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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第二章
24/33

第二十一話 船旅

 チットンを発って二日後には、カリゼの町が見えて来た。

 空からは町の向側に広がる広大な海が見える。水面が日の光にキラキラと輝いている。

 真っ青な海に吸い込まれてしまいそうな感覚があった。

 璃采がちらりとリズフィを見ると、彼女は初めて見る海に瞬きも忘れて釘付けになっていた。


 港町カリゼに着いた一行はゼリメラ大陸へ渡る船を探す為に港へ向かった。

 港は地元の漁師達や魚を買い付けに来た商人達で活気があった。その喧騒も心地よく感じる。

 潮の香りが鼻を擽る。この匂いを嗅ぐと開放的な気分になるのは何故だろうと思いながら、璃采は港町の様子を眺めながら歩いていると、ゴチンと頭に衝撃が走った。


 慌てて振り向くと頭の先から足の先まで真っ黒なプレートアーマーに覆われた人物が立っていた。

 手にはパルチザンのような槍を持っている。騎士のような格好をしているが騎士には見えない。というよりも全身真っ黒な騎士はこの大陸の国にはいない。

 背は璃采よりも少し高い位だろうか。

 璃采はまずい人物にぶつかってしまったと冷や汗が流れた。


「す、すみません」

 咄嗟に謝った璃采に、ギギギと音が出ているのではないかと思う程にゆっくりと首を向けるプレートアーマー。その動作がまた恐ろしい。


「いやあ旦那どうもすみません。ほんとコイツおっちょこちょいで。ほらリトもちゃんと謝れ」

 ロントはそう言うと、急いで璃采の後頭部を掴んで頭を下げさせ、自分も一緒に頭を下げる。

 もし兄がいたらロントのような感じだろうかと璃采はふと思う。

「これで何とか許してやってもらえませんか?」

 頭を下げ続ける璃采とロント。しばしの間嫌な空気が流れる。


「あらあ。別にいいのよぉ。気にしてないわあ」

 男の声では無かった。それどころか夢の中にいるような錯覚さえ覚える優しい声であった。それでいて艶っぽさもある。

「女の人?」

 思わず璃采とロントは顔を上げ、相手の顔を見る。見た所でヘルムしか見えないのだが。

「ふふふ。こんな恰好しているからよく間違えられるわあ。私もぼーっとしてたの。ごめんなさいねえ。頭痛かったでしょう?」

 凄くおっとりしたしゃべり方だ。

「僕は大丈夫です」

 するとティティがローブから飛び出して来てプレートアーマーを着た人物の周りをくるくる回った。


「ねーねー、あなたは妖精―?それともニンゲンー?」

「ティ、ティティ?」

 いきなり何を言い出すんだと璃采は焦った。

「ふふ。私は人間よお」

 ティティは腕を組んで「んー」と考えていたが「そっかー」と言ってまたローブに入り込んだ。

 何だったのだろうと璃采は微妙な顔になった。

「じゃあ私はこれで」

 軽く会釈をして真っ黒なプレートアーマーの女性は去って行った。


「なーなー。あの鎧の中身気になるよな。あの声聞いただろ。うおー妄想があ」

 そして何やらテンションが上がっているロントである。


 一行は漁港を抜けて渡航用の港まで来た。

 近くにいる水夫らしき人にゼリメラ大陸行きの船について聞いてみる。


「お客さん達運がいいね。ゼリメラ行きなら丁度明日の朝出航だよ」

 水夫は笑顔で気さくに答えた。

 ゼリメラ大陸へ行く定期船は月に一度出ているのだそうだ。

 本当に運が良かったと喜びながら璃采達は船の予約を入れた。

 召喚獣だと思われているティティの分の船代はかからなかったので、璃采は悪いような得したような気分になった。

 

 その後は宿を取り、町を観光して過ごす事にした。

 海の近くの町だけあって土産物屋には干物などの海産物が並んでいた。貝細工や珊瑚、真珠といったアクセサリーも置いてあり、リズフィが珍しそうに眺めていた。

 王宮から出た事の無かったリズフィに、折角海の町に来たのだから記念になる物をと璃采は思った。だが、璃采の予算では珊瑚や真珠には手が出なかったので、貝を磨いて作った髪飾りを買った。それをリズフィに渡す。


「え、いいの?」

 リズフィは驚きと嬉しさが混ざったような顔をしていた。

「ええ、折角海の近くの町へ来たんですから。安物ですみません」

「そんなことないわ。ありがとう。大切にするわ」

 リズフィは満面の笑顔を見せる。その笑顔に偽りは無かった。

 王女なのだからもっと豪華で奇麗な宝石はたくさん見て来ただろうし、持っている筈だ。にもかかわらず、璃采のあげた安い貝の髪飾りを嬉しがり大事そうにするリズフィ。

 光に当たるとピンクやブルー、グリーン、クリーム等様々な色に変化する髪飾りが、リズフィの銀色の髪と良く合っている。

 そんなリズフィに、璃采は眩しそうに目を細めた。


 夕食は宿で済ませた。海の町だけあって魚や貝がメインだった。久しぶりに海の幸を堪能できた璃采は幸せな気分に浸りながらベッドに潜り込んだのだった。


 翌朝、一行は港へ行きゼリメラ行きの船に乗り込んだ。

 船は全長二十メートル程の三本のマストがある帆船だった。

 風魔法を駆使するのでスピードが出るそうだ。

 ゼリメラ大陸には一ヶ月程で着くという。


「僕、船に乗るのは初めてなんです」

 感激した様子で璃采は船の甲板に立つ。

「私も初めてよ。無事に着けばいいわね」

 甲板の手すりに肘を付き、キラキラ光る海を眺めながら風を受けるリズフィ。銀色の長い髪が揺れている。

 リズフィは嬉しそうな半面、不安げでもある。

「ティティもー」

 片手を元気よく上げたティティは、リズフィの隣で手すりにちょこんと座って同じく海を眺めている。

 ティティはいつも楽しそうだ。

「あんまりはしゃいで海に落ちんなよ」

 既に乗った事のあるロントは冷静だった。


 船が岸から離れて行く。いよいよ出航だ。

 行く手に見えるのは、上下に一直線に分かれた空の青と海の蒼。

 

 空で感じる風も気持ちがよいが、海の上で感じる少し湿った潮風も心地よかった。

 璃采にとっては初めての船だったが、恐れていた船酔いも無さそうだった。

 甲板で海を眺めていると、船室から出て来た真っ黒いプレートアーマーの人物が璃采達に声をかけて来た。


「あらあ。貴方達もこの船に乗ってたのねえ」

 その声に真っ先に反応したのはロントだった。

「あ、昨日の。いやあ偶然だね。これは運命かも。なんつって」

 プレートアーマーの女性に向かって両腕をを左右に大きく開き、些かオーバーリアクションに思えるポーズをとる。

「ふふふ」

「オレっちはロントってんだ。君は?」

「ふふ。私はシェナフィよ」

「あら、私はリズフィよ。ちょっと似てるわね」

 リズフィも名前に反応して会話に混ざる。

「まあ。それじゃあ私の事はシェナって呼んでくれるかしらあ」

「もちろんよ。私の事もリズでいいわ」

 ロントを置いてきぼりに、ガールズトークに花を咲かせる。

「僕はリトです。一ヶ月間よろしくお願いします」

 軽く挨拶してから、璃采は少し離れた所で甲板に胡坐をかいて座った。


 璃采には船に乗ったらやりたい事があった。

 ロントのようにオーラを動かす事である。

 そういえば気功というのを聞いた事があると思い出していた。気功には体内の気を循環させ能力を高める内気功と、外部から良い気を取り込んだり体内から悪い気を出す外気功があるという。


 もしかしたら気とは生命力(オーラ)の事なのではないか。もしそうならオーラを扱えるようになり、何かの役に立つかもしれない。今は守ってもらうしかないお荷物であるが、自分の身を守る事位は出来るようになるかもしれない。そう思った璃采は、一ヶ月間も船の旅をするのだから研究してみようと考えた。


 まずは右手に力を入れてオーラを集めてみる。しかし何も変化は無い。

 どうすればよいのかさっぱり分からない。だが璃采には視えるという強みがある。僅かな変化も見逃さないように集中して実験を続けた。

 その日は何の成果も上がらなかった。


 翌日も翌々日もそのまた翌日も試みる。

 手に力を込めてみたり、腹に力を入れてみたりしたがオーラの動く様子は無い。

 近所の公園で健康の為に老人達がやっていた太極拳を思い出し、真似してゆっくり動いてみる。勿論覚えている訳ではないので型は適当だ。やはり変化は無い。


 その様子を周りにいた人々が奇妙な者を見るように遠巻きに見ている。

 璃采は羞恥心よりも兎に角オーラを動かしたい一心だったので、奇異の目は気にしていなかった。

 しかし一向に動かないオーラに、まだ始めて数日だが璃采の中に焦りの感情が生まれていた。


 リズフィとティティはここの所、初めて乗る船の船内を探索しているらしい。

 ロントは甲板で片端から女の人に声をかけていた。


 甲板にピンク色の髪の毛の美人が見える。ピンク色の髪なんて珍しいなと璃采は何気に見ていた。ロントはその女性にだけは声をかけていなかった。


「リトは何してんだ?」

 ロントが璃采の方へ寄って来る。女性が全然引っ掛からなかったのかつまらなそうな顔をしている。

「オーラの練習です」

 太極拳の物真似を続けながら答える。

「へえ」

 ロントは胡散臭い物を見るような目になっている。


「ロントは何であの人には声かけないんですか?かなり美人だと思いますけど」

 ピンクの髪の女性を指差しながら尋ねた。

「んー。確かに美人だな。だけどオレっち、ピンクの髪だけは昔から受付ねーんだよ。オレっちにもよくわかんねーんだけど」

 風になびく髪を掻き揚げるロント。顔だけ見れば本当にイケメンである。


「こんにちはあ。何をしているのかしらあ?」

 好奇心からなのか話しかけて来たのはシェナフィだった。

「うお、シェナちゃーん。やっぱシェナちゃんの声最高だよね」

 ロントの顔の筋肉が一気に緩んだ。

「シェナさん。こんにちは。オーラを動かしたいと思って色々試しているんですが、なかなか上手く行かなくて」

「オーラ?」

「はい。生命力の事です」

 右手を頬に当てて、左手は右肘に添えて考えるシェナフィ。右膝を少し内側に曲げて立つ女性らしいしなやかな姿が、プレートアーマーなので違和感がある。

「うーん。残念だけど私にも分からないわあ」


 シェナフィはいつ見てもプレートアーマーをしっかり着こんでいる。それどころかヘルムのバイザーを上げている所すら見た事が無い。動き辛かったり、暑かったり、蒸れたりしそうなものである。

「シェナさんは鎧を脱がないんですか?」

「オレっちもシェナちゃんの素顔が見てみたい」

「ふふふ。そうねえ」

 曖昧な答えを返すシェナフィ。

「あらあ。もうすぐ嵐が来るわねえ」

 空は青空。波も穏やかだ。順調な船旅が続いていた。

「え、こんなにいい天気なのに?」

「ふふ。風が教えてくれたわあ」

 

 一時間程すると本当に風が強くなり、波が高くなった。黒い雲が空を覆う。

「嵐が来るぞー。帆を畳めー」

 屈強な男達が慌ただしく動いている。

「毒霧も出て来たぞ。乗客は直ぐに船内に入れー」

 その声に甲板に出ていた人達は急いで船内に戻る。


 外は雨が激しくなり、濃霧で白く視界が悪い。

 船は今までに無いほど揺れている。床は四十五度位にまで傾いたかと思うと、今度は反対側にといった様子で立っていられない。皆近くにある壁の突起等を掴んで必死で堪えている。転覆するのではないかと思う程の揺れだ。


「大変だ。船員が何人か毒霧にやられた」

 そんな声が聞こえて来た。

「毒霧とは何ですか?」

 璃采は近くにいた商人のような身なりの男性に尋ねた。

「船は初めてかい?毒霧は魔力が目に見えるほど濃く集まった物だと言われているね。余りの濃さに触れると魔塞病を引き起こす人もいるらしいよ。中には急性の魔塞病になって直ぐに死んでしまう人もいるそうだ。だから毒霧が出ている時は絶対に外に出ちゃ駄目なのさ」

 

 璃采は急いで船員の居る方へ向かった。壁伝いに歩くが、船が大きく揺れるのでなかなか前に進めない。

「リトー」

 ティティとリズフィが璃采を見つけてやって来た。

「ティティ丁度いい所に来てくれた。僕を船員の所まで運んでくれないかな」

「うんー」

「私も行くわ」

 リズフィはそう言うと璃采の背に掴まった。ティティはリズフィが掴まっている璃采を浮かせて船員の所まで連れて行く。


「魔塞病の人はどちらですか?僕は魔塞病を治せます」

 尋ねられた船員は何を言っているんだ、と怪訝な顔をする。

「本当よ。彼はオーラの魔法使いと呼ばれてるの。今までも沢山の人を治して来たわ」

 リズフィのフォローと璃采達が浮いている所を見た船員は、少し表情を緩めた。

「こっちだ。ベッドに寝かせてある」


 案内されて部屋へ行くと、一人がベッドに横たわり、二人が側で座っていた。

 オーラを視てみると、急性の患者はベッドに横たわる一人だけのようだった。他の二人は軽症で、今はまだ魔法が使えなくなったというだけらしい。

 

 璃采は急性の患者に急いでマッサージを施そうとした。

 『僕がマッサージをした相手は死んでしまう』という呪いの言葉が一瞬璃采の脳裏に過る。

 だが今やらなければ、今死んでしまうだろう。迷っている暇は無い。

 璃采は頭の中の暗い感情を振り払い目の前の患者に集中する。


 しかし激しく揺れる船の所為でマッサージが出来ない。患者もベッドから転げ落ちそうだった。

――どうしよう。このままだと死んでしまう

 璃采は焦る気持ちを押さえて考える。


「ティティ。ベッドごと浮かせてくれないかな?」

「いいよー」

 ティティにベッドを浮かせて貰い、ベッドで横たわる患者の上に馬乗りになってマッサージをした。

 少し足場が悪いが、船の揺れに比べればはるかにマシだった。

 急性の患者という事でいつもより集中していたのかもしれない。足場の悪さも集中力を高める事になった。

 璃采は、助けたいと強く思いながら、どうすれば早く変色個所が治るのか、手に集中し治るイメージでマッサージを施していった。

 その甲斐あって、急性の患者は一命を取り留めた。

 ふうっと一息着くと、二人の軽症患者にもマッサージを施した。


「魔塞病ってやつ?確か人族の病だっけ?」

 マッサージを終え、人々が集まっている船内に戻るとロントがそんな事を言った。

「えっ魔族には無いんですか?」

「うーんあんまし聞かねえな。たまーにいるのかもしれないけど、それってオレっちみたいな人族とのハーフだったり、何代か前に人族の血が入った奴だと思う」

 魔力に長けている魔族には無い病という事だろうか。いや魔力に長けているだけならロドルーブだってそうだ。ではそもそもの体の作りが違うのだろうか。羽がある時点で違うのだが。


「きゃあ」

 船が揺れて近くにいた女性が転がりそうになる。

「おっと。お嬢さん大丈夫ですか?オレっちにしっかり掴まっていてください」

 決め顔で言いながら、ロントは床を転がりそうになっていた女性を右手で抱きとめた。左手は壁にある突起をしっかりと掴んでいる。

「あ、ありがとうございます。でも大丈夫ですので」

 女性はロントから距離を取り離れた所の壁に掴まった。

 

 璃采はその様子を不思議そうに見ていた。ロントはかなりのイケメンだ。女性はイケメンに助けられたら嬉しい筈だ。だが女性の反応を見るとそうでもないらしい。何故だろうと璃采は思う。船内や甲板でも多くの女性に声をかけていたが上手くいったのを見た事が無い。何がいけないのだろうか。女心は分からない。今度リズフィに聞いてみようかと思うが、リズフィは世間知らずだったと思い直す。

 璃采は、嵐の中でもブレないロントに心の中でエールを送った。

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