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安直短編集

みかん

 ……僕はふと足を止めた。

 何気ない晴れの日、

 時代遅れの田舎の村の一角。

 散歩をしていた僕は、ふと、そのみかんの木が気になった。

 塀の向こう、その家の人が趣味で植えたのであろう、僕が幼いころからある一本のみかんの木。

 いつもはきれいな緑色をしているのに、それはしばらく世話をされていなかったのだろう。少ししおれて元気が無かった。

 ……それは好奇心からだろう。

 僕はそれが少し気になった。

 そしてジョーロを持ってきて、少し水をあげた。

 次の日。

 みかんの木は昨日より元気になっていた。

 僕は何だか嬉しい気持ちになった。

 それからしばらく、僕はそのみかんの木に通った。

 何だか少し恥ずかしかったから、こっそりと。

 でもちょっとは気づいてほしいかな、なんて思って。

 時には水だけでなく、自分で調べて肥料などもあげたりしてみた。

 そして、最初は元気が無かったそのみかんの木は段々と元の色を取り戻しはじめ、そして実をつけ始めた。

 僕はそれが嬉しくて、また通った。

 この実が色づいたら、どれだけおいしいだろう。

 うんと甘いに違いない。

 そう思うと、何だか楽しみになってきた。

 ……でも、僕は知っているんだ。

 君は僕のところに来ないことは

 僕が君を食べられないことは

 だけど、君が悲しむのは見たくないんだ

 いつも元気な君でいてほしい

 だから僕は通った。

 晴れの日も、風の日も、雨の日も、

 分厚い皮を被った、繊細な君のことが気になって

 色付かないでと思いながらも、色付くことが嬉しくて

 ……そしてある日、君はついにきれいな橙色になってしまった。

 これならきっと、明日にはとられてしまうだろう。

 ……でもこの木は、僕が世話をしたんだ

 僕が水をあげ、僕が肥料をあげて、僕が毎日鳥に食べられないように見守ったのだ

 でもこの家の人が世話をしているところは見たことがない

 全部僕がしたんだ

 僕がこの木の世話を全部したんだ!

 なら……一つくらい、

 この実の一つくらい貰っても……

 僕は、その甘い香りに誘われて、手の伸ばす。

 そしてその身に触れそうになったところで、手を引いた。

 僕はそのまま庭から出て、最後にチラリとその木を見て、家に帰った。

 ……それからしばらく、僕はその庭の前を通らなかった。

 なんだか未練がましかったから

 きっともう食べられてしまっているだろう

 そう思いながらも、頭の中ではあのきれいなみかんがまだ実っているのを想像する。

 そして時間がその記憶を風化させてくれることを願いながら、僕はいつもの日々を送った……



 ……いつもの朝。

 僕はいつも通り仕事に行くために車を走らせていた。

 田舎道はどこから人が出てくるか分からないからスピードを落とさなければならない。

 と、今日は燃えるごみの日だったらしい。

 若い男の人が、橙色でいっぱいになったゴミ袋を満足そうに持ってきているのが見えた。

 ……田舎道は危ないからゆっくりと走行しなければいけない。

 僕はきゅんと締まるような胸の痛みに、ふと自嘲気味に笑った。

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