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ラプンツェル様に出会ってから、私の人生は大きく変わりました。


傍におらずとも、たった一人でも、私を認めてくださる方がいる…それだけで私の世界は鮮やかに生まれ変わりました。


魔女様に囲われて何一つ知らないラプンツェル様の為にできることは沢山ありました。無為に過ごしていた今までの時間を全てここに引っ張ってきたいと思うほどです。


私はあまり身体が丈夫ではないので毎日疲れましたが、それは安らかな眠りをくれる快いものでした。かつての夢は空虚な闇や私を蔑む笑い声でしたから、このような安らぐ眠りなど知りませんでした。


ラプンツェル様といえば、私が持ち寄る様々な知識を乾いた土が水を吸うようにあっという間に身に付けてしまいます。もちろん、覚えがいいのは兵法と歌ばかりでしたが。どうやら、ラプンツェル様は細かな作業は壊滅的に苦手なようです。


私はこの夢のように楽しい時間を過ごしながら、ラプンツェル様と少しずつ仲良くなっていくのが何より嬉しく感じました。


ラプンツェル様にとっては、魔女様以外に初めて出会った外の人間だから仲良くしてくださってるだけかもしれないと思うと胸が痛みます。もし、魔女様に認められて外に出てしまったのなら、いくらでも魅力的な殿方がいるのですから。


そう思うと何とも言えず悲しくなり、ラプンツェル様にさえ八つ当たりしてしまいそうなほどに心が荒れます。


そうして、ラプンツェル様にとっては意味のわからぬ癇癪を起こした私に彼女はいつも困ったような顔をしながらも付き合ってくださるのでした。


「ラプンツェル様、ラプンツェル様はいつかこの搭から外へと出られるのですか?」


ある日、私が意を決して尋ねるとラプンツェル様は悲しそうに眉をしかめて言いました。


「どう、だろうな…我とて、何度も母上には外に出たいと申しているのだ。が、未だ塔の囚人の身だからな。まあ、母上の仰る通り、外に出ても行くあてもありはしないのだから仕方なかろうよ」


ラプンツェル様は外を思う時、ひたすらに哀しみに満ちた眼差しを窓に向けます。光を浴びて乱反射する黄金の髪の華やかさも息を飲むほど深く美しい碧の瞳もまるで色を無くしたかのように見えるほどに哀しみに染まるのです。


きっと誰よりもお強いであろうラプンツェル様がこのように空気に溶けてしまいそうな儚さを見せる度、彼女を抱きしめて支えてさしあげたいと思うのでした。もちろん、彼女を抱きしめるには私は小さ過ぎるのですが。


「ラプンツェル様、私はこの塔の外に住んでいるのです。行くあてがないなど有り得ません。むしろ、私からラプンツェル様には来ていただきたいと思ってるのですよ?」


私がラプンツェル様を見上げながら努めて明るく言うと、驚いたような顔をされました。…なんとなく、腹が立ちますね。そんなに私は薄情だと思われていたのでしょうか。


「ラプンツェル様、私にとって貴女は唯一の師匠で友人で…とにもかくにも、かけがえのない大切なお方なのです。私はいつも貴女の傍に居させていただきたいと思っております…私は、ラプンツェル様より弱く頼りないとは思いますが、だからといって貴女が困っているときに傍に居れぬほど弱くはありません」


普段より語気を強くして宣誓する様に言えば、ラプンツェル様はほんのすこし目元を赤くして微笑みました。彼女は心から笑う時、精悍な顔つきには似合わぬ力の抜けたちょっぴり情けない表情を浮かべるのです。


「有り難う。我にとっても…そなたは無二の存在で、きっと何より大切な人だ」


いつもより少しだけつっかえながらゆっくりと紡がれた言葉。その響きのなんと甘いことか…もう、私の中でわかりきっていたのに保留されていた答えを認めるには十分です。


嬉しさのあまり震える指を握りしめ、私は決意しました。


今度から、ラプンツェル様に渡していた書物に恋物語を忍ばせます!!!


あとは後顧の憂いを断つ為に王籍を抜く算段でも立てましょう。


この際、道徳や倫理など知ったことではありません。


ラプンツェル様の心が私に向いているうちに、なんとしても射止めてみせます。


さあ、まずは婚約を目指して頑張りましよう!







×


ラプンツェルと王子が出会って3年、魔女はようやく異変に気付きました。


最近のラプンツェルは、王子の持ち寄る恋物語からの情報でどうやら自分が王子に恋をしてるらしいと気づいたのです。


魔女がラプンツェルの為に設えた搭は独立した世界と言えるほど。悩む種など蒔かせはしません。魔女は心底ラプンツェルを恐れているのですから。


「ラプンツェル。近頃やたらと考え込んでいるようね、どうかしたの?」


膨大な魔力故に時の流れから取り残された魔女の姿は、ラプンツェルが幼い頃から変わらぬ豊かな黒髪に深紅の瞳を持つ妙齢の美女。その真っ赤な瞳はラプンツェルの心の隅々まで見渡そうと彼女の碧の瞳をじっと見つめるのでした。


「…いや、大したことではありませぬ。ただ、ただ…母上、我はラプンツェルは外の世界を見てみたいのです」


眉根を寄せて真剣に願い出る様は、物語の騎士が旅に出ることを王に請う場面を切り取ったようでした。そこには何かしらの並々ならぬ思いが込められているのが一目瞭然でしたから。


しかし、魔女は顔を険しくして喚きました。


「うるさい、煩い!なんっども外には出てるなと言っているのに!!!」


魔女はいつもラプンツェルが外の話をするとこうやって癇癪を起こしたように叱るのでした。ラプンツェルも今まではそれで引き下がっていたのですが、王子への恋心を自覚してしまったせいでどうにも諦めがつかなくなっていたのです。


「母上…、どうか、どうか!」


なおも食い下がるラプンツェルに違和感を見いだした魔女は顔を瞳と同じくらい真っ赤に染め上げながら、わめき散らします。


「今までお前のことを甲斐甲斐しくも面倒をみて!!!全てを良いようにしてやってたあたしに逆らうのかい?!あたしゃなあんも難しいことは言ってやしない!ただ、この塔で暮らしとくれと言ってるだけじゃないかい!!!そんなこともできないってのかい、ラプンツェルや!!!」


静かにしていれば闇夜の月の様に美しい魔女でしたが、今は怒りで髪は乱れ息は荒れ、さながらメドゥーサのようでした。内心はラプンツェルの異変の正体を確かめようとこれ以上なく冷静に状況を見てるなど、生まれてからずっと魔女と過ごしたラプンツェルにすらわからぬほどです。


「…わかりました、申し訳ありませぬ。母上よ、どうか怒りをおさめてください」


薄い唇を噛みしめて、耐えるように低い声でラプンツェルは魔女に謝りました。ラプンツェルは自分が理不尽に晒されてると知っていても、恩人たる魔女に逆らえるような娘ではないのでした。


魔女も魔女で、ラプンツェルに謝られてしまってはどうしようもありません。不機嫌そうに「ふんッ」と鼻をならしてそっぽを向くしかありませんでした。


けれども、魔女は考えることをやめたりはしないのです。


ーーああ、ああ!怪しいったらこの上ないさね。これはどうにかして原因を突き止めなけりゃ、ぐっすりと眠れそうもないね。


ラプンツェルとは違い、日に当たっているのにシミ一つない白魚のような手を額に当てて魔女は考えます。


魔女は責任をとらねばならないのですから。


瑞々しい青(ラプンツェル)を隣人に盗まれるなんて間抜けをやらかして、予知の通りにしてしまったのは彼女の不注意のせいなのです。


例えそれが、変えようのない運命だったとしたって…それはどうしようもなく魔女を縛る後悔という鎖なのでした。


ーー願わくば、このまま世界がありますように。


魔女は魔法に使う道具を集めに塔を後にしました。










「ふふふっ」


私は自分の口から自然と溢れる笑いを抑えきれずにいました。勝手に上がってしまう口角を手で隠しながらも、脳裏に浮かぶのはラプンツェル様の可愛らしいお姿。


ラプンツェル様と出会ってから三年目の天科の月、ついに私は婚約をとりつけたのです!


私がまだ王籍を抜けられていないという事と、ラプンツェル様が魔女様に許可をいただけていないという事から婚姻を結ぶのはまだ先のことでしょうけれど、大躍進です。ラプンツェル様にはせっせと恋物語を読んでいただいてたのですが、最初の時分は物語に出てくる悪役や騎士達の戦闘技術についての考察ばかりで、全く恋には興味を持ってくださらなかったのですから。


そのラプンツェル様と婚約に漕ぎ着けることができるとは!まさに、感無量です。


はあ、それにつけましても…婚約を申し込ませていただいた時のラプンツェル様の慌てぶりときたら。あれほど容姿と照れ方の差がある方は他にはいらっしゃらなちでしょう。そして、私にはそれさえ堪らなく魅力的に見えるのですから、重症ですね。


全く、こんな浮わついた気持ちではいけませんというのに。


王籍から抜けるための作戦まであと一月、紅左の月まで待たねばなりません。その間はラプンツェル様にお会いすることは叶いませんが、全身全霊を尽くして王家も民も欺いてみせましょう。


最大の難関たる魔女様にたどり着き、ラプンツェル様を共に歩む権利を認めていただくのです。


武の国たる我がデランタ王国において、私は最弱です。しかし、弱い身であるからこそできることも多々あるのですから。復讐などするつもりはありませんし、報復などはしませんが…王族の弱者としての最後の抵抗はさせていただきましょう。


まだまだ死ぬ気はございませんが、神様。


私は、ラプンツェル様をお守りできるようになりたいとこの三年努力しました。


あのときからでも、間に合ったでしょうか。







×


紅左の月、上旬。デランタ王国、王都新聞より抜粋。


ーーーー

デランタ王国に衝撃が走る。身体が弱く公務にも殆ど出なかった第14王子ジュリアン・アークス・ハイレン・デランタが離宮へ向かう途中、火災でご逝去なさった。


その場にいた医師と民の目の前で、民間には徹底的に秘匿されていた治療魔術の原本を命の恩人たる平民のユカーザ医師に授けたのである。

ーーーー


王家は廃嫡も検討されていた王子の暴挙として、原本の返還を請求したが法律と世論に阻まれあえなく断念することになりました。これにより、後のデランタでは民間医療は大きく発展し、医療の先駆者となります。


そのきっかけを作った王子の名は広まりましたが、その王子の記録は殆ど残っておらず、架空の人物ではないかと言われたほどでした。


その彼が実際には生きており、事件の直後にある森へと向かったことを知る者はほんのわずかでした。


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