第九話 王女の嘆願
それから十日が過ぎた。
重症患者だった者も完治し、オーラの魔法使いが魔塞病を治すという噂は王都中に広まっていた。来る患者の数はものすごく増えていたが、それに比例して従業員はレントも入れて十人に増えていた。
診療台は十台しかない為、璃采は各台を回りながらオーラを視て施術個所を指示したり、アドバイスしたり、一緒に揉んだりしていた。
レントや初期の三人は既に自分で魔力溜りを感知しマッサージを施せるようにまでなっていた。ただ完治したかどうかは璃采がオーラを確認しなければならなかったが。もし璃采がいない場合は、患者が健康時のように魔法が使えるようになったか等、経過を見ながら判断していくことになるだろう。
「あ、あのう」
鈴虫のように高く澄んだ、それでいて凛とした張りのある美しい声が聞こえて、璃采は声のした方を見た。
「こちらにオーラの魔法使い様という魔塞病を治せる方がいらっしゃると聞いて……」
そう言いながら少女は目深に被っていたフードを外した。
そこには超絶美少女が立っていた。
陽に透けてキラキラと光り、腰まであるゆるくウエーブ掛かった銀髪。アーモンド形でペリドットのように澄んだ淡いグリーンの大きな瞳。離れた場所からも長いと分かる銀色の睫毛。小さめだがしゅっとした高めの鼻。桜色の形の良い、少しだけ口角が上がって見える口。毛穴など存在しないかのように滑らかな陶器のような白い肌。
「え…あ…あの…はい」
吸い込まれるように少女を見つめていた璃采は、久しぶりにどもってしまった。
ティティがにやにやしながら璃采の髪を引っ張る。
「いてっ」
その様子を見てクスッと口元を緩めた少女に、璃采は再び目を奪われてしまう。
「そのオーラの魔法使い様というのはどちらでしょう?」
「それは…その…僕です」
少女は「え?」と少し驚いたような声を上げた。
「あ、大変失礼いたしました。魔塞病を治せるすごい魔法使い様だと聞き、もっと御高齢の方かと思っておりましたので」
「すみません」
璃采は日本人だからなのか、少女に圧倒される何かを感じたからなのか、なぜか謝ってしまった。
「それでオーラの魔法使い様、一緒に来ていただきたいのですわ」
璃采は少女をまじまじと見た。高級そうな金刺の入ったローブを羽織り、膝丈のワンピース、いやドレスといっていいレースがあしらわれた上品で優美な服を着ていた。この辺りの一般人ではまず無いだろうという事が窺えた。
貴族だろうかと璃采は思う。これまで貴族が接触してきた事は無かった。懐疑的であることと庶民の胡散臭い金儲けの一種だとでも思っているのではないかとはクレアの意見だ。
「どこへ行けばいいですか?」
「あの、ちょっとここでは言い辛いのですが……」
どうしましょうとオロオロしていたので、璃采はその日の診療が終わるまで待って貰えないかと尋ねると、少女は了承してくれた。少女は邪魔にならないように端の方で診療の様子を興味深そうに見ていた。
診療が終わり璃采は少女をクレアの家に案内した。家族勢ぞろいのテーブルの一か所に席を設けられて座った少女は、戸惑いながらも自己紹介をした。
「私はリズフィ・リベイラ・シュオリブと申しますわ」
その名前を聞いてもポカンとしていた璃采達だったが、少しの間の後一斉に「えええーっ」と近所迷惑な声を上げた。
「リズフィ…様……というとこの国の王女様ですよね?」
「はい」
リズフィ王女は殆ど人前に姿を現さない為、一般人で見た事のある者はいなかった。
「では来てほしい場所とは――」
璃采は嫌な予感がした。
「はい。王城ですわ。正確には王宮ですが。これは他言無用でお願いしたいのですけれど――」
その場にいた全員がゴクリと唾を飲んで緊張した面持ちで王女リズフィの話を聞いた。
「お父様が魔塞病になられて病床に臥せってしまわれましたの。この事は家族と一部の重臣達しか知りませんわ」
その後、王族のコネと金と権力を使いあらゆる手を尽くしてみたのだが、やはり治る様子は無かったらしい。
「もうオーラの魔法使い様しかおりませんの。どうかお父様をお助け下さい」
リズフィ王女は必死に嘆願した。
クレアは自分と重ねているのかシンパシーを感じているようだった。
璃采はふと疑問に思った。
「王女様なのに何故一人でいらしたのですか?普通は護衛の方とかいらっしゃいますよね?」
「それは……私はオーラの魔法使い様のお噂を侍女に聞いて、お父様を診ていただけるようにお兄様に訴えたのですが……」
第一王子のレギールはどこの馬の骨ともわからぬ庶民を王宮へ入れるなど言語道断だと却下し、第二王子のルデールはリズフィ王女を気にしながらも、レギール王子には逆らえないとの事だった。
「私の権限では庶民の方を城に呼ぶ事は出来ないのですわ。ですが私はどうしても諦めきれずに、こうして一人で参ったのですわ。お父様の御病気は内密にしているので、供を付けるわけにはまいりませんでしたの」
「ですが、それでは僕が行くことは出来ませんよね?」
「はい。ですからコッソリと忍び込んでいただきたいのですわ」
璃采の嫌な予感が的中した。
かわいい顔をしてとんでもない事を言う王女様だなと、その場の全員が内心呆れていたに違いない。
「そんなこと、何の力も無い僕には無理です。もし見つかったら重罪ですよね?」
「大丈夫ですわ!お父様がお元気になられればどうとでもなりますわ!」
璃采はえーっ!と再び叫びたい気分だった。なんと大雑把なことだろう。
「どうかお願い致します。オーラの魔法使い様にお縋りするしかないのです。このままではもうすぐお父様は……。お母様もお亡くなりになられてしまわれた。かわいい弟のアルディも亡くなってしまった。優しかったリュレお義母様もそれ以来離宮に籠ってしまわれた。ヴィドルお兄様もいなくなってしまわれた。フェルシュお兄様も王宮を離れてしまわれた。もうこれ以上誰もいなくなって欲しくないのですわ。ですからどうかお願い致します」
途中から涙声になり身の上話に変わっていたが、リズフィ王女の必死な気持ちは伝わった。
璃采は見捨てることは出来なかったし、オーラが視える力を役立てたいという気持ちもあり、不安を残しながらも承諾した。
翌日の診療を終えた夜、璃采とリズフィ王女は地下通路を歩いていた。
「私はこれでも王族ですの。王族しか知らない抜け道を知っているのですわ」
なぜか自慢げなリズフィ王女だったが、それよりも璃采は違う事で頭を悩ませていた。
――どうしてこうなった
璃采から城へ行くという了承を得たリズフィ王女は準備があるからと、その日は一人で城へ帰って行った。
そして今日、診療を終えた頃やって来て言い放ったのだった。
「これに着替えてください」
「……これって」
それはメイドドレスだった。
「私は昨日オーラの魔法使い様のお顔を拝見してピンと来たのですわ。私の侍女としてお城へ行けば怪しまれないと!」
とても良い案を思いついたと得意満面のリズフィ王女。
いくら少女っぽい顔の璃采でも女装に抵抗があった。
学校の文化祭等の場では良いかもしれないが、女装をして王様に会おうというのである。それは流石に失礼なのではないだろうか。
璃采は渋っていたが、結局他に良い案も浮かばずにしょうがなくメイドドレスに着替えた。
「ああやっぱり!私の見る目は間違っていなかったのですわ」
「リト、どこからどう見てもかわいい女の子だ」
クレアは娘の晴れ姿を見る父親のような顔で言う。
「はい。このドレスだと足まで隠れているので脛毛を気にしなくていいからよかったです。じゃなくてですねっ!」
「あら、とてもよく似合ってるわ」
「うんうん、クレアよりきれいだよ」
ルビアもローノンも微笑ましいものを見るような目だ。
「兄ちゃんかわいい」
「メイドさんのドレス、フリフリでかわいいね」
「リト、フコー。リト、フコー」
「あ、そんな男性のようなしぐさをしては駄目ですわ。もっと女性として女性らしく振舞わないといけませんわ」
こうして璃采は立派な男の娘になった。
「ちがーう。心は男の子ですからねっ」
誰にともなく言い訳する璃采であった。
璃采は何か腑に落ちないと思いながらも地下道を歩いて行く。
ティティは今も「リト、フコー」とニマニマしていた。
「これはティティがやった事じゃないのにいいの?」
璃采がティティに尋ねると、
「うーん。なんかティティ満足だからいいのー」
璃采は「はぁ」と溜息をついた。
「オーラの魔法使い様、昨日は聞きそびれてしまったのですが、そちらの召喚獣は?」
「あ、ティティは召喚獣では無くて妖精です」
「まあ妖精さん?」
リズフィ王女の瞳が宝石のようにキラキラと輝いた。
「うんー。ティティは妖精のラエティティアだよー。リズもティティって呼ぶといいのー」
「こらティティ王女様にリズなんて失礼だろ」
「いえいいのですわ。妖精さんの世界は人の世界と違いますもの。ティティお目にかかれて嬉しく思いますわ」
「あ、僕の事もオーラの魔法使いだなんて大袈裟です。リトでいいですよ」
「ではリト様」
「様も要りません。僕はただの庶民です」
そうしている内に広間のような場所に出た。そこにはいくつかの螺旋階段が上へ伸びており、その一つをリズフィが登っていき、その後を璃采は付いて行く。
階段を登りきったところには扉があった。
「この先はお父様の寝室の隣の控えの間に続いていますの。控えの間の隣は衛兵の間になっており近衛騎士が待機しておりますので、くれぐれも声を上げぬようにしてください」
そう言うと横開きの扉を開け中へ入った。扉は暖炉の中に通じていた。
そして隣の王の寝室まで誰にも見つかる事無く無事着いたのだった。
王の寝室だけあって豪華な装飾品で飾られた天蓋付きの大きなベッドがあった。それを見ただけでも璃采の緊張のボルテージが上がって行く。
「お父様、オーラの魔法使いであるリトをお連れしましたわ。どうかお体に触れることをお許しください」
王は重症らしく話す事が出来なかった。五十歳位に見えるその顔は蒼白だが威厳があった。
「し、失礼します」
璃采は極度に緊張しながらもマッサージを施していった。
その後、家に帰った璃采はどっと疲れて泥のように眠ったのだった。
三日目になると王は起きられないながらも会話は出来るようになっていた。
「ああ。またお父様とお話が出来るようになるなんて夢のようですわ」
「本当に。私も夢を見ているのではないかと思うよ。リトだったか。感謝する」
「王様、まだ完治したわけではございません。お礼を頂くのはまだ早いですよ」
「そうか。しかしまさか魔塞病が治るとはのう。それにこのマッサージとやらの何と心地よい事か。リトはどこで修業をしたのだ?」
璃采は一瞬考えてから答えた。
「はい、大賢者ロドルーブの下です」
「おお。ロドルーブの弟子だったか。ならば安心だ」
「お父様、実はリトを連れてきたのは私の独断なのです。レギールお兄様には却下されてしまったので。ですので、もしリトがレギールお兄様に見つかってしまっても罪には問わないでいただけますか?どうか寛大なご処置を」
「命を助けて貰って、褒美をとらす事はあっても罰を与えることなどない。とんだ恩知らずの王だと庶民にも他国にも見放されてしまうわ。レギールに勝手な事などさせん。レギールには私の方から話しておくから安心せい」
「ありがとうございます。お父様」
「だがよくこの部屋まで誰にも見つかる事無く来られたな」
「あの……それは……」
さすがに王族しか知らない秘密の通路を使って来ましたなどと言えばリズフィ王女にも罰が下ってしまう。だがリズフィ王女は――
「王族専用の通路を通って参りましたの。ごめんなさいお父様。私ならいくらでも罰を受ける覚悟ですわ――」
「よいよい。私の事を思っての事であろう?この事は私の胸にしまっておこう。だがリズフィ、他の者には他言無用であるぞ。リトもよいな」
話してみると結構気さくな感じの王に、璃采は人心地が付くと同時に好感を持った。




