第十三話 ビルの家
馬には休憩が必要な為、昼夜走り続けるわけにはいかず、夜は野宿をしながらの旅だった。
そうしてチェルド共和国との国境には十二日程で着いた。
ここでもロドルーブの手紙は役に立った。ロドルーブはシュオリブ王国だけでなくこの世界では有名らしい。
そこから半日ほど行った所に国境の町ヨンバイがある。そこにビル達は居を構えているという。
「アニキおかえりー」
ビル達の家へ行くと、十歳位の元気な男の子が出迎えてくれた。
髪は金髪だがルデールよりも白っぽくティティの髪の色に近かった。プラチナブロンドというのだろう。瞳の色は美しいヴァイオレットである。
「ようイル。隣のおばちゃんの言う事聞いてイイ子にしてたか?」
「二カ月近くも家を空けてしまいましたが、一人で大丈夫でしたかな?」
「平気さ。もう子供じゃないからな」
胸を張って言うイルと呼ばれた少年はどう見ても子供だった。
「おお偉かったなあ」
ビルはイルの頭をガシガシと撫でる。
「んで、そっちの人達は?」
「あー、こっちはクレア、冒険者だ。俺も何回か組んだ事がある。んでそっちの妖精連れがリト、オーラの魔法使いって呼ばれてる。妖精がティティ。しばらくここに居ることになった」
「へー、オレはイルってんだ。よろしくな」
「リトです。お世話になります」
ティティが珍しく興味津々といった様子でイルに近づき「うーん」と唸っていた。
「どうしたの?ティティ」
「んーわかんないー」
「まあ入れ」
ビルに促されて家に入る。なかなか広い家である。
家に入りビルがヘルムを脱ぐと短い金髪が現れた。顔だけなら見た事あったが、ヘルムを取った姿は、金髪の髪にコバルトブルーの瞳がよく映えて益々いい男だった。
というかこの世界金髪多いなと璃采は思った。
ダルの方も仮面を取る。中から出て来たのは精悍な顔つきの壮年だった。目尻に傷があり歴戦の戦士のような印象を受ける。じっと見ていた璃采は気付いた。ダルのオーラの色に変色個所があることに。
「ダルさん、魔塞病ですね?」
「これはこれは、流石と言いますか、ばれてしまいましたか」
これは一本取られたというような顔でにこやかに言うダル。
「おいおい隠してたのかぁ?」
「えっえっ。やばいじゃん。どうしよう。ダルが死んじゃうよ」
イルが狼狽えて慌てふためく。
「僕が治しますよ」
璃采はダルをベッドに寝かせマッサージをする。まだ軽症のようだった。
「これなら三日もすれば治りますよ」
「ありがとうございます。体が楽になったような気がします。何かお礼をしたいのですが」
「それなら、ダルさん。僕に剣術を教えてください」
ダルは「お安いご用ですとも」と快く承諾した。
「えっえっ。どういうこと?」
イルは今度は訳が解らないとあたふたしていたので、ビルが説明する。
「すっげー!リトってすげーな。アニキすげーの連れて来たな」
「ああ、リトもクレアも俺達に協力してくれることになった」
夕食後、これからの事を話し合った。
「俺達はルデールの悪事を暴くつもりだ。だが今のままでは憶測に過ぎない。証拠が必要なんだが――」
「なかなか尻尾を掴めないんだな?」
クレアは頷きながら問う。
「そうだ。王族専用通路が存在するからといって使ったと証明する事は難しいだろうな」
「レギールを見たと言っていた毒商人や近衛騎士達だって嘘を言っているようには思えませんでしたな」
ダルがお茶を啜りながら補足する。
「襲って来たやつらを逃がしたのはまずかったか?」
クレアは申し訳なさそうな顔になる。
「いや、あれだけ訓練された奴らだ。捕まえても吐かないだろうな」
「今の所打つ手なし、か」
皆黙って考え込んでしまった。
「あのう――」
その声に全員が璃采に注目した。
「魔女に聞いてみてはどうでしょう?僕は魔女がどういう存在なのかよくわかっていませんが、先生も魔女に聞いてみると出掛けて行かれたので、長い年月を生きている魔女なら何か良い知恵や魔法があるかもしれないと思ったのですが」
全員の目が険しくなる。「正気か?」とでも言いたげな目である。
「すいません。僕は世間の事に疎くて、世間知らずなもので……」
璃采は慌てて弁明した。
「その敬語といい、どこのお坊ちゃんだよ」
ビルは突っ込んだが、クレアが思案げな顔で言う。
「魔女か――それもいいかもな」
「っておい。魔女だぞ魔女」
「えー。魔女っていつもアニキが言ってる、『悪い子は魔女に食べられちゃうぞ』っていうあの魔女でしょ?」
ビルは信じられんという顔をし、イルは子供らしく恐怖の表情を浮かべた。
この世界の魔女とはなまはげのような存在なのだろうかと璃采は思う。
「そうですな。手立てが無いなら思い切った行動に出るのも一つの手かもしれませんぞ」
ダルもクレアと同じ意見らしい。
「ビル、怖いのか?」
「ちっげーよ。ただ魔女ってのは言い噂を聞かねーし、どこにいんのかもわかんねーだろ」
クレアが聞くとビルは答えるが、どこか言い訳がましく聞こえた。
「ふむ。北の魔女、東の魔女、南の魔女、西の魔女はそれぞれ各大陸に居ると言われておりますな」
璃采はロドルーブの講義を思い出した。
璃采達がいるのがシュナッガ大陸、内海と呼ばれる海を挟んで西にゼリメラ大陸、北にナッシュ大陸、南にティレマ大陸がある。
シュナッガ大陸の東には外海と呼ばれる海があり、外海を渡ってもゼリメラ大陸へ行く事が出来るかもしれないが、外海には強力な魔物がおり、船で渡る事は不可能だそうだ。
空を飛べるロドルーブでも、何日も続けて飛べるわけではない。途中に休める島などがあればよいが、全くの未知でありどの位の距離があるかも判らない。若い頃試してみたらしいが、島も見つからず断念したらしい。もし長距離移動が可能ならば新たな発見があるかもしれないと言っていた。
その為、西のゼリメラ大陸へ行くには、シュオリブ王国の西側のロマノブ皇国にある港町から出ている船で、内海を渡って行くしかないそうだ。
北のナッシュ大陸へは、ここシュナッガ大陸の最北端の海峡を越えれば行けるらしい。
南のティレマ大陸へ行く船は無い。ティレマ大陸は別名妖精大陸とも呼ばれ、人は住んでいないとされる。昔は近くまで船が出て漁を行っていたそうだが、ある時から海が荒れるようになり近付けなくなったという。
「南の魔女はまず会うのは不可能だな」
「西の魔女も、ゼリメラ大陸から来た者の話によると、全く所在が判らないそうですな。魔女など御伽話ではないかという者さえいるそうな」
「なら北の魔女か、東の魔女だな」
「東の魔女ならこの大陸におりますし、チェルド共和国の東部にいるという噂もありますな。一番会いやすいのでは?」
クレアとダルが話を進める。
「駄目だ。東の魔女は絶対駄目だ。東の魔女の噂を知らないのか?人を食べる凶悪な魔女って噂だぞ!」
ビルが思いっきり反対した。
「噂は噂だしな」
「いーやーだー。絶対行かないぞ」
まるで子供が駄々を捏ねるように言うビル。
璃采はふと気になった事を尋ねる。
「ビルさんておいくつでしたっけ?」
「二十二だが。なんだ?」
「いえ、何でもありません」
結局ビルの大反対により北の魔女の所へ行く事になった。北へ行くなら防寒具などの準備が必要だと、明日は買い物をし、明後日出発するということになった。
翌日買い物から戻ると家の窓に一羽の鳥が留まっていた。足には手紙が付いている。
ビルは手紙に目を通すと眉を顰めた。
手紙には、リズフィ王女がルデールに不信感を持ち始めた事、それをルデールに気付かれた為、危険な状態にある事、三日後にはリズフィは近隣の領地へ視察に行く事、その視察が罠で襲撃の恐れがある事等が書かれていた。
手紙は内通者からの物だ。
この鳥は連絡鳥と呼ばれる鳥で馬の三倍の速さで飛べる事が出来、休む事無く二日間は飛び続けられるらしい。
殆どの人は郵便を利用する。連絡鳥を所持しているのは権力者や金持ちしかいない。
璃采はビルという人物は一体何者なのだと思いを巡らせた。クレアは所持していないが、凄腕の冒険者では当たり前の事なのだろうか。一介の冒険者が一国の王の不正を暴こうという時点で荒唐無稽の話なのだが。
手紙の日付は昨日のものだった。
「急いで救出に行く」
ビルは今にも飛びだしそうな勢いだ。
「だがここからでは馬を飛ばしても十日はかかるぞ。どう考えても間に合わない」
クレアが冷静に言う。
「だからと言って見捨てるつもりか!なんとかなるかもしれないだろ!」
ビルはクレアに掴みかかりそうな勢いであった。
「――僕とティティが行きます」
そこへ璃采は名乗り出た。
「僕とティティならたぶん一日で行けると思います。ティティお願いできる?」
「うんー。リズがフコー、だめー。早く行こー」
「だがリト、君は戦えないだろ?もしまた襲撃されたらどうする。一人で行かせるわけにはいかない」
クレアが心配そうに璃采を見る。
「大丈夫です。僕に任せてください」
璃采はきっぱりと言った。
璃采には勝算があった。
皆心配ではあったが、オーラの魔法使いと呼ばれる璃采が自信を持って言うので、信頼し任せることにした。
「では、行ってきます」
そう言ってあっという間に上空に消えた璃采達を、皆は少し呆気にとられながら見送った。
璃采はいつものようにティティに運んでもらう。だがいつもよりスピードは速い。時速百キロメートル以上は軽く出ているのではないだろうか。ティティは自分で飛ばずに璃采に乗っている。自分で飛ぶよりも道具を飛ばす方が更に速く飛べるらしい。
息が出来ないとティティになんとか伝えると、風魔法でバリアを作ってくれた。
空を飛んでいるので国境を無視してシュオルブ王国に入った。
そしてほぼ丸一日で王都ルネムに到着したのだった。




