航行するなんて信じられない」

「奇跡のようだ」

「君がやってくれたのか?毒霧の中も平気だなんて」

「いや魔塞病も治す位だ。さぞ高名な魔法使いなんだろう」

「命の恩人と言っても過言ではない」

 船員達は驚嘆の声を上げる。


「いえ僕じゃないです。ティティのおかげです」

 璃采はそう言ってティティを見ると、どこか誇らしげに飛んでいた。

 船員達は口々に璃采とティティにお礼を言った。


「ティティいつもありがとう。ティティがいなかったら僕はこの世界でどうなっていたか分からないよ」

 璃采もティティにお礼を言う。

「リトはー魔力が無いんだからぁー。ティティがリトの魔力になるのー」

 本当にティティには頭が上がらないと思う璃采。

 璃采にとってティティは頼もしい存在だ。璃采はティティへの親愛の情が一段と深くなった。


「リト無事でよかったわ」

 安堵の表情を浮かべながら璃采に近付くリズフィ。だがその顔はずっと璃采を心配していた事が窺えた。かなりやつれていたからだ。直ぐ戻ると言った璃采が、なかなか戻って来なかったのだ。気が気ではなかっただろう。

「心配させてごめん。リズフィの方こそ休んだ方がいいです」

 璃采はティティとリズフィに船室で休むように言い、自分も少し休もうかと船室へ入って行った。

 

 海は凪いで、さざ波一つ無い。

 再び平穏な船旅が戻って来た。


「シェナちゃーん。ちょっとヘルム取ってみてよ。せめてバイザーだけでも」

 甲板でロントが両手を合わせ、拝むようにシェナフィにお願いしている。

 その声が耳に届いた璃采は、それはちょっと見たいかもと思う。


「ふふふ。それは出来ないわあ」

「えーっ。そこを何とか。ちょっとだけでいいからさあ。何でずっと着てるの?」

「ふふふ。ひ、み、つ」

 人差し指を立てて左右に振るシェナフィ。

 ロントは軽くあしらわれていた。


 甲板の端で璃采はオーラを扱う練習を始める。

 右手を見つめる璃采。すると右手のオーラが僅かだがユラッと動いた。

「ちょっとだけ解ったかも」

 璃采の顔が綻ぶ。

 急性の魔塞病の船員にマッサージをした時、璃采は手のオーラが動いたのを見逃さなかった。


「あの時の感じだと、イメージが大事なのかな」

 力を入れるのでは無く、オーラを集中させるイメージを頭に描く。

 僅かだが突破口が見えてやる気が漲って来た璃采だった。


 翌日も璃采は甲板で練習をする。


「リトは毎日何をしてるの?」

 掌を見つめる璃采を、リズフィが覗き込む。

「オーラを扱う練習です」

 璃采の掌を見ても何も見えないリズフィは「そう」と言いながらも別の事を考えている様子だった。

 やがて真剣な顔になり璃采の目を見つめた。


「リト、あなたは何者なの?」

 リズフィの、吸い込まれそうにきれいな淡いグリーンの瞳に見つめられた璃采は、照れて伏目になる。

 質問の意図がよく解らなかった。何者かと聞かれて「実は正義の味方です」とか「実は某国のスパイです」等のカッコイイ答えを璃采は持ち合わせていない。

 召喚された者だとしてもただの人間だ。「ただの人間です」とか「ただの一般人です」とかいう答えでいいのだろうかと頭を悩ませる。


「だってリト、毒霧の中でも平気だったじゃない。それに空も飛べるわ。大賢者様でもあの棒を使って飛んでいたのよ」

 リズフィは更に真面目な顔で聞いてくる。

 真剣なリズフィの顔を見ていると、璃采は本当の事を話そうかという気持ちになった。


「実は僕、魔力が全く無いんです。だから毒霧も効かないんです。空を飛んでいるように見えるのは、魔力の無い僕をティティが魔法で飛ばしてくれているからなんです」

 自分で言っていて情けなくなって来る璃采。

「えっ。でもオーラの魔法使いって言われて。魔塞病だって治してしまう程の凄い魔法使いじゃない」

 リズフィは訳が解らないといった表情になる。

「魔塞病は魔法で治している訳じゃないんです。僕はオーラが視えるだけなんですから」

 璃采はオーラが視える事によって魔塞病を治す仕組みを説明した。

「だから僕はオーラの魔法使いなんかじゃないんです。魔法も使えない出来そこないの人間ですよ」


 この世界で全く魔力が無い人間などいるのだろうかとリズフィは思う。だが王宮の中だけで育ったリズフィが知らないだけかもしれない。世界はリズフィが考えてたよりも広く、驚きで満ちている。


 リズフィは暫らくの間、信じ難いという表情をしたり、哀憐の眼差しを向けたりと百面相のようになっていたが、やがて心が決まったというように唇をキッと結んだ。


「リトが時たま見せる辛そうな顔の意味が解ったわ。でもね、魔力を持たないというハンデを抱えていながら、リトは沢山の人を助けてくれたわ。自分に出来る事を精一杯して」

 リズフィはギュッと璃采の手を両手で握る。女の子と手を握った事等無かった璃采は、ドギマギして顔が赤くなった。だがリズフィは真剣な顔を崩さない。


「そ、それはティティや周りのみんなのおかげです。僕は何も出来ません」

「いいえ。もし私が魔力を持たずに生まれて来てしまったら、きっと何もせずに劣等感だけ抱いて王宮に引き籠っていたわ。それに、今だって努力しているでしょ。リトはもっと自分に自信を持ってもいいと思うの」

 リズフィは璃采の目を真っ直ぐに見る。

「この先危険な事があるかもしれない。だから決めたわ。私も強くなる。リトを支えるパートナーとして」

「え?」

 璃采が聞き返すが、リズフィはそれ以上何も言わなかった。

 一通り言い終えて落ち着いたのか、リズフィは璃采の手を握っていた事に気が付いた。無意識で握っていたようだ。慌てて手を話すリズフィは璃采に背を向けてしまった。


 そして、甲板の手すりに座って風に当たっていたティティを呼んで来ると、璃采の隣でリズフィも魔法の修業を始めた。ティティを師匠にして。

 ただ問題があった。


「んとねー。こうやってーバーンてするのー」

 ティティの教えは説明になっていなかった。

 これで上達するのだろうかと疑問符が浮かぶ璃采。


「あらあ、三人で魔法のお稽古?」

 ガシャンガシャンとシェナフィが璃采達の許へ歩いて来た。

 璃采は練習の手を止めてシェナフィを見上げる。

「あ、シェナさん。二人は魔法ですけど、僕はオーラの方です」

「ふふふ。船旅も暇だし私も混ぜて貰おうかしらあ」


 シェナフィは教わるというよりも教える方だった。

 魔法の扱いがとても上手だ。

 そして教え方もティティより遥かに上だった。

 女子三人が和気藹々と魔法の勉強をしている隣で、璃采はひたすらオーラを操る練習をする。


「うおい、リト。かわいいこ三人も侍らせて何やってんだよ」

 ナンパに飽きたというより相手にされなかったと思われるロントがやって来た。

「彼女達三人は魔法の勉強会です。僕はオーラですけど。ロントも一緒にやりますか?」

 暇を持て余していたのか、ロントは「やるやる」と女子達の輪に入って行った。


「へえ、リズフィちゃん魔法上手くなりたいんだ。それじゃオレっちに任せな」

 ロントはキラリと白い歯を見せて親指を立てる。

 ロドルーブの熊手に乗れるだけあってロントの魔法制御は上手い筈だった。だが教え方がティティと同じであった。

 リズフィは引き攣った笑顔を見せている。

 結局講師としてはシェナフィが一番だった。


「シェナちゃんの魔法すげーな。大魔法使い並じゃねえか」

「ふふふ。そんな事無いわあ」

「本当にシェナ凄いわ。私も頑張らなくちゃ」

「ティティもー。ドーンー」

 遥か遠くで、海中で大爆発があったように盛大に海水が吹き上がる。

 璃采は賑やかな隣とは反対に精神統一のように集中する。


 船旅はその後も以前のような大きな嵐に見舞われる事も無く順調だった。

 

 そうこうしている内に一ヶ月が経った。

 水平線の向こうに陸地が見える。

 思えば遠くまで来たものだなと少し感傷に浸る璃采であった。


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