潜入
2人で話し合った結果。結局『灯曇の会』に、潜入することとなったのは《合田》となった。
彼は、これとは別に『小笠原研究所』の《門田》にも扮しているが、ある程度は小道具で顔を隠せそうだ。
今回は、栗栖には合田のフォローにまわって貰うことにしてもらった。
合田は、ボサボサにした髪に黒縁メガネ。耳にはイヤホンマイク。
教団のシンボルである、カラスをモチーフにしたバッヂをしており、この裏にマイクを仕込む。
信者の服装は、ネズミ色の麻の服に前をボタンで閉めるようにしてあり、合田は二番目のボタンに隠しカメラを仕込んでいる。
『あ〜、あ〜。マイクのテスト中、マイクのテスト中。合田くん、教団の様子はどうですか?』
「‥‥‥別に。なんの変哲もない、コンクリートの打ちっぱなしだけど」
それは、情報屋が言ってたような寺院独特の煌びやかさとは無縁の場所であった。
それもその筈、ここは信者たちの憩いの場。入信者も最初に通される場所だということである。
これは、所長の田尻から聞いた話だから確かである。
しばらく何日かは、ここで様子見。そんな、悠長なことも言ってられないが、問題は山積みで一つ一つ片付けていかないといけない。
「それでは、合田さん。こちらへどうぞ。これから、皆さんに紹介しますからね」
田沼所長に言われ、ミーティングルームに付いて行く。
歩く度に、信者らしき人物たちに会うが、彼らは一様に穏やかな顔をしており、拭き掃除や掃き掃除などをして部屋中をピカピカにしていた。
あまりにも、にこやか過ぎて不気味に見えた合田は、そのことを所長に聞いてみた。
「彼らはね、昔の話なんですが様々な事情があって、この『灯曇の会』に入った方々なんです。そう、もう過去の話なんですよ。今となっては、改心をいたしまして勤労奉仕などをして、皆様の役に立つように我々は務めております」
え? まさか、そんな偽善者っぽい答えが返ってくるとは思わなかった。
なんだよ。すっごいマトモな教団に見えるけど?
やっぱ栗栖さんの言う通り、先に潜入した奴は、女とどっかにシケ込んだか。それとも、金だけ貰ってトンズラしちまったんじゃねぇか?
すると、合田の心の声が届いたのか『俺も、そう思う』と、マイクから栗栖の声が聴こえてきた。
‥‥‥でも俺は、今日から泊まり込みなんだよなぁ。耐えられるかな?
この和やかな雰囲気に慣れていない合田は、反対に不安になってきた。
なんせ、今まで〝穏やか〟とは無縁の生活を送ってきた彼は、心が押し潰されそうなる。
「まぁ、兄ちゃん。こっち来て昆布茶でも飲まれぇ。一体、どこから来なすったんじゃあ?」
こらぁ、どうも。と渡されたのは、〝昆布茶〟と〝煎餅〟と〝梅〟の《お茶3点セット》である。
なんか、調子が狂うなぁ。と思いつつ昆布茶を啜っていると、いきなり田沼所長の怒鳴り声が響いてきた。「小田切。また、お前か!」と‥‥‥‥
おっ、ヤッタ! 規律を取り乱してくれる輩が現れたか! 合田は、やっと仲間が出来たと思って振り返ると。
なんと顔中に、竜の彫り物をしたスキンヘッドの男が!!! たたし‥‥‥手元には数匹の小動物を抱えていた。
耳の短いウサギのように見える動物たちは、彼の腕の中でピスピスッと鳴いて小刻みに震えている。カァワイィィ♡ じゃねぇよ!
根本的に、イメージが覆っちゃったじゃねぇか!
せっかく、一緒に暴れようと思ってたのに。
その《小田切》という男は、所長に散々叱られ、小動物を取り上げられると、肩をシュンと落としてトボトボと歩き出した。
「あ‥‥あの、彼は何かしたのですか?」
すると、返ってきた答えが意外なものだった。
ああ‥‥‥ここでは、動物を飼っちゃ駄目なんだよ。
それなのにアイツはな、飼育部屋から盗み出して個人で飼い始めたんだよ。
それを聞いた合田は、呆れたように小田切のションボリした背中を見るが、合田の耳に装置したイヤホンからは、深刻そうな栗栖の声が聴こえてきた。
『小動物‥‥‥モルモットか?』
多分。ボタンに仕込んだカメラから、一部始終を見たであろう栗栖は、合田に支持を出す。
なんか、あの男の行動が気になるな。ちょっと、アイツの後を尾行してみろよ。
この教団は、慈善事業に勤しむ慈善団体っていうだけあり、ボランティアや支援に力を入れているみたいだ。
ミーティングや打ち合わせにも余念がなく。この日は、これだけで一日が終わってしまった。
‥‥‥まったく、命令するヤツは楽だよなぁ。誰が、好き好んでヤロウの後を尾けなきゃイケねぇんだよ!
ブツブツ言いながら、小田切の後を尾けてると、そのまま自室に戻ってしまった。
うわっ、部屋に入っちゃったよ。
合田が、小田切の部屋前で立ち往生していると、スーッと部屋の引き戸が開いた。
「貴様。ここで何してる?」
‥‥‥まさかの、絶対的ピンチ!?