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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
22/33

 挿話   クレア

 シュオリブ王国王都ルネム。その名の通り政治、経済、権力全てが集中する国の中心地である。


 クレアはこの街の代筆屋ローノンとルビアの間に初めて授かった子供だ。


「クレアったら、なんてかわいいの」

「この子はきっと美人になるなあ」


 他の者が聞いたら親馬鹿と思われる台詞だが、あながち間違いではなかった。現に近所の人達からも世辞抜きで褒められる程であった。

 だが周りの期待とは裏腹にクレアはすくすくと元気で活発過ぎる子に育って行った。

 

「クレア、こんなとおくに来たらママにおこられるよ」

「だったらセドだけかえればいい」


 セドと呼ばれた少年はしぶしぶクレアに着いて歩く。クレアが向かうのは冒険者ギルドと呼ばれる場所だ。


 六歳になったクレアは世の中には冒険者という職業がある事を知った。


「街の外にはね、怖―い魔獣や魔物がいるのよ。だから一人で街の外に出ちゃ駄目よ」

 

 活発過ぎるクレアが憲兵の目を盗んで街の外へ行くかもしれないと、心配したルビアがクレアに言った事があった。


「そとにいく人はどうするの?」

「そうねぇ、冒険者を雇って護衛して貰ったりするわね」

「ぼうけんしゃ?」

「魔獣や魔物を退治してくれる人達よ」


 クレアの目が輝いた。

 

 クレアは家の近所で冒険者らしき恰好をした者達を見かけたので、近付くと話声が聞こえた。すると「ギルド寄ってくわ」や「ギルドで聞いたんだが」などと頻繁にギルドという単語が出て来ていた。ギルドという場所には冒険者が沢山いるに違いないとクレアは思った。


 大通りを渡りずんずん進むクレア。子供のセドの目から見ると、だんだんガラが悪くなっているように見える道をビクビクしながらクレアの後を追う。

 冒険者らしき者達が入って行く建物があった。石造りの大きな建物の前にクレアは立って見上げる。


「これがぼうけんしゃギルド。すごい」


 口を開けたまま見上げていたクレアに衝撃が走る。


「うわっ」

「っとわりいな。お譲ちゃんだいじょぶか?」


 倒れそうになったクレアを大柄な男が支えた。


「お譲ちゃん迷子か?親父がこん中にいるとかか?」


 子供がいるには場違いな場所である。男はクレアを迷子かギルドの中に父親がいるのではないかと思ったようだ。


「ちがう。アタシはぼうけんしゃになりたいんだ」

 

 男は少し驚いたようだった。

 そして男はしゃがんでクレアの目線に合わせる。


「勇ましいな。だけどな、もうちょっと大きくなってからだな。大きくなったらまた来な。俺はラザンってんだ。いつでも歓迎するぜ」


 ラザンはクレアの頭に手を乗せポンポンと軽く触れた。

 クレアはコクンと頷いた。



「クレア、もうやめようよ」

「セド、まだだ」

 

 セドは地面に尻もちを突きクレアを見上げる。クレアは棒きれを持ってセドを指す。

 二人は傍から見るとチャンバラごっこで遊んでいるようだった。だがクレアは遊んでいるつもりは無い。クレアにとっては剣の稽古のつもりである。

 冒険者ギルドを見に行った日から始まった毎日の稽古だった。



 クレアは十五歳になった。


「もう立派な大人ね。靴屋のセドとはどうなの?」

「どうって?」

「結婚よ結婚。あなた達小さな頃から仲良しだったじゃないの」


 ルビアは期待を込めた目でクレアを見ている。


「セドはただの幼馴染だ。結婚なんてありえない。だいたいあんな弱っちい奴興味無い」


 余りにも酷い言われように、セドが哀れに思えるルビアだった。セドが小さい頃からクレアの事を好いているというのは、ルビアの目から見ても分かっていた事だ。


「セドがかわいそうだわ」


 ルビアは右手を頬に当て溜息をつく。


「じゃあ他にいい人でもいるの?それとも働くの?」

「いい人なんかいない。アタシは冒険者になる」


 その言葉を聞いたルビアは腰を抜かしそうになる。


「何を言っているの?冒険者なんて危険な仕事、あなたに出来るわけ無いじゃない」

「そんなのやってみなきゃ分かんない。アタシは父さんみたいに代筆が出来る訳じゃない。それどころか頭も悪いと自分で分かってる。だけど冒険者なら大金を稼ぐ事だって出来る」


 クレアの家は決して貧しいわけではない。庶民としては中の下である。

 だがクレアには五歳になる弟と二歳の妹が出来ていた。ローノンの稼ぎはそれなりではあったが、弟と妹が成人するまでと考えると、いつ働けなくなるか、仕事がなくなるかと思うと安泰では無かった。クレアも働いて家計を助けたいと思っていた。


「ダメよ。そんなこと許さないわ。冒険者になる位なら働かなくていいわ。私がいいお相手を探して来るから。あなたは器量だけはいいんだから直ぐに見つかるわ」

「母さん、アタシは冒険者になりたいんだ。止めても無駄だよ」


 その後ローノンも一緒に説得した。普段は温厚なローノンが怒鳴り、ルビアは泣きながらクレアを止めた。だがクレアの意思は変わらなかった。監禁でもしない限り勝手に冒険者登録をしてしまうだろう。ローノンもルビアもクレアを止める術が無かった。


 クレアは冒険者ギルドを訪れた。小さい頃からコツコツと貯めた小遣いで買ったロングソードと簡易な装備を身に付けている。

 クレア自身冒険者が危険な仕事だという事は重々理解しているつもりだった。何時死ぬかも分からない仕事。それでも命を掛けるに見合った報酬がある。クレアは死ぬ覚悟だって出来ていた。


 冒険者登録を済ませたはいいが早くも困っていた。

 掲示板に貼ってある仕事は素材調達、魔獣退治、護衛である。

 素材調達は簡単そうに思えるが、魔法のあるこの世界では近場での採取などは各自自分で出来る為に依頼にはならない。冒険者ギルドに依頼がある物は、危険な場所での採取、または魔獣を倒してその素材を得る事などである。それならば魔獣退治の方が素材を傷付ける事を気にせずに倒すだけなのでまだ簡単だった。

 護衛の依頼には細かな条件が付いている。護衛経験者又は魔獣退治依頼を三十以上こなした者等である。中には魔物討伐経験者とまであった。依頼者も自分の命が掛かっている為に下手な新人などに受けて貰っては困るという事だ。


 右も左も分からない新人一人で受けられる依頼は無かった。パーティを組むしかない。

 クレアが困っていると背後から声が掛かった。


「ねえ君、もうパーティ組んでる?もし組んでいないなら俺達と組まない?」


 声を掛けて来た男は、クレアと同じ十五歳位の若い新人冒険者のようだった。クレアは渡りに船とばかりに承諾した。


「ひゅぅ。モンド、かわいい子連れて来たな」

「俺達と同じ新人のクレアだ」

 

 仲間のひやかしに対して、モンドはクレアを紹介する。

 

「女なのに剣持ってんの?魔法使いじゃないのかよ」


 この世界で女冒険者といえば魔法使いが殆どである。やはり力の面で男には敵わないからだろう。しかし少数だが女剣士も存在している。

 クレアも勿論魔法が使えるが、魔法使いという程の魔力も威力も無かった。


「モンド、さては顔で選んだな?」

「違うって。困ってたからさ、困った時はお互い様って言うだろ」

「……クレアだ。よろしく」

 

 魔法使いでは無いので余り歓迎されているようには見えなかったが挨拶をして仲間に入った。クレアを入れて四人のパーティになった。

 二人はリオッシュとテルトハと名乗る。モンドとは幼馴染だそうだ。


「依頼どうするよ」

「これやろうぜ。報酬がいい」


 そう言ってモンドが指したのは魔獣退治の依頼だ。


「でもこの魔獣って結構強いんじゃなかったか?」

「心配すんなって。こっちは四人もいるんだ。大丈夫だろ」


 テルトハが不安げに言ったが、モンドが笑顔で勇気付けた。クレアもリオッシュもモンドに賛成した。この時のクレアは本当にいけると思っていた。


 そしてクレア達は魔獣退治に向かった。


「出るのは確かこの辺りだったな」

 

 森の中頃まで来た時モンドが立ち止まる。


「俺緊張して来た」


 テルトハの顔が強張る。クレア達は魔獣をおびき寄せる為にウサギの魔獣を狩る。血の臭いを辺りに充満させた。


「出るかな」


 リオッシュが言った時だった。森の中から低い唸り声が聞こえた。瞬間、黒い獣が飛び出す。


「出た!構えろ」


 モンドの声と同時にそれぞれ剣を構える。狼のような魔獣と向かい合うクレア達。モンドが先制攻撃とばかりに剣を振り下ろす。だが、魔獣は素早い動きで躱した。一メートル程の体に頭と尻尾が付いた魔獣は機敏に動き、なかなか攻撃が当たらない。


「くそっ、当たんねえ」


 焦りの表情を浮かべるモンド。クレア達も攻撃に参加する。四人で囲むように斬り付ける。


「なんとか行けそうだ」


 最初はすばしっこくて手古摺ったが、皆そう思った。


「オォオオオン」


 魔獣が遠吠えのような声を上げた。ザザザッと辺りの草がざわめく。クレア達が周りを見ると魔獣が十匹程いた。囲ったつもりが逆に囲まれていたのである。


「……一匹じゃなかったのかよ」

「こんなにいたら無理じゃねーか」

「俺達どうなるんだ……」

「くそっ。アタシらでやるしかない」


 クレア達は一塊りになり背中を合わせ外側に剣を向け、襲い来る魔獣をなんとか薙ぎ払う。次から次へと飛びかかる魔物。遣られるのは時間の問題だった。全員に疲労の色が見え始める。


「ぐあああ」


 叫び声をあげたのはテルトハだった。彼は腕に噛みつかれていた。それを見たリオッシュが逃げ出した。


「ひぃいいい。俺はまだ死にたくねえええ。誰か助けてくれえええ」


 魔獣は誰一人として逃がさないというように、走るリオッシュの背中に飛び付いた。リオッシュはそのまま前倒しになり地面に突っ伏した。

 クレアは助けようとして走り出す。だがクレアにも魔獣が襲いかかる。クレアが死を覚悟した時だった。横から氷の槍が飛んで来て魔獣を突き刺した。


「何事かと思って来てみれば、やれやれだな」


 大剣を持った大柄な男と、ハルバートを持った男、杖を持った男の三人が姿を現した。彼らはあっという間に魔獣を退治してしまった。それを唖然として見ていたクレア達だった。

 杖を持った男がリオッシュに治癒魔法を掛ける。リオッシュは脇腹を食いちぎられていた。治癒魔法のおかげでなんとか一命は取り留めたようだ。テルトハの方も大した事にはならないで済んだ。


 大剣を持った男をクレアは知っていた。


「ラザン……」

「ん?お前どっかで会った事あるか?」


 クレアにラザンと呼ばれた男は彼女に近付き、まじまじと思い出すように顔を見る。


「アタシは子供の頃、冒険者ギルドで会った。あんたは覚えちゃいないだろうけど」

「んー。お。思い出した。あの時の嬢ちゃんか。大きくなったな。本当に冒険者になりやがって」


 ラザンは「ワハハ」と豪快に笑った。


「で、なんだってこんな事になってんだ?俺達が近くを通らなかったら、お前らみんな死んでたぞ」

「い、一匹だと思ったんだ。そしたらこんなに出て来て――」


 モンドがあたふたしながら言うと、ラザンは「はぁ」と深く溜息をついた。


「お前らなんもかんもなっちゃいねえな。よし、もしこれからも冒険者やる気があるんなら俺が面倒みてやる」

「おいおいラザンいいのか?」


 ラザンの言葉にハルバートを持った男が聞き返す。


「俺たちゃもうオッサンだ。そろそろ新人育成なんてしてもいいんじゃねえか」

「そうだな、俺達引退も考える年だもんな」

「そりゃ違いねえ」

 

 ハルバートの男も杖の男もラザンと共に大口を開けて笑う。


「で、お前達まだ冒険者やるつもりか?」

「アタシは冒険者で食ってくって決めたんだ。やるよ」

「お、俺もやる。ラザンてあの有名なラザンだろ?面倒見てくれるってんなら、こんなチャンスないだろ」


 クレアとモンドは冒険者を続けるつもりだ。


「俺は辞めるよ。もともと実家の雑貨屋継げって言われてたし……」

「俺も辞める。モンドに誘われてちょっと面白そうだなんて思って参加したけど、こんな危険だとは思わなかった。俺まだ死にたくねーし」


 テルトハとリオッシュは辞めるそうだ。「まあそれがいいかもな」とラザンは言って、皆を街まで送った。

 クレアは初めての依頼で死を身近に感じ、益々死ぬ覚悟を強く意識したのだった。



 クレア達はラザンと行動を共にする事になった。ハルバートを使う男はトスブ、杖を持った男はディナルといって、ラザンのパーティ仲間だ。クレア達は先ずラザン達の遣り方を見て覚える。

 ラザン達はクレア達に分かりやすいように魔獣退治の依頼を受けた。ラザン達から見れば弱い魔物だろう。だがラザンは依頼者のいる村まで行くと、直ぐには退治に出発しなかった。


「こんなのあんた達なら余裕だろ?何で直ぐ行かないんだ?」

「いくら弱そうでも下調べが大事なんだ」


 ラザンは村人から魔獣を見た場所、どんな魔獣だったか等を詳しく聞き出していた。


「そんなの依頼書にも書いてあるじゃないか」


 クレアは疑問だらけだった。


「依頼書が正確とは限らない。詳しく聞くと似たような見た目の全く違う魔獣ってこともあるからな」


 村人達から話を聞き終えると作戦会議を始めた。


「依頼書だとリコスだが、こりゃあティラスだな」

「ティラスだとすると群れは作って無いだろうな」

「だがリコスより数倍でかい。脚力も俊敏性も上だ」


 ラザンの睨んだ通り依頼書とは別の魔獣だったようだ。魔獣を発見する人は、魔獣を見たら逃げるのでじっくり観察しない。その為に間違いがよくあるのだそうだ。そしてここが大切だとラザンは言う。もし間違った情報のまま退治に向かうと、クレア達のように群れが出てきたり、馬鹿でかい魔獣だったりで危険だそうだ。戦い方も変わって来る。


「発見したら俺が引き付ける。ディナルは雷系の魔法で援護だ。トスブは脚を狙ってくれ。動きが鈍ったら一気にたたみかける。これがプランAだ」

「わかった」

「了解だ」

「もし失敗したら――」


 失敗した場合のプランBも話し合うラザン達。そして充分に作戦会議をしてから討伐に向かった。クレア達も見学する為について行く。


 魔獣が現れるとラザンが前に出る。魔獣がラザンに向かって飛びかかった。躱せるはずの牙の攻撃だったがラザンは躱さずに受ける。ガキンと音を立て牙と大剣が咬み合う。

 すかさずディナルが雷魔法を撃ち込む。魔獣は痺れて一瞬動きを止めた。

 その隙を衝いてトスブが足をハルバートで薙ぎ払う。魔獣の右前足が飛んだ。

 絶叫を上げる魔獣。

 ラザンは左前足を斬り付ける。魔獣が前のめりに倒れた所をディナルの氷の魔法が襲う。

 更にトスブが脇腹を突き刺し、ラザンが首を落とした。


 全く危なげない戦いだった。念入りな作戦を立て見事な連携であっという間に倒した。あの魔獣の強さから言えばラザン一人でも余裕で倒せるはずだが、もう少し時間が掛かっただろう。


「いくら作戦を立てたからと言って不測の事態もあるからな。今回は上手く行ったが、あらゆる事を想定しておいた方がいい」


 クレアは魔獣退治とは魔獣を見つけて倒せばいいだけだと思っていた。だが、下準備をするかしないかで大きく変わるのだと下準備の大切さを学んだ。


 ラザンはクレアとモンドに、先ずは自分の実力に合う物を選ぶ事だと依頼の選び方を教えた。クレアとモンドの依頼にはラザン達が付いて来て見ていた。

 ラザンの教えの通り入念な下調べと作戦会議をしたおかげで、初めての時のような失敗は無く、無事に退治に成功した。

 ラザンはクレアとモンドに剣の稽古も付けてくれた。


「いいかクレア、どんなに勇ましくてもお前は女だ。力で敵わない事もある。力で張り合おうとするな。力を受け流せ」


 クレアは鍛錬を重ねた。


 

 半年も過ぎると、クレア達は魔物討伐にも連れて行って貰えるようになった。


「今回は頭三つだろ。この前が五つ頭だったから余裕だな」


 冒険者として慣れて来たクレアは興奮気味に笑顔で言う。

 魔物は頭の数で強さが決まると言ってよい。


「魔物は突然変異みたいなもんだ。だから対策も立て辛い。余裕なんて無いんだ」


 ラザンはあくまでも慎重だった。いつも通り念入りに作戦を立てる。


「――と、こんな感じで行く。後は臨機応変に立ち回れ」


 突然変異で生じる魔物は同じ種類に会う事は滅多に無い。誰もが初めての相手である事が殆どだった。


 魔物はすぐに見つかった。


「いた。あいつだ」


 カブトムシのようだった。外骨格に包まれた五メートル程の大きな体に角が三つある。

 流石に魔物だけあって相手もラザン達に気付き、角を構える。


「行くぞ。クレアとモンドはその場で待機だ」


 ラザンとトスブが魔物に向かって行った。

 魔物の角の一本がラザンに突っ込む。ラザンは大剣で押さえこむ。


「くっなんてパワーだ」


 踏ん張っているラザンの足が地面をずりずりと後退りする。

 トスブはハルバートを振り上げ、斧を叩きつけた。だが固い外骨格の所為でびくともしない。


「かってえな」

 

 二本目の角がトスブに迫る。更に三本目の角が、一本目を押さえているラザン目掛けて横薙ぎにされた。

 トスブは二本目の角をハルバートで躱す。ラザンも飛びのいて躱した。

 ディナルが雷魔法を放つが、魔物は魔法防御も高くあまり効いていないようだ。

 角からは氷の魔法が放たれる。ラザンとトスブは魔法と角を躱しながら攻めあぐねているようだった。


 クレアにはラザン達が押されているように見えた。このままではまずいのではないか、とそんな焦りが生まれた。


「アタシも戦う!」


 クレアも魔物に向かって飛び出した。


「よし、トスブ腹――」


 ラザンが何か言いかけた時だった。クレアが走り込んでくるのが横目に見えた。ラザンに向かっていた一本の角が勢いよくクレアに向かって振り下ろされる。


「クレア!」


 クレアは躱す事が出来ず、ロングソードを盾にして押さえようとした。だが魔物の力の方がクレアより上回っていた。ロングソードごと吹っ飛ばされるクレア。


「が……は……」


 クレアの体は背中から太い木の幹にぶち当たり崩れ落ちた。


「ちっ。ディナル、クレアを頼む!トスブ腹が弱点だ。腹を狙うぞ!」

「オッケー」


 トスブはその場に土魔法で土台を作る。そこを支点としてハルバートでてこのように魔物を持ち上げる。すかさずラザンが潜り込み腹を斬り裂いた。


「ギュエエエ」


 魔物は悲鳴を上げる。更に追撃を掛けるラザン。

 やがて魔物は動かなくなった。そして魔物の腹の下から緑色の体液まみれのラザンが現れた。


「うわっ、きもちわりい」


 そうぼやきながら治療を終えたクレアの許へ向かう。


「クレア何で来たんだ?待機だと言ったはずだ」


 クレアは木の幹にもたれかかりながらラザンを見上げた。


「アタシだって手伝えると思ったんだ」

「手伝って欲しいなんて誰が言った?それに受け流すのも忘れて正面から受けるなんて、危険だって分かるだろうが」


 クレアはこの半年間魔獣と戦って来た。自分だって出来るんだという所を見せたい気持ちもあった。クレアの中に何で分かってくれないんだ、という苛立ちが湧く。


「危険?危険は承知だ。アタシだって冒険者だ。死ぬ覚悟くらい出来てる!」

「馬鹿野郎!そんな甘っちょろい考えで冒険者やってるなら今すぐ辞めちまえ!」


 ラザンは火山が噴火したかのように激しくクレアを怒鳴り付けた。

 クレアはビクッとしてラザンを見つめる。


「死ぬ覚悟と何時でも死ねるってのを履き違えるんじゃねえ!何時でも死ねるなんて考えるな。生きて帰る事だけを考えろ」


 語調こそ強いが、その目にはクレアを想う優しさがあった。


「いいか、俺達は自殺志願者じゃねえんだ。死ぬ為に冒険者やってんじゃねえ。生きる為に冒険者やってんだよ」


 ラザンは続ける。クレアを諭すように。

 生きる為。クレアもそうだった。家計を助けたいと思って始めた冒険者だ。死ぬつもりでやっているわけじゃない。


「どれだけ入念に準備しようが死は訪れる。抗えない死だってある。それでも何もしないよりはマシだ。何もしないで死ぬ時になって後悔しながら死ぬなんてクソったれだ。どうすれば生き残れるか、精一杯考えろ」


 真っ直ぐにクレアを見つめるラザン。


「死んでもいいって思うよりも、生きたいって強い思いが奇跡を起こす事だってあるんだぜ」


 クレアはコクンと頷いた。


 その半年後、クレアはラザンの許を離れ冒険者として独り立ちして行った。


 

 三年後、ラザンの耳にクレアがドラゴンを倒したという噂が入る。


「ラザン、なんか嬉しそうだな」

「まあな」


 ラザンは満面に喜色を湛えていた。


 その後もクレアの活躍は続き、冒険者クレアの名前は有名になっていった。



 王都ルネムに続く街道を、新緑の匂いを含んだ風が吹き抜ける。


「これ持って帰ったら、親父と母さんも少しは認めてくれるかな」


 そこには今まで貯めた金を手に、期待に満ちた顔付きで王都ルネムに向かうクレアの姿があった。


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