バッドエンディング‥‥‥そして 後編
「門田。アンタッなんで、こんなトコに居んのよぉぉぉ!」
金切り声を出し、威嚇する《新庄秀美》。それに対して、薄ら笑いを浮かべる《門田隼人》は、全く動じない様子。
「それは、こっちのセリフ。アンタ程の知識と能力のあるヤツが、ウチの研究所に入るなんて変だな、って思ったんだ」
俺がアンタなら、確実にアメリカに渡るね。
平然と喋る門田に、栗栖は彼の〝確信〟を突くことにした。
「それは、お前が大学教授を殺して亡命を企てたからだ。そうだな《小田切英治》だっけ‥‥‥今頃の偽造パスポートは精巧なんだってな?」
グッと歯を食いしばり、露骨に嫌な顔をする‥‥‥どうやら、図星らしい。少し伏せ目がちだった門田は、黙って聞いていたが暫くすると、彼はギロリとした目付きで栗栖を睨み付けた。
「なんで、そんな事を知ってんだよ? 大体あれは事故だ。大学の卒業論文を勝手に自分の物として発表しやがったんだよ。だから俺は、俺は‥‥‥」
多分、彼のいうことに偽りがなければ、街の防犯カメラに映った日の事だろう。つまり、その日は失踪した日のことを指す。
「奴が発表会で、俺の論文を盗作した物だと知ったのは、助教授から聞いた話だ。一字一句そのまま使っていたと聞いた俺は、抗議しに教授の私室を訪ねていった。そしたらなんて言った? 『生徒の論文は、自分の物だってね』だから口論になって‥‥‥首を締められそうになったから」
ところどころ歯切れが悪そうに喋る門田は、たまに見せる気弱そうな表情が彼の本質を物語る。
「俺は、悔しかった。大学卒業したら製薬会社に就職して、好きなだけ研究を出来る筈だったんだ。なのに、俺の研究が〝論文に似てるからって〟さ! 当たり前だろ。本人なんだから」
だからって、殺す事なかったんじゃないか?
「この研究には、何社もスポンサーが付いたんだ。盗作をだぞ? 本当の発明者には一円も支払われないのに、それも新しい研究も寄越せって言いやがる。無名な君じゃ一銭にもならないけど。僕のネームバリューなら何億にもなるとね」
だからって、殺したら元も子もないだろ?
栗栖は、更に追い打ちを掛ける。
‥‥‥ふと合田は、ある疑念を抱いた。
(栗栖さん、少し煽り過ぎじゃないか?)
確かに栗栖は、挑発を続けている。だが、それは他に共謀者がいると睨んでいるからだ。
ところが相手の方が、一枚も二枚も上手。
「‥‥誰も、アンタの事なんて信じないよ。そうやって、俺とツルんでる奴の名前を吐かそうってんだよ。さすが巧みだな《栗栖要》どうせ偽名だろ? 〝裏〟の人間ならば、知らねえ奴は居ねぇって話しだ」
だけど、残念。せっかく有名人と会えたのに、もう時間がないみたい。
そういうと、彼はズボンのポッケから金の懐中時計を取り出す。
ポーンと栗栖たちのいる方向へと投げ、それは彼ら近くの、ハシゴ階段へと鎖が巻付いた。
門田は辺りを一瞥し、フンッと鼻を鳴らすと、その場を立ち去ろうとした。
地下一階で寒々とする彼ら以外、教団敷地内には誰一人残っていない‥‥‥もとい、先に潜入して死んでしまった実験体は除くが。
「くっそ〜! アンタだけは絶対行かさない」
《新庄秀美》は、かつての同僚を力づくで、行かせまいと飛び付いた。
多分、彼女は気付いたのかもしれない。
《門田隼人》の、未完成の研究ノートの本当の意味を‥‥‥しかも、これから他国へ売りに行くことも。
今の彼女の出来ることは、彼の亡命を阻止することくらい。
彼女は、門田に飛び付いて抑え込もうとする。ところが‥‥‥
「ギャアアアァァァァ‥‥‥」
切り裂くような新庄の叫び声‥‥‥彼女は、そのまま崩れ倒れてしまった。
驚いた栗栖と合田はすぐに彼女に近寄った。そこで彼らが見たものは‥‥‥
「そ、そんな‥‥‥」
彼女の胸元あたりから、腰に掛けて赤い血がベッタリとなっており、青褪めた顔から見て出血量からしても生きてないかもしれない。その凄惨さは、返り血を浴びた門田を見れば分かる。
初めて会った《小田切》は、強面だが小動物を可愛がる心優しい男だった。あれは、全て嘘だったていうのか?
「最後に同室だったよしみで、教えてやるよ」
もう知ってるかもしれんが、この社殿では人体実験と生体実験をしていた。そして、更なる知識を求めて、一人の科学者がウチの製薬会社に現れた。
それが、この女《新庄秀美》だ。その頃、俺は研究員として製薬会社で働いていた。あの気の強い女は、自分に自信があったんだろうな。色仕掛けで、俺に取り入れようとしたみたいだけど、生憎15才以上の年増には興味なくってぇ。
でも、コイツのお陰で前川と知り合う事ができたよ。元々、新庄を怪しんでいた俺は奴がココの信者という事を知った。
『オウガ製薬会社』から、姿を消したのは、俺がココに潜伏する為さ。
人の研究を横取りしようとしたのは、心底ムカついたけど。教授を殺してしまった俺は、あの寺社は最高の隠れ場所だった。
髪の毛剃りあげて、ヘナタトゥーで刺青っぽいのを顔に描いたら、俺が《門田隼人》だって気づかれないだろ?
‥‥‥それに、利用価値のある俺のような男は、愛人を捨ててでも欲しい人材だってさ。
「まさか‥‥‥お前は」
そう、その〝まさか〟だった。今、彼らの足元で息を引き取った《新庄秀美》のパトロンであるヤクザの《前川》が、この男のスポンサーになるというのだ。
「愛人の代えは、幾らでも居るが。優秀な研究員は、そうは居ないからな。非公式だけど‥‥‥ああ、ヤバい。早く行かないと搭乗時刻ってのがあるんだ」
これに乗り遅れると、当分飛び立てない。
じゃあね、無駄足ご苦労様。あぁ、そうそう思い出したよ。
君たちの居る『笹木カンパニー』って、建物ごと、中に居た従業員たちも、まとめて木っ端微塵に爆発したらしいよ。こんな風にね‥‥‥
その時に彼は、掌で何かをカチッと押した。
‥‥‥‥チ‥‥チ‥‥チ‥‥チ‥‥
どこかで秒針を刻む音がする。
一体どこで? 栗栖と合田は、周りを見渡した。それは後ろの方で‥‥‥
最初に見つけたのは、合田の方だった。
あっ、あの懐中時計だよ。あそこから音が聞こえる。
合田はハシゴ階段に巻付いた、懐中時計の鎖を外そうと近付く。
その時。危ない! と、叫ぶ栗栖の声が聞こえた様な気がした。
‥‥‥だけど。その頃には既に、意識は飛んでいたのだが。