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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
20/33

第十九話 死の連鎖

 城を後にした璃采、ティティ、クレア、リズフィの四人はクレアの家に行った。

 

 そこで待っていたのはロドルーブの死を知らせる手紙だった。

 

 トレガ村を出る時、璃采がクレアと王都へ行くとニークや親しい村人に告げていたので、ニークがクレア宛に送って来たのだ。

 急いでいたからだろうか。手紙にはロドルーブが急逝したとしか書かれていない。

 一体どういう事だろうか。璃采がロドルーブの家を発った時はとても元気そうだった。魔塞病も治っていたはずだ。まさか完治してなかったというのだろうか。不安と後悔が入り混じる。


「すぐにトレガ村へ行きます」

「わかった。アタシも一緒に行きたい所だが、リト達だけの方が速いだろう」


 クレアに別れを告げ、璃采、ティティ、リズフィはトレガ村へ向かった。

 璃采は自分の目で確かめるまで信じたくなかった。何かの間違いだと、悪い冗談なのだと思いたかった。

 

 かなりの速さで飛んだので翌日の正午にはトレガ村へ着いた。

 璃采は急いでニークの所へ行き事情を聞く。


 ロドルーブが死んだのは半月前より少し前の事だという。発見したのはニークだ。ニークが半月前にいつものように食料や雑貨を届けに行くと既に死んでいたらしい。服に焦げ跡や無数の切り傷があった事から病気では無く殺されたと判断された。既に憲兵には知らせてあり、調べてはいるが犯人の見当は皆目ついていない。

 村人全員でロドルーブを家の近くに埋葬したそうだ。


「まさか大賢者様があんな事になるなんて」

 ニークは目を伏せがちにして、未だに信じられないという顔をしている。

 ロドルーブと言えば、戦闘の仕方の違いこそあれ英雄フォガートに匹敵する強さを持つ。そんなロドルーブを殺すなど一体何者なのか。


「僕達は家に行きます。何か手掛かりが残っているかもしれません。お墓にも挨拶しないと」

 そうは言うもののまるで実感の無い璃采であった。


 遠目に見えたロドルーブの家は何も変わっていなかった。ロドルーブがいつものように「おかえり」と言って璃采を出迎えてくれるのではないか。あの柔和な眼差しでもって「だいぶ王都に長くいたのじゃな。王都はどうじゃった?」と孫の話を聞くように璃采に聞いてくれるのではないか。懐かしい風景を見てそんな風に思える。

 だが近づくにつれ増して来る異様さに璃采は胸が痛くなった。壁は壊れ、所々に穴が開き、黒く焦げ跡が染みついている。璃采の顔が曇る。

 ロドルーブはどこにもいなかった。


 凄惨な様子の家の脇を通り抜け裏手にあるという墓地に向かう。

 ロドルーブの墓の前に一人の男が立っていた。

 ロマンスグレーの髪と赤茶けた瞳。


――なぜ彼がここへ


 大魔法使いスラーキュであった。

 璃采とリズフィは疑惑の目を向け身構える。


「その様子だとルデールの方は片付いたようだな」

 璃采の顔が緊張で強張る。

「そう身構えなくてもよい。ワシは敵では無い。ワシの魔法の師から言われていたのだ。アルディ王子殿下を助け、ヴィドル王子殿下に協力してほしいとな」

 その為にルデールに近付き取り入ったという。

 いきなりそんな事を言われても信じられない。王宮で見たあの目を璃采は忘れていなかった。


「あの、でも戦争の為に軍備を整えていると聞いたわ」

 リズフィも疑惑の目を向けている。

「ルデールは戦争するつもりだったが、ワシはそんなつもりは無い。ルデールとは利害が一致したから言われた通りに軍備の増強を図っていた」

「利害の一致?」

 軍備を整えてスラーキュにはどんな利があるというのか。謀反でも起こすつもりだろうか。


「ロドルーブに言われたのだ。何が起こるか分からない世界の終わりに備えて、軍備を整えておいた方が良いと」

「先生に?」

「ロドルーブとは旧知の仲だ」

 そう言ったスラーキュの目は深い悲しみで満ちていた。その目を見た璃采は緊張を解いた。

 そういえばティティは隠れもせず璃采の隣にいる。


「ロドルーブは国中、いや大陸中に名の知れた賢者だからな。死の知らせは城にも届いた。ワシは直ぐに飛んで来たのだ。もう一度語り合いたかった……」

 スラーキュの目の端が光ったように見えた。


「それにしてもあの時は驚いた。まさかロドルーブの弟子が王宮に来るとはな。王宮は厄介事が渦巻いているのだ。そこに自ら首を突っ込むなど自殺行為だ。何で来たのだと思ったわ」

 忌々しそうに璃采を見ていたというのは勘違いだった。悪意では無く、どうやら心配してくれていたようだ。

「心配していただきありがとうございました」

「心配などしておらん」

 スラーキュはそっぽを向いて小さな声で言った。


 ロドルーブの墓が目の前にある。本当にこの下に先生がいるのだろうか。

 璃采はそんな事をぼーっとした頭で考えた。そうしていると、ロドルーブが璃采を受け入れてくれた事、ロドルーブとの温かい日々、両親を亡くしてから初めて璃采の心が安らいだ事等が次々と心に浮かび、涙が溢れて来た。すすり泣きがいつの間にか嵐に変わっていた。


「ティティ。ニンゲンのおじいちゃんのこと好きだったよ……」

 ティティが墓に向かって呟く。泣いているようにも見えた。


 高く澄んだ美しい歌声が響く。この世界の讃美歌だろうか。リズフィがロドルーブの為に歌っていた。


 涙が枯れ果てるのではと思われる程泣き、泣き声が再びすすり泣きに戻った頃、スラーキュが言った。

「ワシは手掛かりを探しに家の中へ行こうと思うのだが、お前はどうする?」

「……僕も行きます」


 家の中へ入ると玄関ホールもまた悲惨な状態だった。ここで戦闘が行われたのだろうか。

 四人は書斎へ向かう。書斎にはロドルーブが調べたと思われる資料が散らばっていた。それは戦闘に因るものでは無かった。先生らしいや、と璃采は思った。


「どうやらロドルーブはこの数ヵ月の間に起きた殺人事件について調べていたようだな」

 資料には冒険者ラザンの事、チェルド共和国の冒険者の事、ロマノブ皇国の冒険者の事が詳しく書かれている。三人ともかなりの実力者だ。もう一つヘイス教についての資料も沢山あった。

「殺人事件とヘイス教は関係あるのでしょうか?」

「これだけでは何とも言えん。だがヘイス教に関しては、現在のヘイス教教団の資料では無く、ヘイス教初期についての資料が殆どだな」

 ロドルーブはヘイス教創立についても調べていたのだろうか。


 ヘイス教はこのシュナッガ大陸全土に普及している宗教だ。約四千年前、悪しき神により世界が滅ぼされようとした時、ヘイスという神が見を挺して世界を救った。それによりヘイスを唯一神として信じるヘイス教が誕生した。この位ならばこの大陸の人々は知っている知識である。璃采も以前ロドルーブから聞いた。


「リトー資料の下にこんなのあったよー」

 ティティが持ってきた紙はロドルーブが書いたメモ書きのようだった。既に字が読めるようになっていた璃采はその紙に目を通した。


 紙には『ヘイスによる封印?被害者は封印者?』と書かれていた。その紙をスラーキュにも見せる。

「封印者。聞いた事が無いな」

「私もヘイス教徒だけど、封印も封印者も聞いた事無いわ」

 リズフィもメモを見ながら考えるように言う。

 既に夜になっていた。その日はそのままロドルーブの家に泊まることにした。

 

 璃采はなかなか寝付けなかった。

 ロドルーブは誰に殺されたのだろうか。

 何故殺されなければならなかったのだろうか。

 封印者とは何なのだろうか。

 世界の終わりとは一体何なのだろうか。


 次々と答えの出ない疑問が浮かんで来る。だがこれだけは解った。ロドルーブ達の決断で璃采はここに召喚されたのだ。璃采の意思で召喚されたわけじゃ無いにしろ、人違いであったにしろ、召喚者である璃采にはロドルーブ達の願いが込められている。ロドルーブのやろうとしていた事を引き継ぎたい。ロドルーブの遺志を継ぎたい。璃采はそう深く心に刻み込んだのだった。

 

 翌日も璃采達は資料を調べていた。スラーキュは戦闘が行われたと思われる玄関を調べると言っていた。大魔法使いと呼ばれるだけあって、魔法の跡から使われた魔法や魔法の癖や人数等が判るという。そこから人物の特定が出来る場合もあるらしい。


「どうやら複数人、十人以上の犯行であるな」

 昼になり食堂へやって来たスラーキュが教えてくれた。やはりロドルーブ程の者に対するには一人では敵わないらしい。

「だが一人一人も相当な使い手のようだな。ロドルーブの魔法の威力が落ちている形跡があった」

 ロドルーブの魔力に干渉して、魔法を使い辛くしていた者がいたということだ。他人の魔力に干渉するのは、治癒魔法や回復魔法ではある事だが、戦闘時には魔法でバリアを張ったりしている為、容易では無い事だった。

 璃采は、大勢に囲まれて魔法を撃ち込まれているロドルーブを思うと胸が締め付けられた。


 食堂の壁に目をやると、熊手が立て掛けてあった。懐かしさが込み上げてくる。

「これ僕が貰ってもいいでしょうか?」

「いいのではないか。形見として大事に使ってやった方がロドルーブも喜ぶだろう」

 今も移動の際は璃采にリズフィが乗っているが、熊手があれば二人で跨って移動できるようになる。 ティティには僕ではなく熊手の方を飛ばして貰おう。そんな風に思いながら璃采は熊手を大事そうに掴んだ。


 その日の夕暮時の事だった。西に面した窓から金色の光が差し込む中、璃采達三人はロドルーブの残した資料を読み漁っていた。


「ひゃっ」


 璃采がリズフィのその悲鳴を聞いたのは三度目だった。一度目はネストルテの所へ向かう途中。二度目は半月以上前の事だった。毎回大丈夫だと言っていたので今回も大丈夫だろうと思っていたが、様子がおかしい。

「クレアが……クレアが……」

 顔面蒼白になり、両腕を交差させ、指が二の腕にめり込む程強く掴みながらガタガタと震えるリズフィ。異常事態だという事は誰もが理解した。


「落ち着いて、リズフィ。クレアがどうしたのか詳しく教えて」

「以前クレアと二人の時に感じたものが私の中に入って来たの。クレアの身に何かあったのでは――」

 それを聞いて璃采も冷静ではいられなくなった。

「直ぐに向かおう」


 璃采とリズフィは熊手に跨り、ティティにお願いする。ティティも熊手に乗った。

「ワシは暫らくここでもう少し調べているから、何かあったら来るがよい」


 スラーキュに別れを告げ、猛スピードで弾丸のように王都へ向かって飛んだ。璃采を飛ばすよりも熊手の方が扱い易いらしく、ロドルーブの家へ向かう時の半分の時間で王都まで戻って来る事が出来た。時速三百キロ近く出ていたのではないかと思われる。


 王都の近くまで来た時にリズフィが待ったをかけた。

「ルネムじゃないわ。こっちよ」

 リズフィはクレアの居場所が判るらしい。リズフィに案内され王都ルネムの街から少し離れた草原に着いた。

 東の空からは光が漏れ出し、白く薄らと大地を照らしている。


 地面にクレアがいた。首だけになって――


「……嘘だ」


 日本で普通に暮らして居た者ならば首だけの惨殺死体を見る事等まず無いだろう。璃采もそうだった。

 もし日本に居た時に首だけになった死体を見たら、心底震え、怯え、吐いていたかもしれない。


 目の前には、血の気が失せ目から光が消えたクレアの顔がある。

 オーラの光は微塵も視えない。

 璃采はその首を拾い抱きしめた。


「うぁーーーーー」


 咆哮とも悲鳴ともつかない声を上げる。

 璃采の胸は引き千切られ破裂してしまったかのように何も残っていなかった。

 

 今までも死体を見た事は何度もあったし、襲撃者を返り討ちに殺す所も見た。

 だが璃采は、ここは異世界だからと変に納得し深く考えずに流して来た。それは全く知らない赤の他人の死だったからだろう。


 やがて東の空から太陽が全容を現し大地を明るく染め上げて行った。



◇◇◇◇◇◇



 街道を二本の剣を背負った背の高い男が西へ向かって馬を走らせていた。


「なぁんか手間取っちゃったねぇ。六人目」

 何処からともなく現れた、顔に笑みが張り付いたような少女が話しかけるが、男は無視する。


「初めて見た時は何も反応しなかったんでしょ。二回目に会った時には反応するなんて不思議だよねぇ。譲渡があったわけでもなさそうだしぃ」

 男は無言のまま西を目指して走り続ける。


「なぁんか言ってよぉ。ボクだけしゃべってるなんて悲しいじゃん」

 少女は空から男の肩をつつく。それでも男は無言だった。


「大賢者も殺ったみたいだしぃ。もうこの大陸には用は無いかもねぇ。それにしてもぉ、なぁんの罪も無い女性をよくあんな風に殺れるねぇ。チシシシシ」

 少女は言葉とは裏腹に嬉しそうに残虐な笑みを浮かべ、からかうように言う。


「――全ては神の為」


 男は一言だけそう言うと、また無言で走り続けた。


お読み頂きありがとうございます。

これで第一章終了です。


第二章は一月中にはUP出来ると思います。

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