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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
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第一話  誘拐事件

 少年は頬に硬いものを感じた。日本の夏の蒸し暑さにうんざりしていた彼は、頬から感じる硬くてひんやりとした冷たさに心地よさを感じていた。頬だけではない。服の上からで判り辛かったが、全身がひんやりとしていた。

――寝ていたのか

 うっすらと目を開けるが真っ暗だ。

 暫らくして暗闇に慣れて来た目に映ったのは、見たこともない部屋だった。部屋といっていいのだろうか。教室ぐらいの広さだが高い天井の空間だ。

 少年はそこでうつ伏せに寝ていた。

 ひんやりとしたそれは石の床だった。窓は無いのだろう。目線を少し上げると、奥に机と思しき台と燭台が見えた。薄暗い中目を凝らしてよく見ると壁も石で出来ているようだった。

 あまりの心地よさに起き上がるのが躊躇われた。

――どこだ、ここは?

 何故ここで寝ているのだろうか。

 真っ先に思い浮かんだのが誘拐だった。



 藤堂璃采(とうどうりと )は、十七歳の高校二年生だ。

 苗字はついこの間までは塚本だったし、その前は田中だったし、その前は高橋だった。一番初めは青柳だった。璃采(りと)にとって苗字はあってないようなものだった。


 小学校1年生の頃、家族三人で旅行に出かけ、父親の運転する車によそ見運転の車が対向車線を越えて突っ込んだ。運転していた父親と助手席に乗っていた母親は亡くなった。後部座席にいた璃采も重体だったが一命を取り留めた。

 両親を無くし祖父母もいなかった為、遠い親戚の間でたらい回しにされた。どの家でも璃采の居場所はなかった。最初の家ではネグレクトされていた時もある。璃采の思ったことをストレートに言ってしまう性格が仇となった。小学校低学年では素直とも呼べるそれは、時に残酷な結果を生んでしまった。


 小学校高学年になると流石に判ってきたようで、璃采の方も感情を表に出さず空気のような存在になるように心掛けていた。

 転校が多いことと、いつも同じ服を着ていたこともあって小学校では苛められたこともあった。


 中学では苛められはしなかったが友達と呼べる者は一人もいなかった。

 口を開けば余計なことを言ってしまうのではないかと怯えていたのかもしれない。


 中学を卒業して高校生になると一人暮らしを始めた。

 幸い亡くなった両親の遺産で高校までは行かせてもらえた。

 その時の養父母は、家を出て行ってくれるのはこれ幸いと、一人暮らしの為の初期費用を貸してくれて保証人にもなってくれた。


 璃采には将来なりたいものがあった。あん摩マッサージ指圧師という国家資格が必要な職業だ。国家資格を取るためには大学へ行くか専門学校へ行かなければならない。

 璃采は専門学校の費用を稼ぐため、部活動もせずバイトに明け暮れる毎日だった。


 高校へ入学して間もない頃は、クラスメイトから放課後や休日に遊びに誘われることもあったがすべて断っていた。そんな生活のため、高校でも友達はいなかった。

 平日は家の近所のコンビニでバイトし、土日や長期休暇中は引越しのバイトをした。


 同級生は夏休みを満喫しているだろう八月の蒸し暑い日だった。

 引越しのバイトが終わり、夕方からのコンビニのバイトへ行くため駅への道を歩いていた。じっとりと額に汗が浮かんでいる。強い日差しは無いものの、午後六時を過ぎても暑さは和らいではいなかった。

 その後何が起こったのかよく解らない。

 一瞬目が眩んだのちに気を失っていたのだ。


――気絶させられて連れてこられたのか?だけど僕を誘拐して何の得が?

 バイト代は貯めているが、誘拐の身代金になる程では無い。今までの養父母の家も特別お金持ちの家は無い。

 誰かと間違えて誘拐されてしまったのだろうか。

 いや、知らないうちに誰かから拉致監禁されるほどの恨みをかってしまったのだろうか。

 それとも、何か見てはいけないものを見てしまって口封じの為に連れてこられたのだろうか。

だとすると、消されてしまうのだろうか。

 そんなドラマみたいなことを考えたが、心当たりは全くといって無かった。

 とりあえず起き上がり手足を動かして見る。痛みは感じない。暴行は受けていないようだった。それどころか拘束もされていない。誘拐にしては生ぬるい。


 かろうじて明りのある燭台の方に目をやると、机の近くにある黒い物体が動いたように見えた。

 近づいて行こうとすると足に何かが引っ掛かって盛大にすっ転んだ。

 石の床だけあって、思わずついた手と思い切りぶつけた膝に強烈な痛みが走る。

「いっつつつ」

 暗かったのでつい光に目が行ってしまい、足元をよく見ていなかったが、床に目を向けると多数の黒い物体が転がっていた。

 つまずいたそれに触れてみる。黒いのは布だった。その下の感触は腕だろうか。この物体は人間だった。

「あ、あのう……」

 恐る恐る声をかけてみるが反応が無い。

 顔を覗き込んで見る。目が大きく見開かれたまま固まっていた。

 そしてなにより息をしていなかった。

「し、しんでる?」

 他の物体も動く気配はなかった。一気に動揺が走り頭の中が真っ白になった。

――どうしよう、どうしよう、どうしよう、ヤバい、ヤバい、ヤバい

 何かとんでもない所に連れてこられたのだ。自分もすぐに同じように殺されてしまう。

 兎に角逃げなくてはならない。

 頭では危険だと警告を鳴らしている。立ち上がろうとしたが膝が震えているのか、転んだ時の傷が思いの外ひどかったのかうまく立てない。

 ――はやく、はやく、はやく

 心臓がドコドコ言っている。こんな心臓の重低音は今まで聞いたことがなかった。

 それでも心臓を押さえていると少し落ち着いた気がした。

 立ち上がろうとした時、背後に気配を感じた。

 

「気がついたようじゃの」


 ビクンと身体が硬直し、あれほどドコドコ言っていた心臓がピタッと止まった。息をしていいのかも判らなかった。

 逃げようと思っても、今の状態で立って走れるか判らない。

 頭が真っ白なまま、璃采は振り向きざまに一瞬で正座になり土下座した。

「ごめんなさい。僕は何も見ていませんし、何も知りません。どうか命だけは助けてください。今日見たことも決して口外いたしません。お願いします。お願いします」

 頭を床に擦りつけて嘆願した。

 殺意のある相手に無防備な姿を晒すのはよくなかったが、話しかけてきたのだから少しは話ができるかもしれないと思ったのだ。

 それにすぐに殺すつもりなら、気絶していた時に殺せたはずだった。


 しばらく頭を下げていたが何も言ってこないので、意を決し顔を上げてみた。

 話しかけてきた相手は老人だった。

 その顔は部屋の薄暗さと皺の所為でよくわからなかったが、驚いたような困惑したような表情に見えた。

「落ち着きなされ。何も取って食おうというわけではない」

 老人の声はしわがれていたが、優しく温かだった。

 その声に璃采は少し緊張が和らいだので聞いてみた。

「殺さないでくれますか。なぜ僕を誘拐したのですか。僕はお金を持っていませんし、誘拐されるような心当たりはありません」

「殺すなんてとんでもない。これは誘拐ではない。いや、これも誘拐になるのじゃろうか…」

 老人は困っているような声だった。

「わしらは誘拐したのではなく、そなたを召喚したのじゃ」

 問答無用で連れてこられたのだ。言い方を変えても同じなのではないだろうか。

「召喚とはどういうことですか。ここはどこですか。なぜたくさんの人が床で亡くなっているのですか。誘拐ではないということは無事に家に帰れるということですか」

 相手は老人1人。危害を加えられる様子もなかったので、璃采は疑問をぶつけた。

 申し訳なさそうに顔をしかめて老人は答えた。


「ここはシュナッガ大陸のシュオリブ王国のルイトゥ地方の西端じゃ」


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