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オーラの魔法使い  作者: 白木渥真
第一章
11/33

第十話  王宮の闇

 翌朝、王の側仕えのメイドが王の寝室へ朝食を運んで行き、王の体を起して食べさせようとした。


「いつもすまんな」


 メイドは思わず持っていたスプーンを落として腰を抜かした。

「そんなに驚かなくてもよいであろう?」

「も、申し訳ございません」

 メイドは動揺しながらも急いで片付け、代えのスプーンを出して食べさせた。


 王が言葉を発したという事実は直ぐに王子達や病気を知る重臣や側近に伝えられた。

 間もなくレギール王子が王の寝室へやって来た。

「父上!」

「おおレギールか。丁度良い」

 声を掛けられ、レギール王子は目を見開いた。

「父上、これは一体どうしたというのですか?」

「どうしたも何も魔塞病が回復しておるということではないか」

「……そんなはず」

「リズフィが連れて来たオーラの魔法使いと呼ばれておる治癒師が優秀でな。リトという者だ」

「いつの間に!王宮の出入りは厳重なはず。警備の目を盗んで入り込むなど出来ません。どうやって連れて来たというのです?」

「それだけオーラの魔法使いが優秀な魔法使いであるという事なのだろう」


 転移の魔法は存在しない。王宮に使える大魔法使いでも王の寝室まで来ることは不可能だ。警備の兵を倒して来るなら可能だが。

 誰にも見つからずにとはどんな手品を使ったのか。レギール王子は怪訝な目をする。

「そのような得体の知れぬ者を寝室に入れるなど危険です。手引きした王女共々重罪に値します」

「リズフィとリトを罪に問う事は許さぬ。大丈夫だ、リトはロドルーブの弟子らしい。それにこの通りちゃんと回復しておるではないか」

「大賢者様の……ですが、回復がその者の所為とは言えません。毎日飲んでいる薬が効いて来たのやも知れぬではないですか」

「あんな薬役に立たんわ。あれを飲んでも日に日に酷くなる一方だった。今更効いてくるわけが無かろう?」

 毎日飲んでいる薬とはレギール王子が用意したものだった。レギール王子はギリッと奥歯を噛み締める。

「兎角だ。これよりリトを正式な私の治癒師として王宮に招く。王宮に入り込んだ罪に問う事も無い。これは王命である。一切の異議は許さぬ」


 その日の夕方、璃采のもとへ城から使いが来た。

 正式に王の招待を受けた璃采はメイドドレスから解放され、正面から城へ入る事になった。


 城の大きな扉から中へ入ると広いエントランスホールとなっていて、リズフィ王女が出迎えてくれた。

「よく来てくれましたわ、リト。さあ参りましょう」

 リズフィを先頭に璃采、近衛騎士と続いて廊下を歩いて行く。


 すると前から二人の近衛騎士を連れた人物が歩いて来た。

 リズフィ王女がサッと壁際に寄って道を開けたので璃采もそれに倣う。

 前から歩いて来た人物はリズフィ王女の前で足を止めた。肩甲骨位まである長い金色のストレートヘアで青い目を持つ美形だった。


「ご機嫌麗しゅうございます。レギールお兄様」

「ふん。そいつが例の者か」

「は、初めまし――」

「誰が口を開いて良いと言った」

 璃采が挨拶をしようとするとレギール王子に遮られた。

「所詮お前も愚民の娘。父上に取り入って何を企んでいる?」

 レギール王子はリズフィ王女を睨む。

「企むなんてとんでもございませんわ。私はただ父上がまた以前のようにお元気になられる事だけを望んでおります」

「ふん。どうだかな」

 リズフィと璃采を蔑んだ目で一瞥すると行ってしまった。


「リトごめんなさい」

「いえ大丈夫ですよ」

 璃采は気にしていないといった様子で微笑んだ。


 城の廊下を抜けると王宮へと続く中庭に出た。その中庭を囲うように回廊がある。

 広い中庭には様々な花が植えられ、噴水があり、ガゼボ(東屋)があった。ガゼボの中には二人の人物がおり、その内の一人がリズフィ王女達に気付いてやって来た。


「やあリズフィ。そちらが例の治癒師だね?」

「はい。お兄様。リトですわ」

 その人物を見た璃采は驚いて声が出ない。

 それを見たリズフィ王女は先程のレギール王子に言われた事を思い出した。

「リト、ルデールお兄様はとてもお優しいの。口を聞いても大丈夫ですわ」

「え?さっき?え?」

 璃采は目の前の人物の顔と、今自分が通って来た廊下の方を交互に見ている。

 その様子を見たルデール王子は微笑みながら言った。

「ああ、兄上に会ったのだね。私は弟のルデール。兄上とは双子なのだ」

 レギール王子とルデール王子はそっくりだった。

 顔だけ見て混乱していた璃采だったが髪型が違う事に気付いた。ルデール王子の方は髪の長さが顎位までしか無い。

 ルデール王子の事はリズフィ王女がよく話していた。

「初めまして。リトと申します。以後お見知り置きを」

「今日は父上の事をよろしく頼むよ。人を待たせているので、これで失礼するよ」


 そう言うとガゼボの方へ歩いて行った。

 璃采がガゼボにちらりと目をやると、中にいた初老の男性が璃采を忌々しそうに見ている気がした。

「一緒にいる方はどなたですか?」

 リズフィ王女に聞いてみる。

「王室お抱えの大魔法使いスラーキュ様ですわ。魔道士部隊の筆頭魔道士も務めるお方ですわ。お兄様は勉強熱心なのですわ」


 宮殿内から王の寝室へ行く為にはまず衛兵の間を通る。そこには見張りの近衛騎士達が居り、璃采達と共に来た近衛騎士もそこで待機する。

 衛兵の間の奥の扉を開けると王族専用通路のある控えの間に出る。更にその隣が王の寝室となっている。


 王の寝室に到着した璃采はマッサージを始めた。

 ここに来るまで璃采のローブの下の服の胸ポケットに入り出てこなかったティティは、「ふぁあ」と欠伸と伸びをしたかと思うと勢いよく飛び出して、何か面白い物はないかと探すようにあちこち飛び回っている。


 王は気持ちよさそうな顔をして言った。

「おお。この分だと明日には動けるようになりそうだ」

「はい。今までの経験だと、まだ歩くのは無理でしょうが、手を動かしたり身を起したりといった事は出来ると思われます」

「そうかそうか。本当にリトのおかげだ。褒美は何がよい?」

「ですから王様、まだ治ったわけでは無いのですよ」

「そうです。お父様、まずは早く治すことだけをお考えください」

「そうであったな。ハッハッハッ」

 王は晴れ晴れとした声で笑った。




 翌朝の事であった。

 璃采が診療所へ出掛けようとしていると、数人の騎士がやってきた。昨日の使いの兵士とは明らかに違う装いだった。

「あれ、まだお城へ行く時間じゃないですよね?」

「オーラの魔法使いリト、お前には王暗殺の容疑が掛かっている。大人しく来て貰おう」

 訳が解らないと言った顔で呆然と立ち尽くす璃采。

 騎士はそんな璃采をロープでぐるぐる巻きに縛り上げた。

「あの、騎士様。リトがそんなことをするはずがございません。何かのお間違いでは?」

 ローノンが騎士に請うように言う。

「レギール殿下の御命令だ。邪魔立てするなら全員連れて行くが」

 ローノンもルビアもクレアも何も言えなかった。

 容疑が掛かっているというだけである。璃采がそんな事をするわけが無いと信じていたので、ここで騒ぎ立てて大事にするよりも、きちんと調べて貰えれば璃采の容疑は晴れるだろうと誰もが思っていた。


 璃采はぐるぐる巻きのままロープで引かれて城へ連行されて行った。

 そして取り調べも無いまま牢へ放り込まれた。


「リトー」

 牢の隙間からパタパタとティティが入って来た。

「あれ、ティティ付いて来たの?」

「うんー」

 薄暗い牢の中を暫らくキョロキョロと見まわっていたティティは璃采に尋ねた。

「リトはどぉしてここにいるのぉー?」

「僕もわかんない」

 ティティは首をちょこんと傾げる。

「じゃあじゃあティティが聞いてきてあげるぅー」

「聞くって誰に?」

「んーこのお城に住んでる妖精ー」

「えっ?このお城にも妖精いるの?」

「いるよー。ティティわかるもんー。町にもいたよー」

「誰も見た事無いっていうのにそんなにいるんだ?」

「うんー妖精はぁニンゲンから隠れるのじょうずー。でもティティにはわかるのー」

「でもティティお城の中を動き回ったら危ないんじゃない?」

「大丈夫ー。ティティも妖精だから見つからないー」

 胸を張ってそう言うとティティは牢の隙間からどこかへ飛んで行ってしまった。


 牢の中ではどれ位の時間が経ったのかわからない。それでも結構な時間が経った気がする。

 璃采が暇だしちょっと寝ようかなと思った所へ、ティティが戻って来た。

「ただいまー。連れてきたぁー」

 誰を?と思った璃采が下に目線を向けると「よいしょっ」と言いながら牢を乗り越える小さな妖精らしき者がいる。

 羽は生えてない。青白い顔で、薄暗い牢屋の中でも猫のように光る目を持ち、赤っぽい髪と尖った耳が、ボンボンの付いたナイトキャップの脇からはみ出している。

「えっとこの人も妖精?」

「うんーピクシーだよー」

 妖精にも種族があるらしい。ティティはフェアリーと呼ばれる種族だそうだ。


「こんにちは。君は?」

 璃采はピクシーという種族の妖精に尋ねる。

「オレしってる。オレ、ネモ」

「えっと、僕がどうして牢に入れられているかわかる?」

「オレしってる。王サマしんだ。オマエはんにん。でもそれちがう」

「うん僕じゃない。じゃあ僕はここから出られるんだね?」

「オレしってる。オマエ、あしたしょけい」

「処刑!どうして?」

 璃采は訳が解らなかった。取り調べもされないままいきなり処刑とはどういうことか。

「オレしってる。オマエのしょけい、はやいほうがイイ。ついでに王女しょぶん」


 璃采は考えた。要するに、璃采を犯人として早々に処刑してしまった方が都合が良いということか。

 取り調べもせず、早々に処刑とはレギール王子には何か後ろめたい事でもあるのではないだろうか。

 王が死ねば次期国王にはレギール王子がなる。そうなった時、素早く犯人を捕まえたことで国民の印象も良くなる。


「ついでに王女も処分て、妹なのにどういうこと?」

「オレしってる。いちばんめの王子、王女きらい。いちばんめの王子と王女、母親ちがう。王女の母親みぶんひくい」

 璃采はレギール王子がリズフィ王女を愚民の娘と言っていた事を思い出した。


「リズフィ王女様が今どうしてるか知ってる?」

「オレしってる。王女とうの中。とじこめられた」

 リズフィ王女も王暗殺に加担したとして、幽閉されているという事だろうか。


 飛んでいたティティが疲れたのか璃采の肩に座った。

「ティティねー妖精探してる時聞いたのー。昨日の嫌な感じのニンゲンが言ってたぁー」

「嫌な感じの人間?」

「うんー金色の毛ー。明日はぁ次期国王としてぇー、んーと国民に力を見せるつけるぅー良い機会だってー」

 明日になれば処刑されてしまう。璃采はどうするべきか悩む。


「リトーここから出るぅー?」

「出られるの?」

「うんー魔法でどっかーんてやれば出れるよー」

「えっ。ちょっと待ってティティ。それじゃすぐ見つかっちゃうから他の方法を考えよう。リズフィ王女も助けないとね」

 璃采にはもう一つ聞いておかねばならない事がある。


「僕は犯人じゃない。ネモ、誰が王様を殺したか知ってる?」

「オレしって――」

 言いかけてネモはどこかへササッと消えてしまった。

 牢へ続く階段から足音が聞こえる。

 いつの間にかティティもどこかへ行ってしまっていた。


 近づいて来た足音は璃采の牢屋の前で止まった。フードを被っていて顔しか見えないが、その人物はレギール王子かルデール王子のどちらかであった。

「リトだったかな。君は優秀な魔法使いだと聞いてね。こんな牢屋すぐに逃げ出してしまうかもしれないと思って来たのだ」

「どういうことですか?」

「私は君が犯人では無いと知っているよ。悪いようにはしない。明日まで逃げるのは待ってくれないかな」

「でも僕は明日処刑されるんですよね?」

「ほう。そんな事まで知っているとは流石だな。だが安心したまえ。助けてやろう。だから明日まで待つのだ」

「なぜ明日なのですか?」

「今はまだ色々と揃って無いんだよ」

「助けてくれるというのは本当ですか?」

「本当だとも。だが仮に危なくなっても、君程の魔法使いなら逃げる位簡単だろう?」

「いえ僕は優秀ではありませんし、逃げる事も難しいでしょう」

「まあよい。どの道今逃げた所で逃亡生活を余儀なくされてしまうだろう。私を信じてくれないか?」

「貴方は、ルデール様ですか?」

「そうだよ」

 璃采は、リズフィ王女が言っていた事を思い出した。

 ルデール王子はすごく優しい兄で、いつもリズフィ王女の味方になってくれたらしい。レギール王子に辛く当られている所を庇ってくれたり、泣いていると慰めてくれたりしたものだと話していた。「一番尊敬できるお兄様で、ルデールお兄様の言う事に間違いは無いのです」と、まるで信者のごとく慕っていた。

 璃采は暫らく悩んだ末に答えた。

「――わかりました」


 ルデール王子が去った後、ティティがひょっこり現れた。

「ネモは?」

「んとねー今日はもう寝床へ帰っちゃったー」

「そっか。肝心なとこ聞けなかったな」



 冷たい塔の中でリズフィ王女は泣き崩れていた。

「ああ。お父様……。お顔の色も良くなり……お話も出来るようになりましたのに……」

 涙が止め処無く溢れている。

「リトは犯人ではありませんわ……あのリトがそんな事するはずありません……一体誰が……」

 ひとしきり泣いて少し落ち着いた頃、昔の事が思い出された。

 リズフィ王女が五歳位の頃だったか。


 リズフィ王女とフェルシュ王子は双子だ。

 二人とも二番目の王妃リュレによく懐いていた。リュレ王妃もまた二人をかわいがってくれた。

 温かい陽だまりの中、中庭でリュレが椅子に腰かけ、その両脇にリズフィ王女とフェルシュ王子がいる。

 リュレ王妃はアルディ王子を身籠っていた。


「おかあたま、おとうと?いもうと?」

「ふふふ、産まれてからのお楽しみよ」

「ぼく、はやくあいたいなぁ」

 三人は幸せな空気に包まれていた。


「愚民の子らめがっ。邪魔だ。私の視界に入るな」

 レギール王子だった。

「レギール王子、そのような事仰らずに、御一緒にお茶を楽しみましょう」

 リュレ王妃が聖母のような頬笑みを湛えて言うが、レギール王子は気に入らないといった様子だ。

「ふん。お前も父上に取り入ってうまくやったものだな。お前ら全員卑しい身分のくせに。お前ら双子の母親など元々はそこの女の側仕えではないか」

 リズフィ王女はとうとう泣き出してしまい、フェルシュ王子も泣きそうな顔をし、リュレ王妃は困った様子だった。


「おい!リズとフェルを苛めるな!」

 そこへ止めに入った人物がいた。

「なんだと!」

「兄上も王になるつもりなら、その言動をやめた方がいいぞ!」

「ふん。もういい。行くぞ、――ル」

 レギール王子は行ってしまった。


「ほらリズ泣くな。これやるから。フェルもほら」

 そう言うとその人物はリズフィ王女とフェルシュ王子にクッキーを渡した。

「さっき調理場からくすねて来た。来客用に用意されてたみたいだけどな」

 太陽のような笑顔で笑う人物を見てリズフィ王女は泣きやんだ。

「――ルおにいたま」


「リトは大丈夫なのかしら……いえ、またあの時のように、きっとルデールお兄様が助けてくれるはず」

 そう信じて待つしかリズフィ王女に出来る事は無かった。

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