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実に長く苦しい戦いでした。


魔女様を説得するために大分長い間喋っていたせいで喉が少し腫れて、舌も疲れて呂律が回らなくなりそうです。


改めてラプンツェル様にお会いしたいと決意を固めた私は、ラプンツェル様への想いが本物であると魔女様に認めていただくべく力の限り愛を語らせていただきました。


ラプンツェル様の素晴らしさ可愛らしさ優しさを十全に表現する術を持たぬ私ですが、思いの丈はしっかりと伝えることができたようです。


何度も魔女様が魔法を使おうとするのを会話の流れで止め、なりふり構わず頑張りました。


結局は魔女様が「わかった、わかったからお黙りよ!!!あんたが真剣にラプンツェルを想ってるのはわかったさね!ああ、いやだいやだ。最近の若いのときたら年寄りのことを労らないんだから!」 と仰って、私に勝ちを譲ってくださいました。


これは私の勝手な予想ですが、怒っていた魔女様もラプンツェル様の事が気掛かりだったのだと思います。でなければ、三月も前に勘当した娘を訪ねてきた男の話になど耳を傾けたりしないでしょう。


「魔女様、では…ラプンツェル様との関係を認めてくださるのですか?」


夜通し語ってしまったせいで若干声が掠れていますが、嬉しさの滲む軽やかな声音になってしまいます。


「…はあ、認めざるを得ないんだろうよ。あんたはどうやら本当にデランタの為に動いてるわけじゃなさそうだし…なにより、あんたを殺したら世界がほんとに終わっちまいそうだからねぇ」


私とは正反対の暗く沈んだ声が朝日の差し込んできた石の間にぽつりと影を落としました。


世界が終わる、だなんて魔女様以外が口にすれば笑い話ですが、ラプンツェル様へ「武のデランタ王国」の王族たる自分が近付いたことに異常なまで反応していたことを考えると何か秘密があるのかもしれません。


「これも運命なのかねぇ…仕方ないから、あんたにゃラプンツェルの真実を教えてやるよ。ただね、この薬を飲まなきゃラプンツェルの居場所も秘密も話さないからね」


魔女様は、紫色に透き通った薬の入った小瓶を突き出しました。


「これはあんたが考えている通りの魔法がかかってるのさ。覚悟があるならお飲み。ただ、それを飲むのに必要な覚悟ってのは、恋人の命を背負う覚悟なんかじゃあないよ。世界を動かす運命の歯車の罅を見る覚悟だよ。ラプンツェルを諦めるのは恥じゃないよ、黙ってそれを捨ててどこにでも行きな」


とても大袈裟で信じられそうもないことを話しているはずなのに、そのお声はまるで気負いがありません。


なんにせよ、全ては魔女様のお心のままなのです。 ラプンツェル様をお慕いする者として、私には選択肢など元からありません。


渡された薬を飲むのみです。


紫色の液体は薬草の青臭さがある以外には驚くほど味もなく、問題なく飲み干すことができました。


魔女様は私を呆れたように見つめて深いため息をつきました。


「あんた、あたしの話を聞いてたのかえ?ほんっとに、揃いも揃って大馬鹿しかいないのかね…あたしゃ気苦労で死んでしまいそうだよ」


ぎゅっと瞼を閉じて俯き額に手を当てて魔女様は呟きました。


私は何を言っていいのかわからず、しばらく立ち尽くしているしかありませんでした。


「…あんたは、あたしの異名を知っているかい」


ゆっくりと目を開けた魔女様は顔をあげることなく床を見つめたまま言います。


「はい。時視の魔女、でございますよね」


なぜ魔女様が私にそのようなことを問うたのか、不思議でしかたがありません。ゴテルの魔女と言えば、どこの巫女よりも優れた予言をすることで有名なのですから。


最も優れた予知の異能と膨大な魔力を制御する異常さこそが、彼女を世界一の魔女と言わしめるのです。


類い稀なる美貌と不老であることなど、その予知の力の前では価値を持ちません。だからこそ、世間における魔女様の評価はその災厄を予知したお言葉についてばかりなのでしょう。


「そうさね、あたしの本業は巫女と大差ないもんなんだよ。禍を視て、それを防ぐ事こそあたしの役目なのさ」


東にある太陽は窓の淵に半分かかって見えます。魔女様はそれを真っ赤な目を細めて見てからまた下に視線を落としました。


「けれど…あたしゃ、もう予知をずっと見ていないんだよ。四半世紀前に一度見たきり、ぱったり途絶えちまった」


魔女様は意図して平坦に話しているのでしょう。顔がほとんど見えないことも合わさって、そこにどんな思いがあるのか…わかりません。


「…各国の王家も、それについては様々な憶測を飛ばしていました」


民草の間ではどうかわかりかねますが、魔女様の予言が途絶えたことは全世界の王家が訝かしんでおりました。それは、宮廷で見向きもされぬ王子にさえ伝わるほど。


「幽霊王子にさえ話がいってたのかい。神殿の巫女は仕事をしてんのかね…全く、どこも屋台骨が軋んでるんだねぇ。で、あたしの最後の予言は知ってるのかい?」


さりげなく私に嫌味を言ってくるということは、完全に認めてくださってはいないということなんでしょうか…。いえ、諦めたりはしませんよ。


「私が知る限りでは、三十年前のダンバサの大飢饉が最後でしょうか…文献にあるものしか知りませんので」


顎に手を当てつつ、記憶の海をさらってみますがそれ以外は思い出せません。


「…まあ、隠すだろうねぇ。世界が滅ぶなんて予言なんざ信じたかなかろうさ」


…先程から魔女様が仰っていたのはご自身の予言のことでしたのですね。


「詳しいことは省かせてもらうがね、あたしの予言は簡単に言やラプンツェルが世界を滅ぼすってやつだったよ。各国の首脳に連絡した後、あたしゃ奔走したもんさ。皮肉な事に、決定打を打ったのはあたしだけれどね」


魔女様は誰に向けるでもなく皮肉を込めた笑みを浮かべました。


「ラプンツェルが六つの時に盗賊と戦った、ってのは知ってるかい?」


おそらくはその当時の事が彼女の深紅の瞳には映っているのでしょう。ここではないどこかを見る魔女様は酷く遠くにいらっしゃるように見えました。


「ええ、三十人もの盗賊をお一人で倒してしまったのですよね?」


私はラプンツェル様に何度も聞いたことですので、すぐに答えることができました。けれど魔女様は力なく鼻で笑ってこう返しました。


「それが盗賊ならどんなに心が軽かろうねぇ。ラプンツェルがのした連中は、あたしの予言に恐れをなしたテヴァ皇国の精鋭魔道師と騎士だよ」


…テヴァ皇国と言えば、十二年ほど前に魔女様の逆鱗に触れて戦に負けた強国です。実力主義を徹底したお国柄で他の追随を許さぬ国力を誇っていたのですが、魔女様を敵に回したことで交戦中の国だけでなく他国にも牙を向かれて事実上解体されたというのはあまりにも有名な話でした。


ここにきての突飛な話に思わず固まってしまったのは仕方ないことでしょう。


私だってこの理不尽さには堪えかねているんですよ?


なぜ国を捨てて愛する人との婚姻を認めて貰いに、その育ての親に挨拶をしに来てこんなことになるんでしょうか…


話の規模が大きくなりすぎです。昨夜までの趣を返してください。どこぞの魔王を討伐する英雄譚ではないのですよ?


ああ、無情…魔女様の規模が大き過ぎる話はまだまだ続くようです。


「六つの童が、以前に三十人もの軍の精鋭にたった一人で勝てるなぞ異常も異常だろう?しかもね、あの娘にゃ魔力が一っ欠片もありゃしないんだ。ただの物理が、ただの拳が…魔法にも剣にも勝るなんて有り得んことさね!けれど、あの娘はそれを平然と当たり前のようにやってしまうのさ!」


魔女様は熱が入ってきたのでしょうか、すっくと立ち上がり大きく振りかぶって叫びました。その深紅の相貌はこぼれ落ちてしまうのではないかと思えるほど見開かれ、艶やかな黒髪も乱れてしまうほどでした。


「ラプンツェルこそ、あたしの予言を体現する者。世界を終わらせる者だと確信した時の絶望がわかるかね?!どうしていいかも分からずに、苦心して世界から隔離していたのに、よりによって野望の塊みたいなデランタの王子と恋に落ちただって?!これ以上あたしゃどうしたらいいってのさ!!!」


青ざめた頬に両の手を押しあて、絶望に身悶えするように叫ぶ魔女様はもう平常心を忘れてしまったようでした。


落日よりも赤い瞳には何も映っておらず、ひたすらに怒りと嘆きで喚くばかりです。この癇癪を起こしてしまった魔女様には言葉は通じないとラプンツェル様が仰っていた気持ちが痛いほどわかりました。


…こうなれば腹を据えて付き合うしかないでしょう。


はあ…一体、いつになったらラプンツェル様にお会いできるのでしょうか。












母上の逆鱗に触れ、シフナース砂漠に落とされて早一月。


紅左の月も半ばを過ぎた。ジュリアンが王籍を抜ける為にやらねばならぬと言っていた作戦も終わり、あの塔へ向かう頃合いだろうか。


婚約などしておいて、何も言わずに消えたとなればジュリアンはどう思うのだろうか。いっそ、悲しんだりなどせず幻と忘れてくれれば良いのだが。いつもはらはらと泣いていたあれのことだ…我が消えたとなればどれ程悲しむだろう。


砂漠の夜は酷く冷え込むせいか、どうにも落ち着かぬ気分だ。


常に「今」考えることは手の届かぬ場所にあるものではなく、己の眼前にある問題であるべきである。これは外に出られぬ事を痛感する毎日を送る中で得た考えだが気に入っている。


所詮、人は出来ぬことは出来ぬのだ。


頭を振ってから、現状の確認を改めてすることにした。


身一つでこの砂漠に放り出されたものの、その場所はオアシスの一角であった故、当面生き抜くことに支障はない。


このシフナース砂漠が白砂の地獄と呼ばれるのは広さと昼夜の寒暖差だけでなく、世界に類を見ない特殊な砂が原因であるらしい。触れてさえ、その存在を感じとれぬ程微細な砂は底無し沼の如くあらゆるものを呑み込むのだ。


故に、シフナース砂漠に元から住む砂の中の住人以外は船を作って魔法か季節風で移動するしかないそうだ。


我としては、沈まないように立つか、砂中を泳げば済む話だと思うのだが。


その砂漠に沈没した船を引き出して利用している身としては文句を言える立場でもない。少なくともこの広大なシフナース砂漠を横断し、ジュリアンを迎えに行く準備が整うまでは。


ただ黙々と生き抜くばかりである。


さて、白砂の照り返しに目を焼かれる昼になる前に外でやるべきことをやらねばなるまい。


オアシス周辺の水分により踏める程度に固まった砂地はごく僅か。


今日は一体何を狩るべきか。


ジュリアンが乱獲問題について話していたことがあるからな。同じ生き物は狩らない方がいいだろう。


「あるじ、あるじ!」


砂に飛び込もうとした瞬間、舌足らずながらも砂が震えるほどの大音声が響き、目の前の砂が卵形に盛り上がった。やがて砂は滝のように流れて落ち、大きな音を立てて巨大な砂竜が現れた。まだこれは一頭しか見ていないが、ラドと呼んでいる。


初日にこのオアシスを賭けて縄張りを奪い合った盟友ーー当人曰く、アラス・マナフという関係らしいが何の事かわからぬーーが、大量の白砂を振り撒きつつ擦り寄ってくる。


黄味がかった白銀に光る鎧のごとき分厚く大きな鱗で覆われた頭を擦り寄せてくるのは、巨体には見合わぬものの可愛らしいのではないかと思う。


何より、この鱗の色はジュリアンの髪と似ているからか悪い気はせんのだ。


「また深くに沈んでおった状態のいい船でも見つけたのか」


砂中を泳ぐ際には推進力となるらしい長い尾で器用に大きな方舟を引きずり出す。


「すごい、これ、なか、生きてる、いる!きっと、おいしい!じょうず、だして!」


興奮しているのか、幹の様な腕を砂にばしばしと叩きつけている。可愛らしいのだが、地形が変わってしまうから落ち着きなさい。


「ははは、わかった、わかった。出してやろう」


中にある気配は二つ。どちらも弱く、脅威にはなりえない。


方舟の適当なところに手をかけ、力を入れれば簡単に二つに割れた。


あの塔にあった物とは違い外にあるものは脆いものが多くて困る事が多いが、こういった時は助かる。


「あるじ、ごはん、ごはん?」


ぱっかり割れた方舟の中にはそっくりな人間の幼子が横たわっていた。


「ラド、これは食べ物ではないようだ。我の仲間だ。食べてはならぬ」


内心、母上とジュリアン以外の人間との遭遇に慌てつつも興奮したラドをたしなめる。


遠くに見える尻尾の先端の地形が完全に変わってることからも、この子供の早急な保護の必要性が見てとれた。


こちらはこちらで大変なことになりそうなのだが…ジュリアンを迎えに行くことが叶うのは一体何時になるのであろうか。


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