大蛇を飼う女
先程まで、栗栖らの話しを黙って聞いていた新庄という女性が、一言口を開けば不平不満を洩らすようになる。
いかにもインテリっていう雰囲気の黒縁メガネに、長い黒髪を後ろにひとまとめにしている。
栗栖は、そんな彼女を見て思った。気が強くて、我が強い女‥‥‥うん、俺の好みにピッタリだ。
「所長。簡単に彼らを信用していいんですか? 大体、記憶喪失だっていうのに此処まで辿り着けたというのよ! そんなサングラスまで掛けて、偽者じゃないのなら取りなさい」
けたたましく、騒ぎ立てる彼女の言葉に《立石》と名乗る栗栖は、やれやれといった風に車椅子に座る《門田》の(実は合田)サングラスを取ると、研究員たちの顔もスッと変わった。
「か‥‥‥門田だ。その顔は、確かにそうだ!」
一人の研究員が、ガタガタと震え上がり他の研究員たちが宥めすかす。
《門田》と同じ顔。特に決め手となったのは、左側にある涙ボクロ。これには全員が納得したようである。
そして、所長が問う。どこで彼が発見されたのですか? と。
さあ? 私は門田氏を研究所にお連れするようにと、ボスに言われたまでですので‥‥‥
そうやって栗栖は、軽く言葉を濁した。
暫くは、渋顔の小笠原所長だったが腹に決めたのか、詳しい話しは違う場所へと栗栖に‥‥‥いや、ここでは《立石》と名乗る男と隣の部屋に移動した。
一方、合田の方はというと‥‥‥
「ちょっと、あなた達は仕事に戻っててちょうだい。私は彼と話しがあるから」
いきなりの言葉に、他の研究員たちからは不安がる声が聞こえてきた。
今は、話せそうな状態ではないのでヤメた方がいい。などと、研究員たちが制止しようとするが。それらを振り払い、新庄は車椅子を押して空いてる部屋へと籠もった。
‥‥‥ガチャリと、鍵の掛かる音がした。
それに驚いたのは《門田》に扮した合田だった。
それは予想外の出来事だった。予定では、合田を研究所に連れていき盗聴器やカメラなどを設置してから、今日のところは帰るつもりだったのだ。
‥‥‥それが、いきなり軟禁状態。しかも、俺は気性の荒い女は苦手なんだよ。一体、ここで何をやらかすつもり‥‥‥
さっきまで、不満タラタラに思っていたのが一点に釘付けになる。特に左乳房の辺り‥‥‥
「フフフッ。アナタは、私の胸を見るのが好きだったわよね」
そう言うと彼女は、おもむろに着ていた白衣や服を脱ぎ始め、下はスカートを履いているが上はブラジャー姿になる。すると、先程から気になっていた部分が姿を現した。
(はぁ? この女、なんで刺青を彫ってやがるんだよ!)
《新庄》というガチガチのプライドの下は、青蛇の棲家だった。清潔なワイシャツの下には似つかわしくない赤眼の大蛇が、彼女の豊満な胸に這いつくばるように彫られていた。
宿主は言う。これは、アナタの好きなモノよ、もっと近くで見てもいいわ。と‥‥‥
一体、2人はどういう関係なんだ。
恐ろしげながらも、目が大蛇から離せる事ができなかった。
‥‥‥一体、どうすれば? 戸惑う合田の目の前で、ブラジャーを外そうとした、その時。ドアの向こうではコンコンと叩く音がし、栗栖の声が聞こえてきた。
「お嬢さん、悪いけど交渉は決裂だ。今日のところは彼を連れ帰らせてもらう」
助かった! ちょっと残念だけど、下手にボロが出るよりかはマシだ。
途中で、情事を止められた新庄はチッと舌打ちし、ブラジャーの上に白衣だけを羽織り、バンッとドアを開けて栗栖を睨み付ける様に出て行った。
栗栖の方はというと。悪りぃ悪りぃと言いながらも、鼻の下を伸ばして新庄女史の胸の谷間を覗こうとしていた。
「悪かったな、お取り込み中のようで」
全然、悪びれる風もなく。顔をニヤニヤさせながら合田の元へと寄って、車椅子を動かし始めた。
遠くの方では、所長の声が聞こえてくる。こんなことをして許されると思ってるのか? と‥‥‥
それに栗栖は答えた。だったら、警察にでも行くんだな!
何があったんだよ? 小声で栗栖に問い掛けるが、彼からの返答は前を向いとけだった。
「それよりも、この研究所はキナ臭さMAXだ。突いたらボロが出るぞ〜」
そういうと栗栖は、合田と車椅子をミニワゴンに押入れ、研究所を後にした。
それから彼が合田を連れてきたのは、港近くの大きいコンテナが並ぶ場所だった。
ここは、栗栖個人が借りている場所で十畳の場所に段ボールや木箱を積み上げていて、彼はそこには目もくれず嵌め込み式の取っ手で、人一人が入るくらいの床を持ち上げた。
すると、そこには地下に通じる階段があり、簡易式のベッドとソファーに空調設備も整っていた。
まぁ、座れよ。栗栖は、合田にソファーに座るように促すと、彼は冷蔵庫からミネラルウォーターとビールを取り出した。
「悪ぃけど、水とビールしか飲み物ないんだよ」
合田にはミネラルウォーターを渡し、自分はビールを呑んだ。
俺もビールがいいと合田が言うと、未成年者は駄目だ。と言う。
一口呑んで落ち着いたのか、栗栖は《門田》の話しをし始めた。
彼の話によると、今回の依頼者は《門田》の母親とのこと。
一人暮らしをしているが、半同棲の恋人がいるらしい。だが、ここ数日前に仕事に出たきり帰って来ないからと、門田の母親に泣きついたらしい。
ところが、研究所に問い合わせても剣呑にされて、とりつくシマもなく。
それどころか、ずっと誰かに見張られているような気がして、つい先日のこと自宅を調べてもらうと盗聴器が発見されたらしい。
そこで、母親は警察ではなく、知り合いのツテを辿り栗栖の元に話しが舞い込んで来たのだ。
金で雇った方が、確実に成果が得られると考えてのことだろう。
「それで、所長の説明は?」
「完全黙秘。企業秘密だから何も話せないとよ。それよりも、あの新庄って女とウマくいきそうなのかよ?」
「それが、もうサイアク! 俺は、蛇の刺青入れた女とヤる趣味ねぇよ。ロマンチストだからな」
その言葉を聞いた途端、栗栖の眉間に皺が寄る。
「なんか、その話しをどっかで聞いたような〜。それって、身体中に巻き付くように彫られたヤツか?」
どうやら、その話しに栗栖は心当たりがあるようだ。
「よし、わかった。俺はそっち方面を調べてみるよ。所長も何かを隠しているみたいだしな」
そう言うと、栗栖は膝の上に居る黒猫を愛おしげに撫でた。
おいっ! 合田の声に栗栖は顔を上げた。
「なんだよ? ああ、コイツは相棒のマルタ。可愛いだろ? 2年前に拾うて以来、ずっと一緒なんだよ」
彼の愛猫だというマルタは、栗栖の膝枕で気持ちよさそうに眠っている。
だが、合田が一番聞きたかったのは‥‥‥
「なんで、アンタがここに居るんだよ? 女のところは?」
‥‥‥‥‥一瞬の間。
そして、彼の目には一滴の涙が。
さっきメールで、この浮気男! もう二度と帰ってくんな。て、入ってた‥‥‥
メソメソと泣く男に、合田は呆れて返す言葉もなかったが、彼はある事に気付く。
「え、ベッド一つしかないんだけど? 俺はベッドじゃなきゃ寝れないんだけど‥‥‥」
すると、彼は満面の笑みで答えてくれた。
「大丈夫、俺もだ!」
えっ! まさか同じベッドで寝るつもりかよ!
慌てる合田をヨソ目に、ベッドに入り込もうとする栗栖を制止しようと躍起になる。
‥‥‥こうして、慌ただしい一日が終わりを告げようとしていた。
思えば、この時に首を突っ込まなければ、あんな悲劇は起きなかったのかもしれない。
‥‥‥ただ、その時には既に手遅れだったのだが。




