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私の目の前には、夜の闇でも月明かりを受けて白く浮かび上がる一面の白砂が広がっているそうです。


ここは白の大海とも呼ばれるシフナース砂漠の入り口の一つ、オユヘの街の船着き場。


ふと、背後に人の気配――基、足音を認めて振り替えれば声をかけられました。


「ジュリー、明日の晩には出航だぞ。んでも、本当に愛しの姫君とやらはこんな物騒な場所にいんのか?まあ、話を聞いてる限りじゃあ火山のど真ン中でも生きてけそうだがよ」


この四年間苦楽を共にした商隊の長であるイヤックの耳慣れた声は随分と大きいはずですが、シフナース砂漠の広い懐に染み入る様に消えていきました。


「ええ、それはもうはっきりと見えていますから。何度も言っていますが、ゴテルの魔女様からかけていただいた魔法ですよ?間違っているはずがありません」


瞼の内に映る煌々と光る黄金の道標は前に向かって彼方へと確かに続いています。触れることは出来ないそれに手をのばし、万感の思いを込めて深く息を吸い込みました。


目は見えずとも、痛いほど乾燥して冷たい空気がシフナース砂漠だと教えてくれます。


「そうか、俺ァお前さんの自慢の嫁さんが噂通りか楽しみにしてらあ。念願の再会前に病にかかったりすんなよ?」


がはは、とイヤックは豪快に笑った後私の肩を叩いて船倉の居住空間へと戻っていきました。


この商隊に入った頃はまさかシフナース砂漠に全員で行くことになるなど思っていませんでしたので、なんとも言えぬ感慨深い気持ちになります。


そう、ラプンツェル様を追って旅に出てから、もう四年も経ってしまいました。


四年の間に、ラプンツェル様のいらっしゃるシフナース砂漠を中心として世界は少しずつ動き始めています。


各国で不可侵と定められたシフナース砂漠にはたった一つの民族だけが先住民として存在していました。エドワの民と呼ばれる彼らは閉鎖的で、ルルグムという魔物を飼い慣らし全員が魔法を使うことで有名です。その容姿も褐色の肌に金緑の瞳と白髪という目立つもので、禁止されていても闇奴隷市場では人気のある民族でした。


砂漠の中央部に住むためあまり奴隷狩りに遭うことはないですが、それでも相当な被害を受けていたはずです。けれど、彼らは反撃するでもなく取引するでもなく、ただひたすらに沈黙を貫いておりました。


ですが、二年ほど前から活発な動きを見せるようになったのです。


奴隷狩りには法に則った範囲での報復をし、シフナース砂漠を縦横無尽に動き生活する技術を売りに自ら商隊の護衛を買って出るようになったのです。


これに各国は様々な反応を示しました。


先住民であるエドワの民の行動は縛れないと主張する国。自治体として利益を得るならエドワの民は不可侵条約に反した存在であるとする国。商業のために利用しようと躍起になる国。エドワの民を元から奴隷として狙っていたことを実行しようとする国。


たったの数年でシフナース砂漠は白砂の地獄と呼ばれた辺境ではなく 、国の衰勢の鍵となる謀略の渦中…言うなれば戦場となってしまいました。


魔女様にラプンツェル様の秘密を聞いてからというもの、ただ愛しい人と添い遂げたいというささやかな願いが世界規模の問題に関わってくるのですから…困ってしまいます。


このシフナース砂漠に辿り着くのに何年もかかってしまったのも情勢の悪化が原因ですしね。


とにかく、明日に備えて少しでも休むべきでしょう。


特殊な加工を施して強化するとはいえ、砂上を船という形で進むのには大きな負担が伴います。有り体に言えば、事故が起きやすく…また、それに見せかけた妨害工作も起きやすいのです。併せて魔物の被害を考えれば、上等な護衛を勝ち取れなかった我が商隊はなおさら危険と隣合わせになります。


一通り巡回してから寝床に向かうのは普段と変わらぬ日課なので支障はありませんけれど。


私はここに来てから一層強くなった金の光を眺めつつ、甲板を後にしました。






「じゅりさん、そとすごいよ!砂がねキラキラしてる!お月さまはまぁんまるで!銀色で!すっごくキレイだよ!」


オユヘを出て数日、船倉の一室で品物の状態を確認していた私に駆け寄ってくる小さな足音がありました。この商隊唯一の子供であるヨーン君は六歳になる男の子ですが、何故か私になついていまして…こうやって目の見えない私にあらゆる様子を報告してくるのです。


その声は生まれて初めて見るシフナース砂漠に対する新鮮な好奇心に彩られ常より高くなっていました。余程、シフナース砂漠というのは幻想的なのでしょう。雪でも降らぬ限りは白など滅多に見れるものではないですから。


興奮している様子のヨーン君ですが、作業の邪魔をしてはいけないと思っているのか、扉のあたりから此方に来ようとしないのも微笑ましいですね。


「それはとても綺麗でしょうね。ヨーン君、今日も報告ありがとうございます」


彼の気遣いに報いるべく手での確認を続けながらも、顔を扉に向けてお礼を言えば先程より尚大きな声で「どういたしまして!」と返ってきました。


「じゃ、ボクはお掃除しにいくね!」


見えなくとも彼が勢いよく手を振っているのが簡単に想像できます。私も軽く手を振って「ええ、頑張ってくださいね」と口を開こうとした瞬間、床がぐわんと持ち上がりました。


一瞬の浮遊感の後、轟音と共に床に叩きつけられました。


崩れるようなヤワな積み方をしているつもりはありませんが、万が一を考慮してヨーン君のいる扉まで退避します。その間も不規則で不吉な揺れが何度も襲ってきました。


「じ、じゅりさん、これなに?!」


はしっ、と私の服の裾を握り締めてヨーン君が不安そうに言います。


「…船底から揺れが来ているようですし、砂中の魔物に襲われているのかもしれませんね」


行商をしていれば危険などいくらでもあります。私がこの商隊に入ってからも、何度か危ないと思われる状況にはなりました。怯える子供に思わしくない現実を話すのは酷な様に感じますが、城壁の外に身を置く以上はこの程度で取り乱すことなど許されません。ヨーン君も不安は感じているようですが、取り乱したりはしていません。


何度か水上も移動しましたから、退路のない場面での襲撃にも耐性はあります。


非戦闘員たる私とヨーン君はどちらにせよここで大人しくしていることしかできません。出来ることと言えば、せめてヨーン君の手を引いてあげることでしょうか。


『後部の船底が逝っちまった!!!動力も当てになんねぇ!一部を切り捨てるから作業に当たってる連中以外は甲板に出てこい!』


…最悪ですね。脳内に直に響くイヤックの怒声が逼迫した状況を如実に表しています。


最上の護衛を勝ち取れなかった代わりに、魔除けは大枚叩いて極上の物を選んだのですが…いえ、考えている暇はありませんか。


「ヨーン君、聞こえましたね?行きますよ」


なるべく声が低くならないよう意識しながら言えば、ヨーン君もこくりと頷く気配がします。この区域には他には人がいなかったらしく、ヨーン君と二人で甲板まで走っていくことになりました。


…このような時になんですが、視力の問題以前に確実に私の方が六歳のヨーン君より足が遅いのは何故でしょうね?


船内はさほど広くはないので、すぐに甲板に辿り着くことができました。


苦肉の策とは言え甲板に出るような 指示が可能なだけあり、現在は夜です。このシフナース砂漠に入ってからは昼の活動など殆どできるものではなかったので仕方ないと言えば仕方ないのですが、こう、不健康な生活ですよね。


未だに慣れない身を切るような寒さをきにする間もなく、命綱を取り付けられました。ヨーン君は非常に手先が器用で、相変わらず揺れる足場を気にも留めずに私の分まで整えてくれました。


私がヨーン君にお礼を言い切るかどうかの頃合いで、イヤックの心底苛立っているであろう罵倒の声が甲板に響き渡りました。


「イヤック、どういう状況なんです?!」


この四年間でどうしたことか参謀もとい、補佐の地位につけられてしまったので暢気に指示を待っていることもできません。大声を出すのは得意ではありませんが、船を突き上げる轟音に紛れぬように声を張上げました。


「ジュリーか!どうもこうもねぇよ!俺らの前に出航したアイリア大公領の糞騎士団が魔物引っ掛けてこっちに擦って来たんだ!!!」


口が悪いものの生粋の商人であり、人はともかく魔物には戦う術を持たないイヤックはそれだけ叫びました。


長である彼は取り乱すこともできず、かといって積み荷を手放す以外のこともできません。普段、余裕をもって叱る時のような声音なのが逆に痛々しいほどです。


それにしても、アイリア大公領の騎士団と言えばオユヘでかなり金遣いが荒いのを見…いえ、聞いたのですが。腐ってるとは思っていましたが、よもや魔除けの陣にかけるべき資金を減らしたのではありませんよね?


「イヤック、まさかとは思いますが」


こちらに駆け寄り、人員の確認を指示したイヤックに恐る恐る言おうとした途端に上から被せられるように怒鳴られました。


「その通りだよ畜生が!!!」


…わかりました。信じられない事態ではありますが、魔除けを疎かにした騎士団が魔物の群れに襲われた挙げ句通りすがりの商船に誘き寄せて逃亡したのですね。


騎士としての誇り以前に、人としての矜持も持ち合わせていないとは驚きです。


ですが、近年は特にこういった事が多いのですよね。


どこの国も上層部は腐敗しています。王は驕り、貴族は媚び、民はそれを甘んじて受け入れるばかり。何故革命が起きないのか、誠に理解できません。


…いえ、時代はその時(・・・)を待っているとのかもしれませんね。


ご本人は気付いておられないようでしたが、魔女様…貴女の予言はきっと正しいだけでなく――


「おい、ジュリー!なにぼけっとしてんだ!!!一番酷え後部の積み荷がある区画落とすぞ!権限にゃお前も入ってんだ、こっちに来いっての」


場所を問わず思考に耽ってしまうのは悪い癖ですね。苛立ちも極まったイヤックに腕を引かれ、先頭近くの舵まで来ました。この砂上船は魔法を結合部にかけているので、こういった緊急事態には責任者として登録されている者が全員で魔力を通せば切り離しができるのです。


「なあ、イヤック…これ、切り離ししたとして魔物撒けるのか…この数じゃ…」


既に位置についていた番頭のハイサが不安げにイヤックに声をかけます。私は見えないので状況が正確にはわからないのですが、振動の来る頻度と船員の叫びから推測するにハイサの不安も妥当なところでしょう。


エルダトゥという現地の案内人の声からも、砂鯱の群れに襲われているらしいですから。


砂鯱は、鯱に例えられるだけあり群れで行動する魔物です。しかも、駆動力に優れ砂中を縦横無尽に泳ぐ筋力を攻撃にも遺憾なく発揮するので、シフナース砂漠では船の壊し屋と呼ばれて恐れられるのです。


文献によれば、海の鯱とは白と黒の部分が逆転しており、白の部分は白砂に似た輝きを放つ硬い鱗で覆われているのだとか。


アイリア大公領の騎士団、下種の割によくここまで撒けましたよねぇ。


「わかってらぁ!!!んでもな、やらねぇよか、マシだろうが!」


イヤックは断腸の思いで叫んだのでしょう。このような理不尽に陥った危機に、明確な保証もないのに商売道具を捨てて仲間を更なる危険に晒すのを血の滲む思いで決断したのでしょう。


「ほら、ジュリーもここに手を!…じゃあ、いくぞ…」


がしっ、とイヤックが私の手を舵の中央にある宝珠に導きました。


<切除>(ヒーサラ・マレンダ)


ハイサとイヤック、そして私の声がぴったりと重なります。


バシュ!


砂鯱の攻撃とは違う振動が伝わり、船舶の一部が切り離されました。魔力の流れを辿っても、相変わらず砂鯱の魔力が濃く状況がどうなったのかわかりません。


「イヤック、イヤック、どうなりましたか?」


恐らくは双眼鏡を必死に覗いているであろうイヤックの腕を叩きつつ問いかけます。


私としてはあと少し持ちこたえればどうとでもなると思っているのですが、積み荷の末路は気になります。


「…駄目、だな。どうしようもあるめぇよ…長っぽい一番デケェのが指図して何頭か切り離した方に向かっただけだ。群れはこっちに相変わらず張り付いてら」


打つ手が無くなってしまったのは変えようもない事実です。イヤックの腕から力が抜けたのがわかりました。


「い、イヤック…ヨーンや女性陣だけでも脱出は…」


掠れた声でハイサが言いますが、不可能なのは一目瞭然でした。上役の絶望が伝わって恐慌か起こっては困ります。


「イヤック、ハイサ、大丈夫です。絶対に助かりますよ」


私はにっこりと二人に微笑みます。今はこれしかできませんから。


「…ジュリアンさん、何を根拠に、こんなのもう――」


ハイサの震える声が全ての言葉を紡ぐ前にすっと手を出して遮ります。


「ハイサ、根拠ならありますよ?」


私が伸ばした手はイヤックとハイサの間を縫って、船首の方を指します。


「私には、希望の光が見えるんです」


それは、瞼の裏一面を覆うほどの黄金の光。


きょとんとして呆けているであろう彼らの背後から懐かしい声が響きます。


「ジュリアン!」


それは間違いようもない愛しい人の声。シフナース砂漠の深い闇を切り裂くような黎明を告げる勝鬨となるでしょう。


瞼を上げれば、四年ぶりに視界に色が浮かびます。


鬣に似た金の髪を靡かせながら銀の満月を背負って助けに来るなんてどこぞの物語の英雄のようで、男としてはちょっぴり悔しいですが。


これはこれで、私とラプンツェル様には相応しいのでしょうね。


「ラプンツェル様!」


力の限りに声を上げて応えれば、満面の笑みが返ってきました。

次回のエピローグで本編終了です。一週間にも満たない短い連載ですが、完結できるとは思ってませんでした。

エピローグ以降も番外編の形で裏話や捕捉を入れていきたいので、完結の表示にはしません。

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