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書きなぐりました。確認ほとんどしてません。誤字脱字等は落ち着き次第訂正します。中途半端になったので、いつか直すかもしれません。
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魔女は怒り狂いました。
それはもう、とけて赤々と光る鉄よりも熱いのではと思われるほど。瞳も頬も項にまで血が上っているのがわかります。
「この、大馬鹿者、薄情者、ああ、憎しや!憎しや!ラプンツェルめ、あんたはあたしが嫌がらせで塔に閉じ込めていたのだとでも思っていたのかい!!!この大間抜けの嘘つきめ!!!」
嵐の日の雨粒のように唾を飛ばして、魔女はひたすらに怒鳴ります。癇癪持ちだとは思っていましたが、ラプンツェルはこれほど怒った魔女を見たことがありません。
「ほんっとうに、何を、こんなっ…!あたしが一体何をしたと言うんだね!せっかくあんたみたいな災いの子を守って、世界をどうにかして助けてやろうとしていたのに!!!」
充血して瞳と白目の区別が無くなるほど真っ赤に腫らした目をこぼれそうなほど見開いて、魔女は声の限り叫んで…いっそ、泣き叫ぶという有り様でラプンツェルを罵りました。
どうやらこれはただことではない、と魔女の様子を見て黙っていたラプンツェルはおずおずと口を開きました。
「母上、貴女に何も言わず外の人と関わり、婚約までしてしまった我の不貞はもっともですがーー」
「違う違う違うわっ!!!あたしゃそんなことで怒ってるんじゃないよ!!!そんな程度の低い問題じゃあないんだから!あたしがこんなにも怒って悲しんでいるのはね!一重にこの世界が終わっちまうからだよ!!!」
何年も前から恋をしていた王子に先日、ようやく婚約を申し込まれたラプンツェルは喜びのままに魔女に報告してしまったのです。それから魔女が狂ったように怒り出したので謝ってみたのですが、途中で遮られて一層怒りを強めたようしでした。
頭に血が上りすぎたのか、魔女はよろめいてしまいました。慌ててラプンツェルが魔女を支えますが、怒りは治まりようもありません。
「母上…」
あまりの剣幕になんと言っていいかわからなくなって、ラプンツェルはそれだけ口にしました。けれど、ラプンツェルが呼ぶ声も魔女にとってはただ悲しみと怒りを強める油のようなものでした。
「ええい、うるさい、煩い、五月蝿いよラプンツェルめ!もうあんたに母上なんて言われる筋合いはありやしないんだ!!!そんな呼び方をするんじゃないよ!」
そう叫ぶと魔女は身を翻して、魔女を支えてたラプンツェルの髪をジョキリと切ってしまいました。
あれだけラプンツェルには似合わなく思えた黄金の長い髪も、切り落とされてみれば彼女を彩る大事な要素であることがわかりました。
「よりによって、武のデランタなんかに手を出した愚か者のラプンツェル!こうなったからにゃ、あの軟弱王子には二度と会わせないよ!!!これから、あの白砂の地獄と名高いシフナース砂漠のどっ真ん中に捨ててやる!!!あそこなら、きっとこの塔の中より安全さ!どっかの大馬鹿みたいに手引きする奴がいないのだからね!!!」
美貌の影も見えないほど顔を歪めて魔女は一息にそう言うと、抵抗もせず大人しく項垂れるラプンツェルを世界で一番過酷だと言われる大砂漠へと放り出してしまいました。
「はは…ゴテルの魔女様、今まで有り難うございました」
ラプンツェルの周囲が歪んで薄まっていく中、はっきりと彼女の感謝の言葉が取り残されました。
他に残ったのは魔女と金色の髪の束だけ。
「あの、馬鹿者め…!」
怒りと悲しみと苦しみをいっしょくたにして煮詰めたような掠れた魔女の声が零れました。
魔女は、これまでラプンツェルを育てながら多くのものを背負ってきたのです。これまでの全てが水泡と帰した今、彼女に残ったのは後悔と怒りで埋め尽くされた過去、そしてラプンツェルが最後に残した感謝の言葉でした。そのどれもが鋭く返しのついた針となって魔女の心を突き刺して苛むのでした。
ただ、ラプンツェルの金をとかした様な髪と魔女の深紅の瞳から溢れる透明な雫ばかりが月の光を浴びてキラキラと光っておりました。
◯
「ああ、ラプンツェル様が怒っていないと良いのですが…」
私は思わず独り言を呟きながら秋も深くなった森をできるだけ早足で進んでいました。
ラプンツェル様に婚約を了承していただき、王家の柵から抜け出る為の作が成功したのがもう二月も前なのです。
影武者を探してみたり商人や医師達との綿密な相談を重ねてみたりと、私の使える全ての手札を総動員して当たるまさに一世一代の大勝負でした。それに関しては見事勝利を納めたのですが、何分自分の身体の限界を越えてしまったようで…体調を崩していままで臥せっていたのです。
もちろん、二月もの間ずっと寝ていたわけではありませんが、計算していたより事が大きくなった為に後始末を急遽手伝うことになってしまったのです。
そのせいでラプンツェル様にお会いできないのは苦痛でしたが、ここで下手を打って二度とお会いできなくなる方が余程問題ですからね…。この世はままなりません。
普通の恋人であったなら文でも送れば大丈夫なのでしょうが、ラプンツェル様と私の関係は魔女様にはまだ伏せておりますのでなんとも歯痒い思いをしました。
ラプンツェル様には私がやろうした策の様々な問題点や危険性も伝えておりましたから、こうも遅くなっては流石の彼女も心配を通り越して怒っているやもしれません。
私は一生懸命足を動かしてもなかなか辿り着けない塔を思ってため息をつくばかりでした。
それでもしばらくすると、見慣れた塔が見えてきます。
冷たい灰色の石で出来た塔でも、夕日の山吹色の光に照らされれば黄金で出ているかのように森の中に浮かび上がります。ラプンツェル様がいると言うだけで私にとっては金の塔より価値があるのですが、彼女に言っても笑われてしまうだけでしょう。
いつも趣がないくらいに率直に言葉を受けとる想い人のきょとんとした顔を思い浮かべれば自然と笑みが零れました。
いつの間に見上げるばかりに近付いた塔の裏の窓の下に回ります。ラプンツェル様はここから長い長い髪を下ろして縄の代わりにして私を引き上げてくださるのです。
「ラプンツェル様…ああ、もう準備してくださってるのですか…?」
いつもなら私が声をかけてから髪を下ろしてくださるのに、今日はもう髪がだらりと下ろしてありました。
くい、と引っ張ってみますと、きっちり固定してあるようです。もしかしたら、返事がないのは私が遅れてしまったからでしょうか。あの見事なまでに艶やかな髪も、今日は張りがなく、しょげているようです。
「ラプンツェル様、遅れてしまい申し訳ありません。今、そちらに向かってもよろしいですか?」
しぃんとした夕日も陰り出した空に私の声の余韻だけが響きます。
すぐに髪を引き上げてしまわない様子から考えると、どうやら怒ってはいらっしゃるようですが「来るな」ということではなさそうです。怒っているというより、拗ねてそっぽを向くラプンツェル様が簡単に思い浮かびます。
私はこれ以上ラプンツェル様を待たせるわけにもいかないので、急いでのぼることにしました。けれど、いつもと違ってラプンツェル様の手伝いがないので大分時間がかかってしまいました。
やっとのことでのぼりきった頃には月が昇り、その青ざめた夜の光でもって私の足元を僅かに照らしているのでした。
「はっ、はあ…らラプンツェル様…お、遅れてしまい、申し訳、ありませんでし…た…」
塔にぽっかり空いた窓の石の枠に足をかけ、息も絶え絶えに謝りました。これは相当怒っていらっしゃるのでしょう。婚約を申し込んですぐの逢瀬を違えたのだから、むしろ当然です。
「ラプンツェル様…どうかお許ーー」
お許しを、と言いかけて声にならず、言葉が白い吐息になって消えました。
顔を上げたら見えるはずのラプンツェル様のお姿が無く、そこにあるのは折れ釘に固く結ばれた彼女の金の髪があるだけなのです。
「ら、ラプンツェル様…?」
さっきまでは気にならなかった月の光に淡く照らされる金色の髪の冷たさが妙に身に染み入りました。
黒々とした影を落とす室内には彼女の気配がどこにもなく、ただ冷えきって鉛のように鈍い灰色の光を返す石の壁と床があるばかりです。
ごく、と唾を飲み込こもうとすれば嫌に喉が乾いていて、ヒリヒリと焼けつくような感覚がするばかりでした。
「ラプンツェル様!」と私が正体を失って叫びたい衝動に駆られたとき、影で見えぬ暗がりから声が響きました。
「よく、来たね。遅かったじゃないか、ジュリアン殿下」
凪いで抑揚も最小限なのに敵意が透けて見えるような声色。女性らしいメゾソプラノの声は怒りという感情を押し隠すようにひそめられていた。
その影からカツリカツリという足音を伴って、一人の女性が現れました。
月夜において異様に輝く深紅の瞳に、逆に夜の影に溶け込んでしまう漆黒の髪。雪花石膏のような白い肌に整った鼻梁…十人に訊けば十人が絶世の美女と答えるであろう美しさです。
その女性は私が状況が読めずに口を引き結んでいると、心底馬鹿にしているように笑いました。
「おや、挨拶も上手にできないのかね?もしかしたら、あたしゃあんたの義理の母だったのかもしれんかったのだよ…まあ、天地がひっくり反って太陽が西から昇ろうとありゃしないだろうけどね」
吐き捨てるような嫌悪に満ちた声。間違いなく三年前なら逃げ出していたでしょうが、今の私はそうもいきません。この人こそがラプンツェル様がどこにいらっしゃるのか…いえ、どうなっていらっしゃるのかを知る人物なのでしょうから。
「…し、失礼しました。お初にお目にかかります、ジュリアンと申します。王族としての自分は鬼籍にはいっておりますので、ここにいるのはただの平民でございます」
射抜くような紅の瞳になんとか逆らい、平民がすべき貴族への礼をします。世界最強と名高いゴテルの魔女への礼ならば貴族と同じ扱いになるでしょう。私は緊迫感で痺れた頭を無理やり働かせてなんとか口をきいている状況でした。ラプンツェル様が関わってなかったのなら、一目散に逃げ出してしまっていたに違いありません。
「どう言い繕ったところで、あんたは王族なのだよジュリアン殿下。気味が悪いったらありゃしないね」
ラプンツェル様から事前に聞いていた魔女様の印象とは異なる不自然なまでの威圧感。そして、宮廷での嘲笑とは全く質の違う、底の見えぬ敵意。
冬を目前とした冷気からではない震えが身体をはしるのがわかります。
ああ、神に祈っておいて、誓っておいて。
私は…まだ逃げようと思ってしまっているのですね。
私の情けない怯えに気付いているのでしょう、魔女様が鼻で笑いました。
「あの子に手を出した愚か者がどんなんかと思えば臆病な兎かい。流石、死ぬまで役に立たなかった幽霊王子ださね」
乗り越えた、と思っていても傷は癒えていなかったのでしょうか。魔女様の言葉が脳内でこだまして、その後を追うように次々と宮廷での嘲笑と罵詈雑言が甦ってくるのでした。
「全く、王族の浅ましさにはほとほと呆れかえったよ。折角大事に隠した災厄の箱を探し当てて暴こうとしやがるんだからね!」
そう言うと魔女様は端整な顔を思いっきりしかめて、私の手からラプンツェル様の髪をひったくりました。
勢いよく引っこ抜かれたせいで髪が擦れて手が痛みます。髪を握っていたところはテカテカしていて、軽い火傷をしたのだとわかりました。
魔女様はラプンツェル様の髪の先を掌で弄びながら私を睨み付けました。
「あんたのラプンツェルは帰ってきやしないよ。あの大鷹は羽をむしられて遠くに捨てられたのさ。二度とこの塔には入れないよ、もう飛べやしないんだから!さあさ、あんたもとっとと出ていくんだね。あたしゃ気が短いんだ。さもなきゃ、あんたの目をくりぬいたっていいんだからね」
魔女様はそう言うと、人を一人引き上げてもびくりともしない髪の毛の束をなんの気負いもなしにぶちりと千切ってしまいました。私が驚きで唖然としていると、「ああ、散らかっちまった!ほんっとに面倒ったらありゃしない!」と癇癪を起こして、髪をすっかり燃やしてしまいました。
紫色の見たこともない炎に包まれて、炭化する暇もなくラプンツェル様の髪は消えてしまいました。
「おや、まだいたのい。邪魔だと言うのがわからんのかね。さっさとお帰りよ、この幽霊王子。ラプンツェルはあんたなぞいなくたって、困らんのだよ」
魔女様が冷たく言い放つと、身体が勝手に動き出して窓へと向かってしまいました。
「待ってください!」と言うこともできず、窓枠に手を伸ばしてしまいます。魔女様の魔法にかかってしまったとは言え、このままラプンツェル様を裏切るようなことをしていいはずがありません。
けれど、魔法のせいで私の身体は持ち主の言うことをちっともききません。それに、こんな私がいなくともラプンツェル様は…。
うぅ…私には、どうしようも…痛っ?!
心のなかでさえ諦めの言葉を呟こうとしたとき、窓枠についた手がビリっと痛みを訴えました。
驚いて身体が強ばると、強制的に動いていた身体が反応したのかぴたりと止まりました。
恐る恐る掌を見てみると、痛んだのはテカテカして赤くなってる軽い火傷でした。
ラプンツェル様の髪を魔女様が奪った際の、ほんの些細な怪我ともいえないような小さな軽い火傷。
私はこの馬鹿みたいに小さな怪我の痛みに反応した自分がおかしくて、力が抜けたように笑ってしまいました。
そう、こんな些細な傷でも痛むのに。
どうしてラプンツェル様がいなくて平気なわけがありましょうか。
そうです、ラプンツェル様と離れていいはずがありません。ラプンツェル様とて、平気なはずがないでしょう。あの人はあんなにも繊細で心配性なのですから。
私は、まだ何もしていません。
一方的に魔女様に言われるばかりで、ラプンツェル様への思いさえ伝えていないではないですか。
これで諦めるなど、笑止千万です。
例え相手がゴテルの魔女でも、挑戦もせずに逃げる権利などありません。
私はラプンツェル様を守ると神に誓い、彼女に約したのです。
窓際でぴたりと止まって、急に振り返った私を見て魔女様は少し驚いた顔をなさいました。
ああ、ラプンツェル様とそっくりな驚き方ですね。
もう、大丈夫。
私は止まりません。
きっとラプンツェル様への道を訊きだし、魔女様に認めてもらうのです。
誰が上中下で終わると言いましたか。次からは甲乙丙編のスタートですよ。
※訳
(上中下で終わらせるはずが収まりそうもありません。申し訳ありません。上中下から甲乙丙にサブタイトルが変わっても区切りが綺麗につくわけではありません。作者の力不足です申し訳ありません)