損壊④
私が、何をしたっていうのよ! 確かに、彼の論文を勝手に拝借したのは、悪いと思ってるけど?
怒りを抑えられすに、吐き出す《新庄秀美》に栗栖は優しく宥める。
「やっぱり、勝手に実験をするから、怒りを覚えたんじゃない? どうも、君の実験は的を得たような代物だったからさ」
だけど‥‥‥残念ながら、君が長命長寿の薬だと思った代物は、実は劇薬物の作り方だった。
製薬の研究所だから、怪しまれないように細工をしてたらしいけど、まさか君が全くの別物を作ろうとするなんて‥‥‥万が一でも成功してしまったら、君は彼の努力を水の泡にするところだったんだよ。
君が変に義理堅かったから良かったものの、世間に公表してしまったら、あの実験ノートは彼にとって価値がなくなってしまうんだ。
なんせ、情報屋の話しでは彼は亡命を企ててたらしいんだ。
その準備で姿を消してた間、ワザと俺たちに君を挑発させ、単独行動をさせようとした。
‥‥‥全ては、あの実験ノートが〝表〟に出さないためだったんだ。
そして、その先にあるのは《新庄秀美》君の〝命〟が掛けられている。
‥‥‥新庄は栗栖の話しを聞きながらも、無言で下を俯いていた。それは、子供が大人に怒られているかのように。
「‥‥‥今回の事は、残念だけど一回、出直したほうがいい。なんだったら、こっちで国外に脱出する手筈を調えるから」
なんで私が、指図されなくちゃならないのよ? と言いたげな顔で新庄秀美は栗栖を睨み付ける。二人を見かねた合田が、会話に割って入る。
「それよりも、早くここから脱出しようぜ。詳しい話しは、それからだ」
声を荒らげる合田を新庄が見やり、その二人の様子を見た栗栖が、困ったような顔をする。
それが‥‥‥駄目なんだよ。実は〝情報屋〟の話しだと、買収しちゃったみたいなんだよ。この組織と、それから〝殺し屋〟も‥‥‥その、言いにくいけど《門田隼人》がね。
その話しを言い終えた途端、どこかでブチッと何かが切れる音がした。
「フザケンな〜っ! 盗み見をして、いくら人間的に間違ってるからって、殺し屋を雇うなんて人道じゃねぇよ! 門田のヤツめ、一発ブチ殴らないと気が済まないわ」
確かに、至極ごもっともですが。アナタは、人間的にかなり問題がありますよ。
そう思いながらも合田くんは、新庄女史のパトロンから頂いた〝ビーフジャーキー〟を大切に食していた。
「でも、門田が〝買収〟したって、どういう意味なんだろ。そんなことをして誰トク?」
その言葉に、栗栖の肩がピクッと動いた。
「誰が得するって話しじゃないんだよ。あの門田は、この『灯曇の会』の建物自体も研究施設の全てを無に帰そうとしてるのさ」
それは、他の組織と結託しているとしか考えれないが、ココの幹部と金銭で合意をしたんであれば、君もこの建物も危うくなる。
その証拠に、お前たちは知らないと思うが、今この寺社に残っているのは俺たち三人だけで、僧侶たちも幹部も信者も全て逃げ出したんだよ。
それを聞いた新庄は、その場でヘナヘナと座り込んでしまった。
「そ‥‥‥そんな‥‥私は、ただ御前をお助けしようとしただけで」
栗栖は、少し言いづらそうにしながらも口開く。
「‥‥‥‥それが、アンタの教祖さまは先程、息を引き取ったらしい」
栗栖の言葉に新庄は、ショックを隠しきれなかったが、彼女には気になる事がまだあった。
「無に帰すって、どうするの?」と、新庄が聞けば「本堂も研究室も全てを燃やすという事だ」と栗栖は答えた。
どのみち、逃げ場所を失ってしまったということである。